第24話:戦再び
(あ……これ、イノシシよりヤベーやつかも)
蓮と竜司は同時に心の中で呟いた。
目の前の男は、茶色の瞳で、黒の前髪が少し薄く後退気味。薄手のトレーナーにジーンズという、どこか“ちょい悪ストリートカジュアル”な出で立ちだった。
「あのー、どなたでしょうか?」
陽菜が丁寧に声をかける。
すると、意外にも反応したのは沙耶だった。
「尚也!? なんでここにいるの?」
一行が驚きの声をあげる中、エレナが思わず口にする。
「沙耶さんの知り合いなの~?」
しかし、男は答えず、腕を組んで仁王立ちのまま、得意げにふんっと鼻を鳴らした。
「……!」
エレナが負けじと一歩前に出て、腰に手を当てて同じくふんっと鼻を鳴らす。
男も腕を組んだまま、再びふんっと鼻を鳴らす。
エレナも負けじとふんっと鼻を鳴らす。
──鼻息の応酬。
そして、その男・白石尚也は、突如として鼻をほじり始めた。
「……!」
エレナも負けじと真似しようとした、その瞬間。
「ちょ、エレナはそれやらなくていいから!」
陽菜が慌てて制止した。
尚也は鼻をほじり終えると、何事もなかったように口を開いた。
「おせーぞ! 帰ろうかと思った。玉藻さんから、呼ばれたのだよ。バイトだって」
「玉藻を……なんで知ってるんですか?」
陽菜の問いに、尚也は鋭い眼光を向ける。
「悪いが、それに答える義理はない。キミたちはここで死ぬんだから」
陽菜がムッとした顔を見せると、沙耶が割って入った。
「ちょっと! そんな言い方ないんじゃない?」
尚也は答えず、ただ冷ややかに言い放つ。
「案内する。彼女はもうすぐそこにいる」
五分ほど山を登ると、視界がぱっと開けた。
そこには、中腹に広がる小さな草原のような平地があり、陽菜たちはその場に足を踏み入れた。
だが、その直後だった。
赤く輝く球が、一直線にこちらへ飛来する。
「っ!」
エレナがとっさに結界を張り、衝撃を受け止める。爆風が地を揺らし、土煙があたりに舞い上がった。
その煙の中から、ゆらりと一つの影が現れる。
玉藻であった。
「娘よ……どうする? 現実世界では、容易に避けることもかなうまい」
挑発めいた声に、陽菜は奥歯をかみしめ、ため息を吐いた。
「くっ……」
そんな彼女を見据え、玉藻は言葉を続ける。
「己の帳を開け、念じるのだ。さすれば、自らの帳を引き寄せることができる。邪念を捨てろ……相手を討つための舞台を、心に描くのだ」
その声に導かれるように、陽菜は深く目を閉じ、心の中で強くイメージを描いた。
すると、周囲の景色が淡く揺らぎ、やがて夕焼けの色に染まっていく。
そこは、彼女の“想願空虚”。
夕焼け空の下、波打ち際のような光景が広がっていた。遠くの海の向こうには、枯れ木のように見えるものが立っている。
よく見ればそれは木ではなく、無数の光ファイバーのような束。波に合わせて光が流れ、絶え間なく脈打つように輝いていた。
陽菜は思わず唸った。
「これが……ウチの想願空虚……?」
玉藻が静かに答える。
「そう。これが”帳”、そなたの言う”想願空虚”……。そなたの心の中の姿である」
そして、玉藻は続けて口を開いた。
「では。参る」
その言葉とともに、玉藻は滑空するように彩華の前に姿を現した。
「はっ……速いっ!!」
彩華は身構える暇もなく、赤い球を受けて吹き飛ぶ。
「彩華!」
陽菜は白い帯を繰り出した。だが、それよりも早く玉藻は移動し、次の攻撃をエレナに放った。
エレナが結界を展開するよりも早く、赤い球は彼女を捉えた。
「きゃぁ!」
「エレナ!!」
吹き飛ばされたエレナを横目に、玉藻はすぐさま陽菜へと狙いを定める。
陽菜は帯で赤い球を防いだ。だが、それは玉藻の揺動だった。
一瞬の隙を突かれ、玉藻は陽菜の懐に滑り込み、腹部に手をかざす。
再び赤い球を放つと、その衝撃で陽菜は後方へ思いきり吹き飛ばされた。
倒れ込む三人の前に、玉藻がゆっくりと歩み寄る。
「隙が多い。そのままでは、体がもたぬぞ」
しかしその声には、冷徹さだけではなく、どこか導くような響きも含まれていた。
三人は荒い息を漏らしながらも、必死に視線を上げ、玉藻を見据える。
陽菜は荒い息をつき、帯を振るうも、赤い球は次々と彼女を襲う。
一発弾き返すごとに、別の球が迫り、衝撃で後方へ吹き飛ばされる。砂煙の中で必死に立ち上がろうとするが、体はまだ重く、思うように動かない。
「恐れるな。自分の力を信じ、動くのだ」
玉藻の声は耳に届く。しかし陽菜の体はまだ、教えに応じる余裕もなく、赤い球の連続攻撃に押されるばかりだった。
再び腹部を衝かれ、後方へ吹き飛ばされる。砂を巻き上げながら膝をつく陽菜の目に、玉藻の冷静な瞳が映る。
「よい……まだ力は眠っている。自分の力を自在に使えるようになるのだ」
砂塵をまといながら、陽菜はふらつきつつ立ち上がった。
だが玉藻は間髪入れず、再び赤い球を放つ。
直撃だった。衝撃が胸を貫き、陽菜は大きく弾き飛ばされた。背中を地面に打ちつけ、息が詰まる。
「くっ……!」
必死に帯を繰り出すが、体が震えて思うように動かない。
玉藻の声だけが、静かに降り注ぐ。
「同様するな。力に飲まれるな。……流れを感じろ」
言葉の意味を考える余裕すらない。迫る赤い球を、ただ必死に払い落とす。だが玉藻は動きを変え、今度は背後へ回り込んだ。
陽菜が振り返るより早く、鋭い衝撃が脇腹を打ち抜く。
「がっ……!」
身体が宙を舞い、地面を転がる。口の中に砂の味が広がり、視界が滲んだ。
だが、玉藻は容赦なく歩を進める。赤い光が再び手に宿り、陽菜へと照準を合わせた。
「己を恐れるな。今のままでは届かぬぞ」
諭すようでありながら、休む間を与えない。次々と放たれる赤い球に、陽菜は防戦一方のまま、体力を削られていった。
赤い球が再び迫り、陽菜は懸命に帯を振るうも、衝撃に押され、地面に膝をつき続ける。
そんな中、彩華が声を絞り出し、九字を切った。
「月弓命道!」
眩い白光が矢の形を取り、玉藻へと放たれる。
だが、玉藻は顔色ひとつ変えず、軽やかに一歩横へ踏み出しただけで矢は空を切った。
「速さも鋭さもある。だが、心が届いておらぬ」
玉藻の低い声が響いた瞬間、今度はエレナが悲鳴を振り払うように前へ躍り出た。
結界の輝きをまとい、真っ直ぐに突進する。
「やらせないんだからぁっ!」
しかし、その意気込みごと玉藻は容易くいなす。ひらりと身をかわすと同時に、掌から圧縮された空気が炸裂した。
「……ッ!!」
炸裂音が響き、衝撃波がエレナを襲う。彼女の身体は糸の切れた人形のように吹き飛んでいった。
「蜻蛉羽よ。そなたの心も、まだ揺らいでいる」
淡々と告げる玉藻の声。
「彩華! エレナ!!」
陽菜の叫びは、想願空虚に虚しく響く。
そんな戦いを見つめる沙耶は、魔法陣を出現させ、陽菜たちの加勢に向かおうとした。
だが、尚也が静かに手をかざしてそれを止める。
「だめだ、沙耶。これは彼女たちの戦いだ。大丈夫、心配はいらない」
沙耶は一瞬ためらい、目を瞬かせる。しかし、尚也は余裕の笑みを浮かべ、静かに微笑んでウィンクした。
沙耶は直感した。この戦いには何か大きな意図があるのだろう、と。
それほどまでに、尚也と沙耶の信頼関係は深かった。
沙耶は、尚也のその言葉にただ黙って頷いた。
その間に、玉藻の視線が蓮と竜司へと移った。
冷ややかな声音が空気を裂く。
「娘たちよ。あの若人すら守れぬか」
淡々と放たれたその言葉と同時に、玉藻はふたりに向かって手をかざした。
「やめてっ! 蓮、逃げてっ!!」
陽菜は叫んだ。
「だめー!!」
「竜司っ!!」
エレナと彩華も声を張り上げる。
しかし、声など届かぬかのように、玉藻は無表情のまま赤い球を顕現させ、二人へと放った──。




