第18話:女性の嘆き③
『グォォォォォ!!!』
怪異が咆哮を上げ、地を砕く勢いで陽菜へ突進してくる。
「もう……言葉も忘れたんだね」
陽菜は呟くと同時に、前へ飛び出した。
それは、まるで飛行機が滑空するかのような加速で一直線に迫る。
「はぁッ!」
トカゲの怪異の懐へ滑り込み、陽菜は拳を叩き込んだ。
骨を軋ませるような衝撃音とともに、巨体が後ろへよろける。
すぐさま怪異は再生した尾を振り抜いた。
鋭い風切り音が空気を裂く。だが、陽菜は地を蹴り高く跳躍し、尾は虚しく大地をえぐるだけだった。
宙を舞った陽菜は、反転しながら怪異の顔面に蹴りを叩き込む。
さらに手のひらから青白い光球を生み出し、至近距離で解き放った。
──直撃した。
轟音とともに爆発が広がり、怪異の巨体が吹き飛ぶ。
黒煙を引きながら地面に叩きつけられ、土砂と衝撃波が周囲を揺さぶった。
陽菜はゆっくりと歩を進めながら、倒れた怪異へ手をかざす。
「陽菜ちゃんボンバー」
そう呟くと、掌に玉虫色の光球が生まれる。虹彩を帯びた輝きは、空気を震わせるほどの圧を放った。
エレナ、蓮、彩華、竜司は固唾を飲んで見守る。
タイチとカナもカメラを構えたまま、息を飲んでいた。
玉藻は蓮へ視線を移し、わずかに笑みを深める。
そこから溢れる赤い五色の光。それは勇気と心の平穏を象徴し、愛と情熱を根源とする輝き。
「……この若人こそ、今の彼女の力の源か」
再び陽菜へと視線を戻し、玉藻は優しく微笑んだ。
そのとき、倒れていた怪異がゆっくりと身を起こす。
怪異のうめき声が夜に響き渡った。
『グォォォォォ!!!』
陽菜は歩みを止めず、静かに言った。
「ウチも……アンタの気持ち、わかるよ。同じ目にあったばかりだから」
怪異は前足を振りかざす体勢を整える。
だが陽菜は、ためらうことなく、滑空するかのような速さで懐に飛び込み、力を込めて言葉を続けた。
「でも……」
掌に宿した玉虫色の光球を、怪異の腹へ押し当てる。
圧倒的な輝きがあたりを呑み込むと、陽菜が怪異に向けて呟いた。
「ウチのダーリンは、そいつらとは違うから……」
解き放たれた光が爆ぜ、怪異の身体を貫く。
閃光は一瞬にして全身を裂き、巨体を真っ二つに断ち切った。
咆哮とともに、怪異は崩れ落ちる。
その身体は灰のように崩れ、やがて無数の光の粒子に変わって舞い上がっていった。
陽菜は、残光に手をかざす。
「その想い、ウチが解き放ってあげるから……」
その言葉に、玉藻が低くうなった。
「あの想いを受けとめて、解き放つと言うのか……なんと……」
陽菜の胸に、以前に沙耶と会話したときの考えがよみがえる。
──もしも、ほんの少しでも、遅れていたら。
──もしも、ほんの少しでも、声が届かなかったら。
その”もしも”が、この女性には起きてしまったのだ。
頬を伝う涙が一粒、きらめきながら落ちる。
光の残滓が消え去ると同時に、夕焼け色に染まっていた想願空虚が音もなく晴れ、元の廃墟が姿を現した。
陽菜は無言のまま、一同のもとへゆっくりと歩み寄る。
だがその足取りはふらつき、力が抜けるように前のめりに倒れ込んだ。
「陽菜!」
エレナが慌てて駆け寄り、両腕で彼女を優しく抱きとめる。
その顔には安堵と涙が入り混じり、強張っていた仲間たちの表情もようやく緩んだ。
そして、彼女のかすかな寝息が聞こえた。
──どれくらい眠っていただろうか。
まぶたを開けると、陽菜は車の座席に横たわっていた。
窓の外では、蓮たちが手分けして機材を片づけている。
ドアを開けた陽菜は申し訳なさそうに言った。
「ごめん……寝てたみたい」
その姿を見つけるや否や、蓮とエレナが駆け寄ってくる。
「大丈夫か、陽菜?」
「……陽菜、お疲れさま」
ふたりの言葉に胸が熱くなり、陽菜は自然とふたりを抱きしめ返した。
三人の肩が触れ合い、しばしの間、互いの温もりだけがそこにあった。
その様子を見ていた彩華や竜司も、声を揃えて陽菜をねぎらった。
ふと、陽菜が口を開いた。
「玉藻は?」
彩華が即答する。
「幻術の効果が切れたから、先に戻ったわ。”次に会う時を楽しみにしている”って」
その言葉に、蓮が小さく首をかしげる。
「……あの妖は一体何者なんだ。敵にしては妙だった」
竜司も同意するように腕を組んだ。
「たしかに、いろいろ教えてくれたよな……」
彩華は少し考え込んでから答える。
「いずれにせよ、直接会えばわかること」
「そうだね……」
陽菜も頷いた。
しかし、竜司が口にした”教えてくれたこと”が、エレナと蓮、そして彩華の胸に重く引っかかっていた。
それは陽菜が眠っていた時のこと。
玉藻は彼女の力について、こう語ったのだ。
──陽菜の力が覚醒し始めていること。
──その力には、エレナと蓮という存在が必要であること。
ここまでは、今回の戦いでも三人が実感していた。
だが問題は、そのあと玉藻が告げた言葉だった。
「この娘には、想いを受け取る能力が宿っている。それも強大な想いを受け止められる力だ」
「だが、肉体を持つ以上、その器には必ず限界がある」
彩華が息をのんだ。
「……じゃあ、その限界を超えた場合は……?」
「その時、この娘は制御を失い、暴走する。最悪の場合、妖へと堕ちるやもしれぬ……かつてのわらわのように」
「え……!?」
彩華の声は震えていた。
その横で、蓮が口を開く。
「玉藻さん……それって、陽菜の心の変化にも関係してくるのですか?」
玉藻はゆるやかに頷き、低く言葉を紡ぐ。
「娘の心には、変化が芽生えておるはず。本来なら女性としては到底耐えられぬ状況であったが……彼女は迷わず、そなたらを選んだ」
「だが、その選択の代償として、いずれ感情は磨耗し、希薄になっていくやもしれぬ」
玉藻の瞳が細められ、静かに告げられる。
「ゆえに、常に気を配っていてほしい……決して、目を離さぬように」
その言葉を、陽菜に伝えるべきかどうか、三人は顔を見合わせ、深く悩んでいた。
ふと、陽菜が口を開く。
「トカゲのほうは?」
彩華が答える。
「完全な浄化には至っていないみたい。根本の原因を排除しないとだって」
「でも、そこは玉藻が受け持つと言っていたわ」
陽菜が小さく頷く。
「そう……」
すると、その重い空気を破るように、タイチとカナが駆け寄ってきた。
「今日は本当にありがとうございました!!」
勢いよく頭を下げるタイチに、カナも笑顔で続ける。
「特に陽菜さん。大変だったけど……本当にありがとう。おかげで撮れ高、最高でした!!」
場の空気が一気に明るさを取り戻す。
陽菜は少し照れくさそうに頬をかき、仲間たちと一緒に感謝を返した。
──それからしばらくして、容疑者と思われる三名が獄中で不審死したことが新聞で報じられた。
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後日。
動画がアップされた連絡を受けた。陽菜、エレナ、蓮、竜司は彩華の家のリビングで鑑賞会だ。
ギャラも予想より多くもらえ、彩華の奮発でピザやフライトチキンなども揃い、豪華な食卓となった。
当然、”花より団子”のエレナは人間化し、すでにむしゃむしゃと食べている。
テレビ画面で動画を再生しつつ、ノートPCでコメントをチェック。
陽菜たちはもちろん、エレナも玉藻も映っており、想願空虚の戦いも編集されてバッチリだ。
コメント欄には、一つひとつがスクロールするように流れていた。
< なかなかの映像 CGにしてはすごい! >
そのようなコメントが次々と並ぶ。だが、仕方ない。普通の人にはわからないことだ。
コメントを見ている間も、再生数はどんどん伸びていく。
それぞれが、自分たちが映っているシーンに歓喜していた。
しかし、徐々に陽菜と彩華の顔が引きつり、苛立ちに変わっていく。
< 4:12 青髪の子めっちゃかわいい >
< かわいい。青髪の子。ナイスバディ >
< 9:31 めちゃくちゃ美人。ヤバ。萌える >
< ちょw玉藻さん、マジで美人 >
< エレナと玉藻だけのコメントで草www >
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< もう、エレナと玉藻だけでいいんじゃね?w >
陽菜と彩華はエレナを睨みつける。
だが、そんなことはお構いなしに、エレナはむしゃむしゃと咀嚼音を立て、意地汚く食べ続けていた。
二人は互いに目を合わせ、声をそろえて絶叫した。
「なんでだよーーー!!ウチの戦いなんだったんだよ!!」
「あああーー、美人陰陽師でデビューする予定だったのに!」
頭を抱えたふたりの叫びが、むなしく部屋に響き渡るのだった──。




