第22話:礼と恋心
「あはははは!!」
陽菜の笑い声が、場の空気を凍らせるように響きわたった。冷酷そのものの響きだった。
「このまま握りつぶしたらさ……心臓発作とか、心不全ってやつで死ぬんだって」
黒い炎を握り締めながら、彼女は淡々と告げる。
「ぐぎゃぁぁぁっ!!」
男は胸を押さえ、苦悶の声をあげてもがいた。
「そうだな……他のヤツは、それぞれ一個だけ臓器を潰して生かしておくかな~」
不敵に笑う陽菜。その姿に、蓮が叫ぶ。
「もうやめろ!! 陽菜!!」
その声に陽菜は振り返り、薄く笑みを浮かべる。
「蓮? ……冗談だよ」
ふっと手を開いた瞬間、握られていた黒い炎は掻き消えた。
「がはっ……はぁ、はぁ……!」
解放された男はむせながら膝をつき、仲間に抱えられる。
陽菜は彼らを冷ややかに見据え、吐き捨てるように言った。
「二度とウチたちに近づくな。……次は、本当に容赦しない」
恐怖に顔を引きつらせた男たちは、言葉もなく退散していった。
その圧倒的な存在感に、反論の余地などなかった。
「陽菜……」
蓮が低く呟く。
エレナもまた、不安を隠せず問いかけた。
「もう……陽菜、だよね?」
「問題ナッシング」
陽菜が肩をすくめるように答えると、エレナはほっと安堵の息を漏らした。
「それより蓮、そのスプリガン、どうするの?」
陽菜の視線の先で、蓮に抱きかかえられたスプリガンの下半身がゆっくりと再生し始めていた。
再生の色は黒ではなく、白く淡い輝き。
「助けてあげたいんでしょ? 大丈夫。いずれ回復するから」
その言葉に、蓮もようやく胸を撫で下ろした。
「蓮、エレナ……やっぱり、ウチって怖い?」
陽菜の問いに、エレナは即答する。
「んーん。陽菜は怖くないよ」
だが、蓮は少し沈黙したあと、正直に口を開いた。
「……おれは、怖い」
はっとして、陽菜は蓮を見つめる。その瞳に、悲しみの色が滲んだ。
「そうだよね……。ウチも、自分が自分じゃない感覚がある。なんだか……おかしくなっちゃったのかな」
握りしめた拳に力がこもる。戦いの最中に覚えた高揚感、アドレナリンの熱。それを認めたくない自分がいるのに、確かに心は震えていた。
「ちがう」
真っすぐに陽菜を見据えながら言葉を続ける。
「おれが怖いのは、お前に殺されることじゃない。……お前が変わってしまうことだ。お前が遠く、別の世界へ行ってしまう気がして……それが、怖いんだ」
蓮は陽菜を見つめた。
「蓮……」
陽菜は小さく呟く。
蓮の瞳は揺らがず、さらに言葉を重ねた。
「玉藻は言ってた。お前には“想い”を受け取る力があるって。でも、その器には限界がある。……超えれば、暴走する」
蓮は拳を握りしめた。
「……あいつは知っているんだ。その対処法を。だからこそ、わざとお前にその状態を引き起こさせようとしている」
深く息を吸い込み、蓮ははっきりと告げた。
「……たぶん、それこそがお前を成長させるカギなんだ」
陽菜は眉をひそめ、疑問を投げかけた。
「でもさ……ウチなんかを力つけて成長させて、どうするつもりなんだよ」
その問いに、蓮はしばし黙り、静かに答える。
「それは……分からない。けど、一つだけ言えることがある」
陽菜が真剣な眼差しで蓮を見つめる。
その視線を受け止めながら、蓮は力強く言った。
「俺とエレナは、お前にとって重要な存在だって……玉藻はそう言った。だから俺は、お前が暴走したときに止められるよう、必ず玉藻から方法を聞き出す」
「蓮……」
そして、陽菜は一呼吸置き、ぱっと表情を明るくした。
「うん!!」
「蓮、かっこいいねぇ~!」
そう言いながら、彼女は蓮の頭を両手でよしよしと撫でた。
張りつめていた空気が、ふっと柔らかく解けていく。
「エレナ、お前も一緒に聞き出すんだぞ」
蓮は軽く笑い、エレナの鼻先にデコピンを当てる。
エレナは「いたっ」と小さく声をあげ、照れ隠しのように頭をかいた。
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夜、陽菜は部屋で机に頬杖をつきながらぼんやりと考え込んでいた。
「ああは言っても……やっぱ蓮も、ウチのこと怖いと思ってるんじゃないかな~」
その呟きに、ベッドで寝転びながらスマホ動画を見ていたエレナが答える。
「大丈夫だよ、蓮は。怖かったらとっくに逃げてるって」
クスクスと笑いながら、エレナは画面から目を離さずに言った。
そのとき、陽菜のスマホがブルッと震えた。
新着メッセージを確認する陽菜。
「どうしたの?」
エレナが顔を上げる。
陽菜は画面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「今週末いよいよだ」
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スプリガンがゆっくりと目を覚ました。
視界に広がったのは、見慣れぬ景色……人間の家の部屋の中だった。
「ここは……?」
木の匂いもしない。苔むした岩もない。
柔らかい布に包まれていることに気づき、スプリガンは戸惑いのまま身じろぎした。
声はかすかに震え、体を起こしながら、周囲を見回す。
この環境は安全なのか、それとも罠なのか、スプリガンには分からなかった。
そのとき、静かな声が耳に届く。
「……目が覚めたか。大丈夫か?」
不意にかけられた声に、スプリガンの心臓が跳ねる。
視線を向ければ、そこには蓮がいた。
穏やかな目には敵意はない。ただ、心から案じる色だけが映っていた。
(……近づかない方がいい……油断は禁物だ……)
布にくるまったまま、スプリガンは体を小さく丸め、警戒を緩めない。
ここはまだ、自分の居場所ではないのだ。
「俺の部屋だ。陽菜のところよりはマシかと思ってな」
その声に、スプリガンは戸惑い混じりに問いかける。声が震えていた。
「な、なぜ……アタイを助けるので……?」
蓮は微笑を浮かべ、ためらいもなく答えた。
「放っておけなかった。それだけだ」
スプリガンは布にくるまったまま、目だけで蓮を追い続ける。
警戒心はまだ強く、体は緊張でこわばっている。
けれど、蓮が距離を保ったまま静かに座っているのを見て、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
息を整え、勇気を振り絞るように、スプリガンは体をわずかに起こす。
「安心しろ。なにもしない。まぁ、あんなことがあった後だからな。警戒するのも無理はない」
そう言って蓮は頭を掻き、苦笑いした。
「……あの……」
声はかすかに震える。まだ完全には身をさらさないように慎重に。
「ここ……本当に、安全……なので?」
蓮は静かに微笑み、手を差し出すことはせず、ただ見守る。
「ああ、大丈夫だ。陽菜もいないし、無理に動く必要もない。焦らなくていい」
蓮の声は変わらず穏やかだった。
スプリガンは目線を蓮に向け、心の中で呟く。
(……この男は、本当に危なくない……?)
小さな疑問とともに、スプリガンの警戒心は少しずつ揺らぎ始めた。
体力はまだ完全に回復しておらず、抵抗はできない。
だが、わずかに安心したのか、スプリガンはそっと体を横たえ、再び眠りに落ちていった。
その夜、蓮が静かな寝息を立てて眠りについた頃──
スプリガンはそっと身を起こした。
体力はほぼ回復し、もう飛ぶこともできる。彼女は音を立てぬよう慎重に宙に浮かんだ。
蓮の寝顔を見つめながら、スプリガンは小さく息を吐く。
この人間は、何も求めてはいなかった。ただ、傷ついた自分を助けてくれただけだ。
(……どうして、こんなに優しいので)
スプリガンは静かに、翅を羽ばたかせて蓮の枕元へ寄った。
呟くように、かすかな声で言葉を紡ぐ。
「アタイのこと、助けてくれて……本当に、ありがとう」
蓮は気づかない。深い眠りの中で、わずかに寝返りを打っただけだった。
スプリガンは微かに笑みを浮かべる。
この人間になら、心を許してもいいかもしれない。そんな気持ちが、胸の奥で静かに芽生えた。
スプリガンは寝ている蓮の頬にそっと触れると、体から白く淡い輝きを放った。
やがて口を開いた。
「アタイの名は翅脈と言うので」
「今度……また会えたら、ちゃんとお礼を言わせて」
翅脈は窓に向かい、振り返る。
月光に照らされた蓮の寝顔を、もう一度見つめて──
「元気でいてね……」
窓を静かに開け、夜風が頬を撫でる。
翅脈は蓮に向かって小さくお辞儀をすると、そっと跳躍し、闇夜に溶け込むように消えていった。
蓮はかすかに微笑む。
「翅脈っていうのか……本当は愛嬌あって、いいヤツじゃん」
寝たふりをしながら、蓮は呟いた。
そのとき、翅脈の胸に芽生えた感情。まだ、自分でもはっきりとは気付いていない、淡い“恋心”のような想いだった──。




