第26話:記憶と歓喜
「もう、陽菜たちのところに戻れない……」
それは、エレナの心の奥底からの叫びだった。
陽菜は白い帯を高くかざし、その帯を媒介にしてエレナの心の中に入り込む。
そこは、二人の想いが交錯する空間――光と光が重なりあう世界だった。
「そんなことない!!」
陽菜は優しく微笑み、強く声をかける。
「はやくおいで、エレナはエレナでしょ!!」
だが、エレナは顔を背け、拒絶した。
「ありがとう……陽菜。でも、わたしは人を殺めるために生まれた存在……」
「もう、人の世界にはいちゃいけないの……。だから、あの時、玉藻は帰ろうって言ったんだ……」
陽菜はきっぱりと言い返す。
「だったら! これからもウチたちを助けてよ!!」
そして陽菜は、ひとつの記憶をエレナに差し出す。
それは円い玉の中に詰まった、エレナの中に存在する記憶の断片だった。
「ねぇ、見て。これ、ウチが見つけたエレナの記憶の断片……ほら、こういうのもあるんだよ。覚えてるでしょ?」
――それは冬の空。雨上がりの日だった。
エレナが、ぽつりとつぶやく。
「ここ、どこ? なんでここにいるんだろ……」
「翅も消えて……長い間の記憶がない……思い出せない……」
「はやく朝廷に帰らないと……え、それってなんだろう……妖精の世界?」
ひとり言のように続けるエレナ。小さく震える声に、寂しさが混じっていた。
「さむいなぁ……あ、ここ見つけた……」
そう言うと、どこからか男の声が聞こえる。
「……君、誰?」
ふと顔を上げると、そこには高校生が座っていた。
それは公園のベンチでの出会いだった。
「君こそ、誰? 人間の子……だよね?」
エレナは不思議そうにその高校生を見つめる。高校生は屈託のない笑顔で微笑んでいた。
「エレナ……私は、エレナ。翅のない妖精、だよ……」
少年との言葉をつなぐために、咄嗟に口にした名前――エレナ――は、偶然にもその公園に放置されていた看板、パチンコ屋の名前だった。
カタカナだけは、彼女の記憶にかすかに残っていた。
――次の場面。高校生の少年、エレナ、そして一人の女子高生は、街をぶらぶらしていた。
ケーキ屋に入り、買ったケーキを持って三人でベンチに座る。
「はい、エレナ。想像でいいから」
ベンチでその女子高生がエレナにケーキをスプーンに乗せて見せる。
「うん……おいしい気がする……」
屈託のないエレナの言葉に、女子高生は微笑んだ。
――そう、これは陽菜の父・康太と、母・結衣とのかけがえのない記憶……想い出だった。
陽菜は力を込めて言った。
「エレナには、お父ちゃんとお母さんとの想いだって、ちゃんとあるんだよ!!」
「それに……」
そう言うと、陽菜はもう一つの記憶の玉を差し出した。
――それは、引っ越し直後の一戸建てでの出来事。荷物を片付けているときだった。
「わあ……ちっちゃなおんなのこだ!」
映し出されたのは、五歳の陽菜だった。
「うん、あなたは陽菜ちゃんだね」
幼い陽菜は屈託のない笑顔を浮かべて答える。
「うん、そうだよ。キラキラしてるね」
その言葉に、エレナは優しく微笑みながら言った。
「わたしはエレナ……また会えたね!!」
幼い陽菜は少し首をかしげ、不思議そうに見つめたが、すぐに屈託のない笑顔で返した――
その瞬間、エレナの心の声が聞こえた。
(ただいま……)
鮮明に蘇るエレナの記憶が、陽菜の目にも映る。
陽菜は、エレナに言った。
「前に、美佳さんが言ってたでしょ。”今の気持ちを大切にして”って」
それは、夏の海辺で出会った”想いの女性”との会話。
その声色や、潮の匂いまでが、ありありと蘇ってくる。
エレナは思わず目を伏せ、そして玉の中に浮かぶ光景を見つめた。
次々と現れる小さな記憶の玉――笑い合った日々、涙を分け合った瞬間、抱きしめた温もり。
そこには、自分と陽菜、そして出会いを重ねてきた人々の姿が、柔らかな光となって織り重なっていた。
それはまぎれもなく、繋がりの証だった。
「うまく言えないけど……今を大切にするんだよ!!」
陽菜はそう言いうと、真っ直ぐに手を差し伸べた。
「それに、今はウチたちがいるじゃん!」
陽菜の言葉に、エレナの心が少しずつほぐれていく。エレナの瞳が揺れ、わずかに涙が光る。
だがその瞳には、恐怖や絶望はなく、希望だけが宿っていた。
「……うん、陽菜……ありがとう」
陽菜の言葉で、エレナは自分がどんなときも孤独ではないことを改めて知る。いつだって、陽菜が味方でいてくれる。
そしてエレナも、陽菜に手を差し伸べた。二人の手が触れ合うと、二人の光が重なり、閃光のように輝いた。
「今度は、ウチたちがアイツを倒す番だ! 逃げずに、ウチと一緒に行こう!!」
陽菜の言葉に、エレナは力強く頷いた。
「うん!!」
――そして、二人は再び想願空虚へ戻り、玉藻と対峙した。
それだけではない。蓮も、彩華も、竜司も――今は皆が揃っている。
玉藻は静かにつぶやいた。
『記憶に触れ、想いを共有できたか……。それでよい』
『蜻蛉羽よ。揺らぎは消えたな』
微笑む玉藻を前に、陽菜は気合を込めて言う。
「次はウチたちの番だ!」
玉藻が答える。
『来い!!』
その声と同時に、陽菜とエレナは玉藻に向かって突進する。
陽菜は意識をエレナ、蓮、彩華、竜司と共有する。
彼らそれぞれの“想い”が重なり、一つの光景として彼女の頭の中に広がった。
いや、エレナ、蓮、彩華、竜司たちにも同じ光景が映った。
「見える!」
彩華が声を上げ、力強く玉藻に向かって突進する。
玉藻は圧縮した空気の気弾を二人に放った。
だがエレナは手をかざし、素早く空間を操作して気弾を軽々と弾き返す。
『いいぞ! 蜻蛉羽!!』
蓮と竜司が玉藻の背後に回り込み、蓮は心で陽菜に伝えた。
(右だ!!)
陽菜は帯を繰り出し、玉藻の腕を抑える。
『……くっ!!』
一瞬、玉藻の動きを封じた陽菜は、すかさず懐に入り腹部に手をかざす。
瞬間、青白い球が玉藻に放たれた。
その勢いはすさまじく、玉藻は吹き飛ばされる。
『ぐう!!』
玉藻が唸る。
蓮が、今度はエレナに心で伝えた。
(正面!!)
すかさずエレナも青白い球を放つ。玉藻は体制を立て直し、これを避ける。
竜司は彩華に向かって心で伝える。
(今度は頭上だ!!)
彩華が高く飛びあがると上空から白い矢を放った。
「脳天がら空き!!」
玉藻は大きく後退し、かろうじてそれを避けた。
『さすが、陰陽師の娘。呑み込みがはやい……』
その隙に、陽菜はすぐさま次の攻撃に移った。
帯を素早く旋回させ、玉藻の脚元を刈り取るように打ち込む。
『うっ……!』
玉藻の体勢が崩れた瞬間、エレナはその背後に飛び移る。
両手をかざし、青白い球を二連続で放った。
玉藻はとっさに跳躍して回避するが、その間も陽菜と彩華は連携を止めない。
「行くよ、彩華!」
「了解!!」
陽菜の声に呼応するように、彩華が高く跳躍し、再び白い矢を連射する。
『くっ……!!』
玉藻は吹き飛ばされながらも、砂浜に着地し空気を裂く気弾を放つ。
だがエレナは瞬時に手をかざし、気弾をかわしつつ逆方向に跳ね返す。
「まだだ、玉藻を追い込む!!」
陽菜の声に、蓮も竜司も玉藻の隙を探り、適宜指示を繰り出す。
玉藻が後ろに後退しようとして一瞬バランスを崩した。
『しまった!!』
玉藻が叫んだ。自分でも足がよろけてしまったことに驚きを隠せない。
陽菜は、それを見逃さなかった、その瞬間、帯を強く巻きつけ、玉藻を拘束した。
「エレナ!」
「うんっ!!」
陽菜の言葉に、エレナが青白い球を放つ。玉藻の体が光に包まれ、思わず後退した。
彩華も白い矢を次々に射出し、玉藻の視界を遮る。
『なかなかの連携、天晴である!』
玉藻は尾を繰り出して、帯を切り裂いて後退する。
必死に体勢を立て直そうとするが、五人の連携攻撃に押され、徐々に後退を余儀なくされる。
『……まだ……だが、悪くない……!!』
玉藻の声は焦りを帯びながらも、どこか興奮にも似た響きを持っていた。
――この瞬間、戦局は完全に陽菜たちに傾きつつあった。
陽菜は間髪入れずに叫びながら突進する。
「あははは!! 第2ラウンド開始!!」
それは、仲間たちとの力を確かめる瞬間でもあり、陽菜の戦いへの歓喜でもあった――。
エレナの記憶の断片シーンは「翅を失い余命を抱えた異世界の妖精<エレナ>と僕たちの小さな奇跡」と一部リンクしております。ご了承ください。




