第13話:九尾とは一体……?
陽菜、エレナ、彩華は尾を振るうのをやめた玉藻と、再び正面から向き合う形となった。
「ねぇ? アンタの欠片と本体はウチの味方なのに、なんでアンタだけウチを狙うの?」
陽菜の問いかけに、玉藻は静かに応えた。
「長き時を経れば、同じ存在であっても考えは分かれる……それだけのことよ」
そう告げるうちに、玉藻の身体は徐々に薄れ、輪郭が揺らぎ始めた。
「……ふっ、時間切れか」
その変化を見て、彩華が呻くように呟いた。
「やっぱり……そろそろ限界みたいね」
玉藻はゆるやかに頷く。
「そのようだ。ならば、次こそ決着をつけようぞ」
陽菜が鋭い眼差しで告げる。
「今度は、ウチたちがアンタのところに行く」
エレナも力強く頷いた。
「うん。……欠片がそう言ってる」
玉藻は最後に、薄く愉しげな笑みを浮かべる。
「よかろう。わらわは待っているぞ」
「……わらわの気が変わらぬうちに来るがよい」
そう言うと、陽菜は腕を組んで言い放った。
「まずはバイトして……それからだ」
玉藻はくつくつと笑い、愉快そうに答える。
「人の子は不便じゃのぅ。まぁよい」
そして視線を彩華に移し、言葉を重ねる。
「陰陽道の娘……占術を精進いたせ。是雄も喜ぶであろう。そなたが辿る道が、いずれわらわに届くかもしれぬ……」
それが嘲笑なのか、あるいは励ましなのか、言葉だけが反響していた。
その言葉は、彩華の胸に妙な重みを残す。
やがて、空を覆っていた帳が裂けるようにほどけ、歪んでいた世界がゆるやかに現実の色を取り戻す。
──想願空虚は終わりを告げた。
三人は陽菜の部屋に立っていた。
静まり返った空気が、さっきまでの激闘が幻だったかのように錯覚させる。
陽菜は胸の奥に引っかかる言葉を思い出した。
(……気が変わらぬうちにって……どういう意味なんだろ……)
思案を振り払うように、陽菜は仲間に駆け寄る。
「エレナ! 彩華!! 大丈夫!?」
エレナがぱっと笑顔を見せる。
「全然、大丈夫だよ」
彩華も頷きながら返す。
「あたしも平気。それより……アンタこそ大丈夫?」
はっとしてエレナが声を上げた。
「陽菜! さっき、怪我してたよね!? 傷は……!」
陽菜は思わず自分の腕に目を落とす。
つい先ほど赤い光弾に掠られたはずの場所──そこには跡形もない。
「……あれ? 消えてる……?」
そう、想願空虚から戻った三人の身体は、まるで何事もなかったかのように無傷だった。
その光景を確認しながら、彩華が低く吐き捨てるように言った。
「……味な真似をしてくれるわね、まったく」
彩華の吐き捨てるような言葉に、部屋の空気が少しだけ重たく沈んだ。
エレナが眉をひそめて続ける。
「……あれって、やっぱり本気じゃなかったんだよね。わたしたちを倒す気なら、とっくに終わってた」
陽菜は頷きながらも、どこか釈然としない表情を浮かべた。
「たしかに……。試された、って感じだった。ウチらの力を確かめてた……そんな気がする」
その口調には苛立ちの奥に、どこか認めざるを得ない色も混じっていた。
玉藻が放った力の強さ。それが本物であることを、三人とも痛いほど理解していたからだ。
エレナがふと目を伏せ、小さな声で言う。
「でも……“本体”は嬉しそうだった。玉藻ともう一度会えって、そう言ってる」
陽菜もそれに応じた。
「ウチの”欠片”も同じだった。戦いの最中も、”欠片”は玉藻と対話しているようだった……」
「玉藻の気が変わったのかもしれない……。だから”気が変わらないうちに来い”と言ったのかも」
彩華は腕を組んで、鋭い視線を宙に投げた。
「だとしたら、なおさら腹が立つわ。あたしたちを駒みたいに扱って、勝手に値踏みして……」
陽菜はふたりを見回し、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……こんどはウチから出向いてやる。そこで決着をつける」
彩華が深く息を吐き、口の端をわずかに上げる。
「言うじゃない。……勝つのは、あたしたちの方よ」
エレナも静かに頷いた。
「うん。……きっと、それが“欠片”の願いなんだと思う」
陽菜が小さく付け加える。
「それに……エレナの出生についても、ちゃんと聞かないと」
その言葉に、エレナは顔を伏せた。
「わたし……知りたくない……」
陽菜は黙ったまま、ただ彼女を見守る。
しばらくの沈黙の後、彩華が静かに口を開く。
「エレナ……この先も、一緒にいる以上、多分、知らなきゃいけないことだと思う」
「じゃないと……エレナも、陽菜も、先に進めない」
エレナは小さく息をつき、頷く。
「……分かった。……ちゃんと、向き合う……」
陽菜は微笑みながら手を伸ばした。
「うん、一緒に……だよ」
彩華もふたりを見守り、静かに微笑んだ。
三人の間に、少しだけ落ち着いた空気が流れる。
ふと、陽菜が口を開いた。
「ところで、彩華……どうやって家に入ってきたの?」
彩華は肩をすくめ、淡々と言った。
「ああ、親父にお願いして、術で鍵を開けてもらって、それで私の存在を消してもらったの」
「だから、陽菜のお父さんとお母さんは、あたしが今ここに居るの知らないのよ」
陽菜は思わずツッコミを入れる。
「……”ああ”じゃねーよ! 住居侵入罪だろっ!」
「さては、ウチの乳液とか、どさくさに紛れて盗む気だったんじゃねーだろーな?」
彩華が肩をすくめて言い返す。
「いらねーわ! “中の下”が使う安物乳液なんかっ!」
すると陽菜も黙っていられず、声を荒げた。
「テメーまた言いやがったな。ここ来るんなら、マイクロエッセンス一緒に持ってこいや! クソが!」
再び火花を散らす陽菜と彩華のやり取りを見て、エレナはやれやれと肩をすくめた。
「……もう、ふたりとも、落ち着きなよ……」
三人の間に、少しだけ穏やかで賑やかな空気が戻った。
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幻術と想願空虚から出た玉藻は、那須の夜空を、ただ一人、静かに仰いでいた。
「なるほど。貌が拘るわけだ」
そう言いながら、自身の手を見つめ、ゆるく拳を握った。
「その言や良し。ならば次は、この目にて定めさせてもらうとしようぞ」
しばしの沈黙の後、玉藻はふと小首をかしげ、ぽつりと呟いた。
「ところで……“ばいと”とは、いかなる術の名ぞ?」
月光に照らされたその横顔は、気高くもあり、どこか可笑しさも含んでいた──。




