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【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
1章 - Kapitel Ⅰ - 学園と日常 編

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第5話:十三段目の階段にいた少年

 その階段に気づいたのは、なんでもない放課後の帰り道だった。


「……ねえ陽菜、あの階段って、いつからあった?」


 エレナが陽菜の肩の上で、小さく首をかしげる。指差す先、公園の奥──公衆トイレの横に、苔むしたコンクリートの階段が静かに伸びていた。


「前からあったような……いや、なかったような……?」


 どこか曖昧な記憶。普段通る通学路の脇道なのに、その階段だけ、まるでぽっかりと“今日だけ現れた”かのような違和感があった。

 普段気にしていないから、だた単に目に入っていなかっただけなのかもしれない。


「行ってみよっか?」


 陽菜は公園に入って、階段のそばへと歩いていく。

 コンクリートは湿っていて、苔に覆われ、どこか冷たい空気を纏っていた。

 見上げると、その階段は、まるで空へと吸い込まれるように、上へ、上へと伸びている。


「ねぇ、この階段……どこに続いてるんだろ」


 陽菜がぽつりと呟く。


「陽菜……平地の公園に、こんな階段なんて、おかしいよ」


 エレナの声には、ふだんの軽さがなかった。

 陽菜も、さすがに胸の奥に冷たいものを感じた。けれど、その違和感すらも、好奇心を煽る要素になっていた。


 陽菜が一歩踏み出したとき、エレナが不意に翅をふるわせて言った。


「ちょっと待って。その階段、段数がおかしい」


 見える範囲で数えてみると、コンクリートの階段は十三段。


「それって、べつに変じゃなくね?」


「十三段って……あっち側に渡っちゃう数だよ。戻ってこれなくなる段かもしれない」


 目の前の階段は十三段。けれど、見上げると、階段は空の彼方まで、どこまでも、どこまでも伸びているように感じられた。


「ほんのちょっとだけ。見てくるだけだよ。エレナはここで待ってて」


 そう言って、陽菜はそっと一段目に足をかけた。

 二段目、三段目──足取りはまだ軽い。

 そして、四段目に足を置いた瞬間──耳に届いていたはずの風の音が、ぴたりと止まった。


 八段目を踏んだとき、不意に空が、にわかに赤く染まり始めた。

 夕暮れでも、朝焼けでもない、濃く重たい朱色が、じわじわと空を染めていく。


 空気が変わっている。陽菜ははっきりとそれを感じていた。


 温度でも、匂いでも、説明のできない何かが、確実に変わっていた。

 そしてその変化は、階段を登るごとに、少しずつ、でも着実に、現実という足場を遠ざけていく。


「陽菜、やっぱり戻っておいでよ……」


 エレナの声がした。けれどなぜか、それが遠ざかっていく。

 そして、十三段目に足をかけた瞬間世界が、しん……と静まりかえった。

 気がつくと、陽菜は知らない街の中に立っていた。


 夕焼け色のような空は、まるで時を止めたように動かず、風もなく、人もいない。

 車の音も、鳥のさえずりも、何ひとつ聞こえない世界。


「エレナ……?」


 小さく呼んでも、返事はない。辺りを見渡しても、エレナの姿がなかった。


「まさか……ウチだけ、どっかに来てしまったの?」


 陽菜は周囲を見渡す。そこは見覚えのあるようで、どこか違う街並みだった。

 学校の制服を着たままの自分が、異空間にひとり──それだけで、足元が震える。


 そして、ふと視界の端に気配を感じた。


「……ねえ、君。見えるの?」


 夕暮れ色の空の下、ひとりの少年が立っていた。中学生くらい。

 制服は古いデザインで、胸元に見たことのない校章が縫い付けられている。


「誰……?」


「ここには、僕と君しかいないんだ。もう、ずっとそうなんだよ」


 その声は、驚くほど穏やかだった。静かで、寂しげで、怖いほど澄んでいた。


「君、どうしてここに?」


 少年が質問した。


「……階段を登ったんだよ。気がついたら、ここにいた」


 陽菜が答えると、少年は小さく首をかしげた。

 そして、ふっと微笑んだ。


「そうか……じゃあ、たぶん君も“忘れられた”んだね」


「忘れられた?」


 陽菜が聞き返す。


「この世界は、忘れられた記憶の断片が集まってる場所。街も、景色も、名前も……全部、誰かの記憶にもうないものばかり」


 少年がそう言うと、陽菜は思わずまわりを見渡した。

 そこには、学校の旧校舎のような建物や、かつて通っていた幼稚園の遊具によく似たものもあった。


「ここに来るのは、“思ってもらえなかった何か”を抱えた人だけ。そういう人しか、あの階段を見つけられないんだよ」


 少年は静かに語る。そして、ぽつりと呟いた。


「でも、長くいると……帰れなくなる」


 その瞬間、遠くから風が吹いた。

 音のない世界に、ひと筋の風。そして、風とともに、夕焼けに照らされて金色に輝く美しい翅が駆け抜ける。


「……陽菜!」


 その声は、まぎれもなくエレナだった。風と一緒に舞い降りた彼女は、必死の形相で陽菜の手を掴む。


「早く、戻るよ! ここに長くいたら……!」


「でも、この子は……」


 陽菜が少年を振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。

 いや、そこに“誰かがいた”記憶すら、あいまいになっていく。


 まるで、最初から存在しなかったかのように。


 ──気がつくと、陽菜は階段のふもとに立っていた。エレナが肩に戻り、心配そうにこちらを見ている。


「……夢、だったのかな」


 陽菜は静かに空を見上げる。赤みの残る空に、ほんの一筋だけ風が吹いたような気がした。


「ねぇ、結局あれはなんだったんだろ?」


 陽菜がエレナに問いかける。


「あれは、想願空虚」


 エレナが言う。


「そうがんくうきょ?」


 陽菜が眉をひそめる。


「死者の想いと、生者の想いが交差する地点……この世界でいう“煉獄”とも呼ばれてる場所」


 その言葉に、陽菜は少しだけ思い当たる節があった。


「たしか、魂を浄化する場所……だっけ?」


 陽菜の回答にエレナは頷く。


「うん。そう言われてるけど、実際には生きていた頃の想いが、浄化されずに残っている場所」


「あたしと陽菜の”想い”の力が強すぎて偶然つながったんだと思う……でもね、長く留まってしまうと取り込まれてしまうの」


 エレナは静かに答えた。


「んー、つまりさっきの子は、自分が生きてたことを誰にも知られなかったっていう……未練?」


 陽菜が考えるように言うと、


「陽菜、あたまいいね~」


 エレナがからかうように笑った。


「あんた、それ絶対バカにしてるっしょ?」


「でもね、たぶん陽菜が知ってくれたことで、その想いは通じた。だから、もう浄化できたと思うよ」


 エレナの言葉に、陽菜は少しだけ目を伏せた。


「だと、いいんだけどね……」


 そう言いながら、夕暮れに染まる公園内を、ふたりはゆっくりと歩いた。

 公園を出ようとしたそのとき、ふたりは、まるで示し合わせたかのように、同時に後ろを振り返った。


 ──さっきまで、あの不思議な階段があったはずの場所には、もう階段はなかった。


 あるのは、ただ苔むした公衆トイレが、赤く伸びる夕暮れの影に包まれているだけだった。


「……ひょっとしたら、やっぱり陽菜に迷惑かけてるのかな。本当ならさ、あんな世界は見えるはずないもの……」


 エレナがぽつりと呟いた。


「わたしと一緒にいることで、だんだん……変な力がついてきてるのかもしれない」


 それは、以前、図書室の怪異を解決したときにも交わした会話。

 エレナはふと、そのときのやりとりを思い出し、不安が胸をかすめた。


 だが、陽菜の答えは、思いがけないものだった。


「だとしたら、すげーおもしれーじゃん!!」


 驚いて目を見張るエレナをよそに、陽菜は楽しそうに笑う。


「ウチら、二人で最強のチート能力身に着けたようなもんじゃん!」


 それは、紛れもない陽菜の本音だった。

 エレナの心に、じんわりと安堵が広がる。

 けれど同時に、なぜか焦りのようなものまで湧き上がってきた。


「いや……陽菜、それちょっとポジティブすぎない?」


 むしろ、エレナのほうが動揺していた。


「よーし、とりあえずさ、全国の学校の怪談、片っ端から解決してやろーぜ!!」


 陽菜は大笑いしながら、夕暮れの道を勢いよく歩いていく。

 その背中を見つめながら、エレナはそっと胸に手をあてた。


 ──だいじょうぶ。


 この絆は、そんな簡単に揺らぐものじゃない。

 それは、ふたりが何より強く証明した、小さな真実だった──。

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