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【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
1章 - Kapitel Ⅰ - 学園と日常 編

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第7話:サクラの木の下で

 陽菜とエレナは、校舎裏に佇む一本の古い桜の木の前に立っていた。

 明日、この木は伐採されるという話を聞いて、なんとなく気になって立ち寄ったのだ。


 跡地には新しい体育館が建設されるらしい。


「ねぇ陽菜。この木……なんだか、変な感じがする」


 エレナが不安げに呟く。


「やっぱ? ウチも、なんか引っかかってたんだよね……」


 陽菜も頷いた。見た目はいつもの桜なのに、空気が妙にざわついている。


「想いが渦巻いてる……まるで、嵐みたい」


 エレナの声が震えた。


「マジかよ……。なんか嫌な予感するんだけど……」


 陽菜がそう口にしたその時、背後から声が飛んできた。


「おーい、陽菜? こんなとこで何してんだ?」


 振り返ると、幼馴染の蓮が立っていた。

 一つ上の先輩で、今日は部活が休みで帰ろうとしていたらしい。


 心配そうな顔で陽菜を見ている。


「あ、蓮。この桜、明日切られるんだって。知ってた?」


「ああ、そうらしいな。だから見に来たのか?」


 蓮が視線を木に向ける。周囲には不自然な静けさが漂っていた。

 風が止まり、時間だけが取り残されたようだった。


「エレナ……なんだろ、これ……」


 陽菜が呟くと、エレナが鋭く反応した。


「陽菜、気を付けたほうがよさそう」


 その瞬間だった。桜の幹がぼうっと赤く光り、世界が一気に夕焼け色に染まった。


「ちょ、これ? 想願空虚に入った!?」


 陽菜の言葉にエレナも反応した。


「そう。それぞれの想いが交差する場所……」


 エレナの言葉が終わる間もなく、空気から音が消えた。

 風も人の声も消え、ただ深い静寂だけが辺りを包んだ。


「蓮! 危ない、避けて!!」


 陽菜が叫んだその瞬間、桜の幹から黒い塊が勢いよく飛び出し、地面を激しく叩きつけた。


「うわっ!」


 轟音とともに土煙が立ちこめ、三人は思わず後ずさる。

 地面は爆発したように抉れ、まるで何かが這い出てきたようだった。


「陽菜……これは、この木に宿った“想い”が暴走してる!」


 エレナが言った次の瞬間。土煙の中から、黒い霧のような影が立ち上がり、ぼんやりと人の形を取り始めていた。

 それは、怒りとも悲しみともつかない感情を抱えた“何か”だった。


『お前たちは……誰だ……』


 低い声が響いた。


「ちょっ、エレナ! これ……何なの!?」


 陽菜が叫ぶ。


「想いが……形になってるの。おそらく、この桜に宿っていた百年分の想いが、恐怖や感情とともに一つに結びついたんだと思う」


 エレナの声がかすかに震えていた。


 その影が、蓮に向かって手を伸ばす。


「蓮っ!!」


 次の瞬間、蓮の体が石のように固まった。


「な、なんだこれ……体が……動かねぇ……!」


 必死にもがく蓮の体を、黒い霧がじわじわと這い上がるように絡め取っていく。

 まるで感情そのものが彼を押し潰そうとしているかのようだった。


「陽菜! 想いを鎮めるしかない!!」


 エレナの声は焦りと恐怖に震えていた。


「……わかった、やってみる!」


 陽菜は息をのむと、一歩前に出て、そっと桜の幹に手を伸ばした。


 指先が幹に触れた瞬間──

 どっと洪水のように、時代を超えた記憶と感情が陽菜の心に流れ込んできた。


 ──明治の学生の恋。

 ──大正の別れ。

 ──昭和の戦争。

 ──平成の希望。

 ──令和の不安と願い。


 時代を超えた無数の“想い”が、陽菜の心に怒涛のように流れ込んだ。


「う……あああああ!!」


 脳が焼き切れそうなほどの情報に、陽菜はたまらず膝をついた。

 息ができない。視界が揺れる。


 そのとき、再び黒い影が陽菜に迫った。手を振り上げ、拒絶するかのように、彼女へと突き立てようとする。


「陽菜っ!!」


 蓮の声が響く。

 次の瞬間、蓮は陽菜の前へ飛び込むように立ちはだかった。


「ぐっ……!」


 影の手が蓮の胸を強く打ちつけ、衝撃とともに彼の体が後方へと吹き飛ばされる。


「蓮っ!!」


「っ……だいじょぶ、まだ……立てる……」


 蓮は苦しげに眉をひそめながらも、足を踏ん張り、立ち上がった。

 その目は迷っていなかった。ただ、陽菜だけを見ていた。


「俺にはよくわかんねぇけどさ。でも、お前にしかできないこと、あるんだろ?」


 蓮の声はまっすぐだった。


「それが、ずっと“誰かがそばにいる”ってことと関係してるなら……そうなんだろ?」


 少し言い淀みながらも、彼ははっきり言った。


「だったら、俺も手を貸す。お前ひとりで抱えるなって」


 その言葉に、陽菜の中で何かが震えた。


「陽菜! 蓮の想いも、今きっと混ざってる。一緒に感じてあげて!」


 蓮が同時に声を上げた。


「今の声……エレナだろ!? 姿は見えねぇけど、ちゃんと聞こえた!」


 それは、三人の想いがひとつに繋がった証だった。

 エレナは陽菜の隣に駆け寄ると、まばゆい光を身にまといながら、そっと陽菜の背に手を添える。

 そのぬくもりが、陽菜の内に眠る力を優しく、確かに引き出していく。


 次の瞬間、陽菜の両手から白い光が溢れ出す。

 それはまるで、意志のかたち取ったような、光の帯のようなものだった。


 そして、陽菜は黒い影に向かって手をかざして想いを集中させる。

 すると、光の帯は黒い影を絡め取り、ぐっと引き寄せた。


「うりゃああああっ!!」


 陽菜が渾身の力で投げ飛ばす。

 轟音とともに、巻き上がる土煙があがった。


「蓮、ごめん……お願い、一緒に!」


 陽菜が振り返り、手を差し出すと──


「……ああ、任せろ!」


 蓮は頷き、陽菜の隣で桜の幹に手を当てた。

 力があるわけじゃない。でも、その想いが……確かな意志が、陽菜の心を支える。

 陽菜も再び、桜の幹に手を当て、心の中へと深く潜っていく。


 感情の奔流の中、今度は逃げずに。

 誰かの記憶を、痛みを、喜びを、すべて受け止めるために。


 そして──


 陽菜の心に、静けさが訪れた。

 そこは、真っ白な空間だった。音もなく、痛みもない。

 風も匂いもない、ただ静かな場所。


 たった一人、陽菜はその中心に立っていた。


「……みんな、この木が好きだったんだね」


 黒い影が現れた。かつて怒りと混乱の塊だったそれは、今はどこか、迷子のように震えていた。


『愛……?』


 低く、掠れた声が返ってくる。


「そう。ここで笑ったり、泣いたり、誰かを想ったり、たくさんの人が、この木と一緒に時間を過ごしてた。だから怖かったんだよね。忘れられるのが」


 陽菜が言うと、影の輪郭がふわりとほどけた。

 怒りが和らぎ、形があいまいになっていく。


「でもね……」


 陽菜はそっと手を伸ばす。


「木がなくなっても、想いは消えない。ちゃんとウチらが覚えてる。誰かが、大事にしてたってこと。だから……もう、大丈夫」


 影は静かに頷くように揺れ、光の粒へと変わっていった。


 夕焼け色の想願空虚が静かに消え、現実へ戻ると、地面の深い抉れも黒い影の痕跡も跡形もなく消えていた。

 桜の木は優しい光に包まれ、その光はまるで別れの代わりに咲いた花のようだった。

 光はひらひらと宙を舞い、やがて桜の花びらの形をとって、空へと昇っていった。


 ――ありがとう


 ――また会えるから


 ――忘れないで


 無数の声が重なり合い、やがて星々のきらめきのように空に溶けていった。


「……すごいな」


 蓮がぽつりと呟いた。


「今のって?」


「ウチにもわかんない。でも、すごく……綺麗だった」


 陽菜は微笑み、エレナは肩の上に座って静かに頷いた。


「あの白い光の帯みたいなヤツ、一体何だったんだろ……あれって……」


 何かを言いかけて、でも言葉にならず、自分の手をそっと見つめた。

 エレナは何も言わず、陽菜にそっと寄り添う。


 その小さな手が、どこか誇らしげに陽菜の髪をなでた。


「無事でよかった」


 蓮がぽつりと陽菜に言った。


「……ありがと、蓮。マジで助かったから」


 陽菜が少し照れくさそうに視線をそらすと、蓮も照れを隠すように鼻をこすった。


「お、おう……」


 その仕草に、少しだけ空気が和らぐ。


「明日、この木はなくなっちゃうけど……」


「うん。想いは、ちゃんと残るよ」


 陽菜が言うと、エレナが笑顔で答えた。


 翌日、桜の木は静かに伐採された。とはいえ、実際には別の場所へと移植されるのだという。

 その知らせを聞いて、陽菜とエレナは少しだけ胸をなでおろした。


 けれど、その夜から。

 校舎の片隅で、風もないのに桜の花びらがふわりと光って舞うのを見た──そんな噂が、生徒たちの間でささやかれはじめた。


 --------


 それから、数日後。

 陽菜は桜の木があった跡地へ向かった。そこには蓮も一緒にいた。


「人がいる限り、想いはね。形を変えても、場所を変えても……ちゃんと心の中で生きていくんだよ」


 やさしい笑みを浮かべて、エレナは陽菜を見つめて言った。

 陽菜はエレナの言葉を蓮にも教えた──。

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