第16話:女性の嘆き①
「な……なんでーーー!!」
それは陽菜とエレナの、同時の悲鳴だった。
カナも思わず叫ぶ。
「きゃぁぁぁああああ!!」
目の前に立っていたのは、なんと九尾の狐、玉藻だった。
「ちょ、なんでここにいるのよ!!」
カナと蓮は驚きつつも、陽菜の知り合いとわかり、安堵して胸をなでおろす。
「ちょっと、すいません。脅かすのはやめてください。やらせになっちゃいますよ!!」
カナの言葉に蓮も大きく頷いた。
「確かに、それはカナさんの言う通りだぞ!」
玉藻は黙ったまま、静かにこちらを見つめる。
陽菜とエレナは同時に首を振って否定する。
「ちがうよ! 蓮!! 玉藻!! 九尾の狐!!」
エレナのその言葉に、蓮は一瞬考え込んだ。確かに、玉藻の服装は現代風ではなく、花魁のようでどこか艶めかしい。
その瞬間、玉藻の身体も玉虫色に淡く光り出した。
陽菜、エレナ、そして玉藻の三者の輝きはまるで共鳴しているかのように、空間に不思議な揺らぎを生む。
光はすぐに消え、蓮はようやくその正体を確信した。
「えええぇぇぇ!!」
カナだけは呆然としている。
「つーか、なんでアンタここにいるんだよ!!」
それは陽菜の、驚きと困惑の入り混じった声だった。
そんな中、二階にいた三人も駆けつけた。
そして、彩華もまた思わず叫ぶ。
「はぁ!? なんでここにいるの!!」
今度はタイチと竜司が呆然と立ち尽くす。
陽菜、エレナ、彩華は互いに目配せを交わしながら、ほかのメンバーに事の次第を説明した。
玉藻は、周囲の状況を察してか、あえて口を閉ざしたまま静かに佇んでいる。
一通り事情を説明すると、蓮と竜司は頷いた。だが、タイチとカナだけは首をかしげるばかりだった。
彼らにとって“妖”とは、見えても半透明で、せいぜい幽霊じみた存在という固定観念が強いのだ。信じられないのも無理はない。
そこで、陽菜がさらりと一言。
「ガチで言うけど、いまウチら、めっちゃ“撮れ高中”だから!!」
その言葉に、タイチとカナ以外は全員が大きく頷いた。
取り残された二人は、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
ひと呼吸おいて、陽菜は改めて玉藻へ向き直った。
「で? なんでここにいるの? バトルはまだのハズでしょ」
玉藻はほんの少し視線をそらし、気まずそうに口を開いた。
「……実はな。どのような術か見たいと思ったのだ。“ばいと”という術を」
「……は?」
場に微妙な沈黙が落ちる。全員が同じように首をかしげていた。
玉藻は気にも留めず、部屋をぐるりと見回しながら言葉を重ねる。
「にしても、随分と殺風景な場所だの。ここで鍛錬を積むのか?」
「いやいや。ここは”廃墟”といって、鍛錬を積む場所ではないの!」
陽菜が即座にツッコんだ。
「違うって! バイトはスーパーでレジ打ちとかするやつ!」
彩華も慌てて首を横に振ってツッコミを入れる。
玉藻は眉をひそめ、真剣な声で言った。
「なんと……スーパーでレジ……そんな術もあるのか……」
「だから術じゃないってば!」
彩華が叫ぶ。
陽菜と彩華、いや、その場にいるほぼ全員が、身振り手振りを交えて“バイト”について必死に説明した。
玉藻は腕を組み、目を細めてしばし考え込むと、納得したようにふんと頷く。
「なるほど。“ばいと”とは商いのことを指すのだな……。飯を得るために、己を磨く修練……。うむ、奥深い」
その言葉に、場の空気がふっと緩んだ。だが次の瞬間──
男性陣は、玉藻の美しさだけでなく、所作の気品と、何より純粋に”学ぼう”とする姿勢に、思わず心を持っていかれていた。
(ちょ、ナニコレ!? めっちゃかわいくない?……)
(いや、これ完全に反則だろ……声まで綺麗とか……!)
(なにこの純粋さ。男心くすぐりすぎだろが!)
そんな男たちの心の声が交錯する。
「おい、落ち着けよ……! あれ、妖だぞ妖!」
竜司が小声で牽制するも、顔はしっかり赤くなっていた。
「むしろ妖だからってのがポイント高いんじゃね?」
タイチがひそひそ返し、蓮はツッコむ。
「いや、妖だって信じてなかっただろ」
そんな空気を察してか──
「はぁ……男ってマジで単純だな」
彩華は大きくため息をつき、陽菜も思わず同意の視線を送った。
エレナはその様子を見て、口元を押さえてクスクス笑っていた。
そこで、不意にカナが口を開いた。
「じゃあ、玉藻さんにも一緒に回ってもらいましょうよ!」
一瞬の沈黙。みんなが目を丸くする中、玉藻はきょとんとした顔をしたあと頷いた。
「よかろう。その”商い”。わらわも手伝おうぞ」
堂々とした宣言に、場の全員が思わずのけぞった。
そんな空気を切り裂くように──
”カン……カン……”
金属を叩くような音が再び響いてきたのである。
廊下の奥、一室から金属を叩くような不気味な音が再び響いてきた。
軽く、しかし妙に胸の奥に響くその音に、全員の背筋がゾクゾクする。
玉藻はすっと音の方へ手をかざした。
エレナも目を閉じ、静かに意識を集中させる。
数秒の後、玉藻はゆるりと目を開き、低く呟いた。
「……いつの世も、男と女、欲望こそが、人の罪よ」
その声には、先ほどまでの愛嬌も純粋さもなく、九尾の狐としての冷ややかな響きが宿っていた。
玉藻は音の鳴る方へゆっくりと歩を進め、ためらいなくドアへと手をかける。
そして、軋む音とともに、重たい扉を押し開いた。
それを見た陽菜と彩華は、思わず口を押さえ、驚愕の目を向ける。
他の者たちは言葉を失い、目を伏せた。
「クソ……」
蓮が唇を噛みしめ、吐き捨てるように呟いた。
そこに映し出されていたのは、一人の女性の“想い”だった。
彼女は複数の影に押さえつけられ、凌辱されていた。
足首は金属のパイプで砕かれ、動くことすら叶わない。
カン……カン……。
先ほどの音は、その足を無残に叩きつけられ、潰されているときの残響だったのだ。
『いやぁぁ! 助けて! やめて!!』
『痛い! 痛い!! いたい!!!』
虚空に木霊する悲痛な叫び。
エレナが小さく震えながら口を開く。
「この子は……煉獄に囚われ、死した今もなお苦しみ続けている……」
その言葉に、彩華も涙をこらえながら頷いた。
痛みと屈辱に泣き叫ぶ姿を目の当たりにして、陽菜は胸の奥が引き裂かれるようだった。
「ひどい……」
思わず、その言葉がこぼれ落ちる。
──その瞬間だった。
陽菜の声に呼応するかのように、女性の“想い”が揺らぎ、反応を示した。
次の瞬間、視界がぱっと夕焼け色に染まった。
女性の想願空虚が展開されたのだ。
「……来る」
玉藻が低く呟く。
すると、女性の身体がバキバキと音を立てて裂けていく。
悲鳴とともに殻を破り、膨張し、肉がひしゃげ、形を変えていった。
やがて姿を現したのは、二本足で立ち上がる、巨大なトカゲのような怪異。
鱗はどす黒い緑色に覆われ、裂けた口からは粘つく唾液が滴っている。
その目は、怒りと絶望だけで満ちていた──。




