第27話:戦の結末
「あはははは!!」
陽菜は最高に高揚していた。
アドレナリンが全身を駆け巡り、ただ戦いを楽しむ衝動に身を委ねていた。
周りはまだ気づいていない。だが、蓮だけは違った。
(陽菜が……また“陽菜”じゃなくなり始めている……!)
玉藻もその異変を感じ取っていた。
「やはり、人の子に想いの受け止めは難しい……だが、それもまた試練」
そう呟くと、ふと玉藻の視線が蓮に向く。
「……気付いたか、若人よ。娘よ、どうする?」
だが次の瞬間、玉藻は陽菜の様子を見て直感する。
「……いや。完全に飲まれてはいない。なるほど、賭けに出たか、娘よ」
そう言うと、玉藻は後退しつつ陽菜に向かって、赤い球を放った。
「っ!」
陽菜はそれをまともに受けかけたが、とっさに腕で受け止め、衝撃に押されながら後退する。
間髪入れずに、左右からエレナと彩華が挟み込むように突進する。
「はぁっ!」
「そこだっ!」
玉藻は両手をかざし、それぞれに気弾を放った。
だが二人は軽やかにそれをかわした。
──それは囮。完全な連携だった。
玉藻が二人に意識を奪われた一瞬の隙を、陽菜は逃さなかった。
気付いたときには、すでに陽菜が懐へと飛び込んでいた。
「な……なんと……っ」
陽菜の手に宿ったのは、玉虫色に輝く球体。
それを渾身の力で玉藻の胸へ叩きつける。
直撃した。
轟音とともに爆発が巻き起こり、凄まじい光と衝撃が周囲を切り裂いた。
「ぐわぁぁぁぁ!」
悲鳴とともに玉藻の身体は吹き飛び、砂浜へ叩きつけられる。
砂と飛沫が大きく舞い上がり、地響きが海岸を揺らした。さすがの玉藻も、この一撃には深手を負う。
砂浜に叩きつけられた玉藻は、しばし沈黙していた。
しかし、砂塵を払いのけるようにしてゆっくりと立ち上がる。
「……ぐ、ぅ……見事……っ……!」
その声は苦しげで、肩も大きく上下している。
だが、その瞳には未だ鋭い光が宿っていた。
陽菜は、息を荒げる玉藻を見据えながら、口元を吊り上げた。
「あはは……やっぱ、楽しいわ……!!」
その笑いは高揚に満ち、戦いを喜ぶ色が濃く混じっていた。
まるで勝負そのものに酔いしれているかのように。
エレナが小さく息を呑む。
(……陽菜……!)
陽菜の瞳がぎらりと輝き、帯が勝手に生き物のように蠢き始める。
「あはははは!! もっとだ……もっと壊してやるッ!!」
陽菜の声は、もう普段の彼女のものではなかった。
狂気と昂揚が入り混じり、ただ破壊を求める響きへと変わっている。
「やめて!! 陽菜!!」
エレナが叫ぶ。だが、陽菜の耳には届かない。
帯が荒れ狂うように周囲の砂を巻き上げ、空気が震える。
「陽菜っ!」
蓮が前へ出る。心で必死に訴える。
(戻れ……! お前はそんな奴じゃないだろ!)
彩華も叫んだ。
「バカ! どうしちゃったのよ!?」
竜司も負けじと声を張り上げる。
「陽菜!! オマエ、こんなんでいいのかよ!」
仲間たちの声が重なる。
しかし陽菜の視線は玉藻にしか向いていなかった。
「あいつを壊せば……全部なくなる……ウチがやるんだ!!」
それを見ていた沙耶の顔には、不安の色が濃く浮かんでいた。
一方で、尚也だけは冷静に事の成り行きを見据えていた。
「尚也……本当に、大丈夫なの?」
思わず問いかける沙耶。
だが、尚也は沙耶に笑顔を向けると、低く答えた。
「大丈夫。彼女は暴走していないよ。今は……見届けるしかない」
その言葉に、沙耶はゴクリと唾を飲み込み、ただ目の前の光景を凝視した。
その時だった。
陽菜のもつ“欠片”、エレナの宿す“本体”、そして玉藻が同じ玉虫色の輝きを放つ。
まるで互いが響き合い、言葉なき会話を交わしているように。
やがて、その輝きの中で玉藻が低く応じた。
「……ここからは、誰も手出し無用だ。娘とわらわで決着をつける」
さらに続けて、玉藻は静かに宣言する。
「基礎は叩き込んだ。あとは想いを開放するのみ」
そう言い切ると、玉藻の身体が淡い光に包まれ、構えを取る。
次の瞬間、破裂するように光が弾け、その姿は、巨大な狐へと変貌する。
九つの尾がしなやかに揺らぎ、砂浜全体を覆うような威圧感と神秘を放った。
誰もが息をのむ。
「あれが……伝説の九尾の狐……」
彩華が思わず呟く。
もちろん、彼女も知っている。この姿は本来のものではなく、玉藻は人として生きて妖になった存在だ。
だがそれでも、その荘厳な美しさと、凄絶な優雅さには抗えぬ魅力があった。
陽菜も、エレナもまた同じだった。
畏怖と感嘆が入り混じる心を抱えながら、その巨体を見上げる。
ただ恐ろしいだけではない。そこには、伝説と真実を兼ね備えた威容が確かにあった。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……三藐三菩提!」
九尾の狐が空間に響くような声で高らかに唱えると、空気が震え、大地さえ軋む。
その気配を受けて、陽菜の掌にも玉虫色の光が渦を巻いた。
高鳴る鼓動に身を委ね、彼女は口元を歪めて叫ぶ。
「陽菜ちゃんボンバー!!」
狂気にも似た笑み。
その一声は、戦いを歓喜として受け入れる陽菜の危うさを、誰よりも強く物語っていた。
「迷いは断ち切った! いざ、参る!!」
巨大な狐と化した玉藻の咆哮が、想願空虚を震わせる。
そして、二人は滑空するような速度で一直線にぶつかり合った。
次の瞬間、まばゆい閃光が視界を焼き尽くす。
そして、それは天地すら震わせる勢いだった。
ほんの一瞬の出来事であった。
光が晴れた時、玉藻はすでに人の姿へと戻っていた。
その胸には、ぽっかりと巨大な穴が穿たれている。
交差した二人。その先に陽菜の姿があった。
彼女はふらりと力を失い、ゆっくりと砂浜に崩れ落ちる。
「陽菜ーー!!」
「陽菜!!」
蓮とエレナが声を張り上げ、陽菜に駆け寄る。
他の仲間たちは、ただこの結末を見届けるかのように静かに立ち尽くしていた。
玉藻の穴の開いた箇所から、淡い玉虫色の輝きが塵となって漏れ出していた。
玉藻は微笑を浮かべ、静かに言葉を紡いだ。
「……見事であった……」
そういうと、玉藻は陽菜のほうに振り返った。
蓮とエレナが、陽菜に呼びかけると、陽菜は目を覚ました。
「陽菜、大丈夫か?」
「陽菜、大丈夫?」
心配そうに声を掛ける二人に、陽菜は小さく頷き、微笑んだ。
「ありがと……ウチは大丈夫」
そう言うと、ゆっくりと起き上がった。
彩華と竜司、そして沙耶もすぐに駆け寄った。
陽菜は立ち上がって言った。
「みんなごめん。敢えて想いに飲まれてみたんだ。そうしなければ倒せないと思って」
「少しづつだけど、コントロールもできるようになってきた。エレナと蓮のおかげだよ」
すると、胸元から一枚の紙がふわりと浮かび上がり、淡く輝きながら宙に漂った。
それは彩華が用意してくれた式神だった。
式神は陽菜の視線に合わせるように浮かび、やがて五芒星の形を描き出す。
玉藻が静かに言った。
「そなたに宿りし、想いの塊。その式神が引き受けてくれた」
その言葉とともに、五芒星は淡い緑の輝きを放ち、式神がゆっくりと消えていった。
まるで、陽菜に別れの挨拶を告げるかのように、常に寄り添ってくれた存在が、静かに去っていく。
「ごめん……そして、ありがとう……」
陽菜はそう呟き、感謝した。
彩華がふと玉藻に問いかける。
「アンタ……まさか、これのために?」
玉藻は静かに答えた。
「戦いの中で、徐々に制御できるようになったとはいえ、想いが溜まれば、同じことがまた起こるかもしれぬ」
「娘の想いを浄化するため、式神に犠牲になってもらった」
その言葉とともに、陽菜の持つ“欠片”と、エレナの持つ“本体”が輝き出した。
やがて、それらはふたりから離れ、空間を横切り玉藻の元へと吸い込まれていく。
沙耶が小さく呟いた。
「きっと、役目が終わったのね……」
欠片と本体は玉藻の身体に同化し、玉藻は淡い光を放つ。
玉藻の穴の開いた体も元に戻った。
陽菜が言った。
「ありがとう……玉藻さん……」
その瞬間、心の奥で確信した。
玉藻は悪人ではない。戦いの間も、彼女たちを導き、想いを整えるために動いてくれた存在だ。
たとえその力や立場が強大で、時に畏怖を感じさせるものであっても、決して敵ではなかった。
陽菜は、玉藻の存在に深い感謝と信頼を抱きながら、その場に立っていた。
玉藻が静かに付け加える。
「戦い方、想いの制御、どれもまだ完全ではない。今はその門口に立ったに過ぎぬ。そなたらの試練は、これからであろう」
「そして……それは……」
言葉を切った玉藻に、陽菜たちはそれ以上追及しなかった。
直感で理解したのだ。これから訪れる試練……その前準備に過ぎないのだろう、と。
「試練……」
陽菜はぽつりと呟く。
その声に、玉藻は静かに頷いた。
そして陽菜は、少し笑みを浮かべながら言った。
「それは、スローライフにもってこいじゃん!!」
その言葉に、一同は口を開けてあきれ返る。
その場にいる全員が、思わず心の中で呟いた。
(本当に、想いを浄化できたのか……?)
それは玉藻ですら、例外ではなかった。
そして、夕焼け色に染まっていた陽菜の想願空虚が音もなく晴れ、元の山林が姿を現した──。




