表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
2章 - Kapitel Ⅱ - 陽菜と九尾の狐 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/99

第8話:梨紗の家

「今度、うちで打ち上げしよーよ」


 ―前、そう誘ってきた梨紗の言葉を思い出しながら、陽菜は香澄と並んで歩いていた。

 今日はエレナは不在。なにせ、今のエレナは、自由自在に妖精にも人間にもなれる。

 そのため、母・結衣に買い物へ付き合わされていたのだ。


 とはいえ、陽菜の胸には小さな影があった。九尾の狐がいつ襲ってくるかわからない。

 けれど、結衣に打ち明ければ、余計な不安を与えてしまう。エレナも納得したうえの行動であった。


「たしか、梨紗の家ってこの辺だよね」


 香澄が言うと、陽菜は頷いた。


「たぶんそう。……あ、ここだ」


 目の前にそびえるのは、六階建ての白いマンション。

 梨紗は三階に住んでいる。入口のエントランスホールもなく、居室前まで直接たどり着ける造りだった。


 インターホンを押すと、すぐに元気な声が返ってきた。扉が開き、梨紗が笑顔で迎えてくれる。


 陽菜がビニール袋を差し出した。


「ほら、差し入れ」


 部屋の中はきれいに整理されていた。

 だが、どこか家庭の温もりに欠ける空気が漂っており、陽菜の胸に小さな引っ掛かりを残した。


「そういえば、梨紗って母子家庭だったよね? お母さんは仕事?」


 陽菜が問いかけると、梨紗は肩をすくめて答えた。


「うん。……でも、今は私一人で暮らしてるの。お母さんは、別の男性と一緒にいるみたい」


「そっか……。ごめん」


 陽菜が申し訳なさそうに言うと、梨紗はすぐに明るい笑みを見せた。


「あ! でも大丈夫。学費も家賃も塾代も、毎月ちゃんともらってるから」


 その無邪気な笑顔を見て、陽菜も微笑んだ。

 けれど心の奥では、本当は寂しいんだろうな、と感じずにはいられなかった。


 打ち上げといってもお酒を飲むわけではない。三人で集まって、ただ思い切り騒ぐだけ。

 コスメの話、梨紗の服の話、クラスの男子の噂や恋バナまで、話題は尽きず、笑い声が絶えなかった。


 ここ最近は九尾の狐のことばかりで気を張っていた。こんなふうに、ただの女子高生として過ごすのは本当に久しぶりだ。

 陽菜はそう思いながら、心地よい時間を噛みしめていた。


 梨紗が差し出すチョコをつまみながら、コスメ談義で盛り上がる。


「これ、めっちゃ発色いいじゃん!」


「でしょ? 駅前のセールでさ……」


 梨紗と香澄の他愛もない会話に笑いながら、陽菜はふと立ち上がった。


「ジュース、取りに行こうっと」


 陽菜はそういって、梨紗が冷蔵庫に入れておいてくれたジュースを取りに立ち上がった。

 窓際を通りかかった瞬間、陽菜の視線は外に向いた。


 ――そこで一瞬、違和感を覚える。


 アスファルトの歩道を、黒い影がすっと横切ったように見えた。

 強い日差しの下ではあり得ない、濃く、どこか不自然な影。


(いま、なにかいた……?)


 思わず目を凝らすが、そこには誰もいない。

 ただ、風に揺れた街路樹がつくった影が地面に揺れているだけだった。


「どうしたの、陽菜?」


 梨紗が首をかしげる。


「……ううん、なんでもない」


 陽菜は笑みを浮かべ、冷蔵庫からジュースを手に取った。


 香澄がクッションを抱えたまま、ニヤニヤと顔を寄せてくる。


「ねえねえ、陽菜は? 北川先輩とどんな感じなの?」


「えっ!? ウ、ウチは……」


 突然の直球に、陽菜の頬が一気に熱くなる。

 香澄はニヤニヤしながら追い打ちをかけた。


「えっちしたの? どうだった? やっぱ痛い?」


「ちょっ……な、なに言ってんだよ! まだ、なにもしてねーし!!」


 陽菜は真っ赤になり、香澄の抱えていたクッションを奪って投げつけた。


「わっ、ちょ、やったな!」


 香澄の笑い声が再び部屋いっぱいに広がる。

 だが、その横で梨紗は笑わず、黙ったまま視線を伏せていた。

 それはほんの一瞬……けれど、まるで嫉妬のように見えた。


「ははーん。さては梨紗も北川先輩のこと好きだな~?」


 香澄がニヤニヤと梨紗に顔を近づける。


「ち、ちがうよ!!」


 梨紗は慌てて否定する。けれど声が裏返り、頬まで赤く染まっていた。


「うわ、反応早っ。図星じゃん?」


 香澄がゲラゲラと笑い転げる。


「……違うってば」


 梨紗は再び言ったが、その目はほんの一瞬だけ、陽菜に向けられて、すぐ逸らされた。

 そのやり取りを見て、陽菜は胸の奥に奇妙な感覚を抱いた。


(……蓮のことが好き。やっぱり、それが時々感じる違和感の理由なのかな)


(でも、この間……蓮というよりは、彩華に対して怒っていたように見えた……)


 けれど、陽菜の心の片隅には、それ以上に、さっき見た“影”の残像が、どうしてもこびりついていた。

 まるで、真昼の光の下からでも、誰かが見つめているような気配を感じていた。

 

(やっぱり……九尾の狐……?)


 心の中で陽菜はそう呟く。


「ちょっとごめん!」


 居ても立ってもいられなくなった陽菜は、慌ててスマホを取り出し、結衣に電話をかける。


「もしもし、お母さん? ちょっと確認したくて……エレナ、今そばにいる?」


 受話口から聞こえてくるのは、いつも通りの落ち着いた結衣の声。

 その瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。


「ええ、いるわよ。買い物も済ませて、今は休憩中」


 続いた声色は、どこか苦笑い混じりだった。


「っていうかさー、トイレでいきなり人間になっちゃって……。今は、フードコートでハンバーガー三個も食べてるわよ……」


「……えぇぇ!? 三個!?」


 電話の向こうの結衣は、完全に呆れ顔が透けて見えるような調子だ。それに加えて、クチャクチャと咀嚼する音まで聞こえてくる。


 そして、突然、受話口の向こうで騒がしい声が響いた。


『んぐぐっ!? ケチャップごぉぼれちゃ! ……おがぁわりひょうだーい!!』


 想像した映像が脳裏にフルカラーで再生され、陽菜は青ざめる。


(まーた、食い意地張りやがって……)


 そして、やっとの思いで口を開いた。


「あざす……いや、了解っす……」


 脱力感でいっぱいの陽菜は、二人がいる部屋に戻るなりテーブルに突っ伏して叫んだ。


「思い過ごしかよ。あぁぁぁ~、もぉぉぉぉ~、デスるわ~」


 梨紗と香澄はただポカンとするばかりだった。


 ――しかし、それは陽菜の思い過ごしではなかった。

 その少し前、エレナもスーパーの通路で、黒い影を目にしていたのだ。


 棚の間をすっと滑る、強い蛍光灯の下ではありえないほど濃い影。空気ごとひんやりとするような存在感。


(……なに、あの影……?)


 妖精の姿だったエレナは、息をひそめて結衣の背中に隠れる。

 その影は、視線の端を縫うように動き、彼女の動きに合わせるかのようにかすかに揺れる。

 周囲を見回しても、誰もいない。

 だが、影だけが確かに、そこにある。静かに、しかし明確に、漂っていた。


 ――数十分後。

 人間に変身したエレナは、そんな出来事を忘れたかのように、ケチャップを口につけながらハンバーガーを幸せそうに頬張っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ