第21話:異変
「蓮! 大丈夫!? ごめん……ウチなんかのために……!」
陽菜は倒れた蓮に駆け寄り、抱きしめるようにその肩に触れ、優しく問いかけた。
蓮は苦しげに息を吐きながらも、無理に立ち上がろうとする。
「大丈夫だ……それより、逃げろ!」
しかし陽菜も立ち上がり、俯いたまま小さく首を振った。
その声には、揺るぎない決意が宿っていた。
「ウチは。ふたりを守る。だから逃げない」
続けざまにエレナへ振り返る。
「エレナ、手は出さないで。蓮を見てあげて」
「……うん。わかった。でも、大丈夫なの?」
エレナの声には不安がにじんでいた。
「問題ナッシング」
陽菜は軽く笑い飛ばしてみせると、今度は男たちへと視線を鋭く向けた。
「おい。ウチを前と同じだと思うな」
「ダーリンを怪我させた罪は重い。死に値する」
その凍りつくような声音に、エレナでさえ思わず息をのんだ。
傍にいるスプリガンはくすくすと笑い、にやけ顔で陽菜を見る。
「おーーー、怖いので」
スプリガンは余裕を崩さぬ態度だった。
スプリガンが見えない男たちはその様子を見て苛立ち、怒声を上げた。
「てめぇ、どこ見てやがる!」
「さっきの白いヤツはなんだっ!」
陽菜は小馬鹿にしたように口角を上げた。
その笑みは、どこか壊れている。
「そっか。おまえら凡人クソ野郎には見えないんだっけ……ふふっ」
エレナはなぜか楽しげに微笑む。だが、蓮の胸には不穏な違和感が募っていく。
(……陽菜。やっぱり、違う)
その時、帯で弾き飛ばされていた二人の男が立ち上がった。
苛立ちを募らせた一人が、陽菜へ殴りかかる。
「舐めやがって! 礼はさせてもらうぞ!!」
瞬間、白帯が閃いた。男の腕を正確に叩き抜く。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
骨が砕けるような鈍い音と共に、男は地面に崩れ落ちた。
「あらあら、お痛はだめだよ~♪ お仕置きだよ~♪」
陽菜は頬に手を添え、子供のような満面の笑みを浮かべる。
しかし、次に口を開いた時には冷酷な声音に変わっていた。
「すぐ料理してやる。少し待ってろ」
男たちに言い放つと、陽菜は視線を再びスプリガンへ向けた。
「姐さん、そんな顔じゃモテないですので。彼氏さんも驚いてますぜ」
「言いたいのはそれだけ? サイドテールポンコツ妖精」
スプリガンの軽口を受け流しながら、陽菜の口元には余裕の笑みが浮かんだ。
「ふふ……お前の“想い”は送り届けない。ここで塵になるまで刻んで焼却してやる」
「この世に居た痕跡すら残せない。完全な“無”だ」
スプリガンは笑みを崩さず応じる。
「いや~、そいつは困りましたので。でも、アタイはそこまで弱くはない……」
言葉を言い切る前に、白帯が刃となって走った。
スプリガンの身体を真っ二つに裂く。
「え……!?」
青ざめる表情。額から汗が噴き出す。
切断された下半身は、瞬く間に帯で切り刻まれた。黒く淡く輝くその破片は、宙に散るように儚く消えていく。
「こ……こんな力……!」
逃げようとするも、陽菜の帯がすでにその身体を捕らえていた。
「この前みたいに逃げられないぞ。あははは」
その笑みは、もう陽菜ではない。
蓮は唾を飲み込み、ただ見ているしかない。確かな恐怖が胸を締めつけた。
一方のエレナは、まだ事態を理解しておらず、無邪気に声を弾ませた。
「すごい! 陽菜、もっとやっつけちゃえ!」
周囲で構えていた男たちもざわめき出す。腕を叩かれた者は呻き、残りの者たちも動揺を隠せない。
「なんか……コイツ、やばくねぇか……」
「ああ……」
陽菜はスプリガンを見下ろし、不敵に笑った。
「お前にも、人間の“死”ってやつを教えてやる。……その前に」
「お前の“想い”を見せてもらおうか」
「いやだ……やめて……」
スプリガンは必死にもがき、逃れようとするが、身動きがとれず逃げられない。
必死の叫びも虚しく、陽菜の手のひらがスプリガンの頭上に覆いかぶさる。
直後、強烈な稲光が弾けた。
「お……犯され……る!!」
「ぐぁぁぁ! いやだ!! や……やめ……て、ぐぁああああ!!」
スプリガンの涙と絶叫が辺りを震わせた。
蓮が叫んだ。
「陽菜! もうやめろ!!」
この時になってようやく、エレナも異常に気づいた。
「陽菜……陽菜なんだよね……?」
陽菜は鋭く睨み返す。その目つき、表情はもはや彼女のものではなかった。
エレナは咄嗟に口を押さえ、涙を浮かべる。
「陽菜……じゃない」
その反応もあってか、陽菜はスプリガンの頭に手をかざすのをやめた。
しかしスプリガンは白目を剥いて、意識を失っている。
「ちっ、つまらない」
陽菜は次に男たちに視線を向け、スプリガンの身体を乱暴に放り投げた。
地面に叩きつけられたスプリガンを、蓮がとっさに抱きかかえる。
スプリガンの上半身の切り口からは、黒い光が粒子となって舞い上がり、周囲に儚く散っている。
「お待たせ。さて……最初に死ぬのは誰?」
男たちは一斉に後ずさる。
すると陽菜は口角を吊り上げ、挑発的に言い放った。
「もし勝てたら、ウチの身体、好きにしていいよ。動画に撮ってもいいしさ」
蓮が怒鳴る。
「いい加減にしろ! 陽菜!!」
「黙れ!」
陽菜の一喝に、蓮は絶句した。
(完全に呑まれている……どうすれば……)
今の陽菜は、もはや“想い”に完全に支配されていた。
陽菜は意に介さず、男たちに向かって口を開く。
「どうした? 男が五人もいて、ビビってんの? 勝てるかもしれないのに……試してみろよ。クソども」
「てめぇ……いい加減にしろ!」
一人の男が怒声と共に突進する。
「あははははは!」
陽菜は声を出して大笑いすると、男に向かって手をかざした。
その刹那、男の動きがピタリと止まり、地面に膝をついて胸を押さえた。
「ぐぁぁぁぁあ!!」
他の男たちも驚きの声を上げる。
「どうした!」
「む……胸が……苦しい……」
男は胸を押さえ、呻き声を漏らす。全身から脂汗が吹き出し、呼吸も荒い。
「てめー、な、何しやがった……!」
周囲の男たちが一斉に声を荒げる。
陽菜は不敵な笑みで応えた。
「この手のひらに、ソイツの心臓があるんだよ」
陽菜の手のひらには黒い炎のような揺らめきがあった。
蓮もエレナも、目を見開き、体が固まった。
ただ息をのむだけで、言葉にならない驚きが、二人を圧倒していた。
そして陽菜は、唇の端をきゅっと上げ、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「この心臓を……ぎゅーーーっと♪」
そう言うと、徐々に握り締める。
「ぐぁぎゃぁぁぁぁ!!」
男の、まるでこの世のものとは思えない叫び声が辺りに響き渡った。




