第4話:デートのはずなのに②
「ごめん……ちょっと、むきになって……」
梨紗は小さく俯き、陽菜に謝った。
「いや、別にいんだけど、どうしたの? 急に?」
陽菜は首をかしげながらも、胸の奥に違和感を覚える。
(なんだろう。いつもの梨紗と様子が違う)
その変化に気づいたのは、エレナも同じだった。
「梨紗ちゃん、なんかいつもと様子ちがうね~」
エレナの言葉に、陽菜は小さく頷く。
蓮たちは少し後ろで、そのやり取りを見守っていた。
下手に口を挟めば、余計にややこしくなく……。そう判断しての距離感だった。
そんな時、不意に鋭い声が飛んできた。
「ちょっと、安田さん!」
ふたりが振り向くと、同年代の女性が三人、立ちふさがっていた。
三人とも、いわゆる“スクールメイク”というよりは、ややけばしい化粧。
「待ち合わせ場所にいねーし。しかも、四分遅刻ってマジありえないんだけど」
真ん中の女が腕を組み、挑発的に言う。
「梨紗? ともだち?」
彼女は陽菜に視線を移し、続けた。
「あら~、私たち中学からの親友じゃないの。ねー?」
「どうしちゃったの~? 安田さん、私たちの前で恥ずかしいの~?」
取り巻き二人が、わざとらしく笑い声を上げる。
陽菜は振り返り、梨紗の顔をうかがった。
梨紗は俯いたまま、何も言わない。
ふと、陽菜は梨紗の腕をそっとつかんだ。
半袖からのぞく梨紗の腕には、紫色の痣が残っていた。
(……なるほど。そういうことか)
これまで何度か目にしてきた不自然な痣。
転んだりぶつけたりしてできたものじゃない。
その原因が、目の前に立っている連中なのだと。
陽菜はゆっくりと顔を上げ、冷えた声で言った。
「親友なら、名字に“さん”付けしませんよね?」
その冷たい響きに、真ん中の女の眉がわずかに動く。
「生意気な口きくじゃない……あ、そうだ。ひょっとしてお仕事、手伝ってくれるの?」
「仕事?」
陽菜が問い返す。
「ちょっとね、安田さんにパパ活してもらおうかと思って。処女って高く売れるらしいし~」
梨紗の肩がわずかに震えた。
陽菜は、ふっと笑みを浮かべて言う。
「ああ、なるほど。それで、そんなこぎたない化粧して男漁りしてるんですね。わかります」
「は? 私たちがやるわけないでしょ」
女の声のトーンが少し低くなった。
かまわず、陽菜がそれに答える。
「まー、そんなダサい身なりじゃ、男も寄らないか。わかります」
「……言ってくれるじゃない」
女の目が細まり、声が鋭くなる。
「ちょっとツラ貸しな」
そう言うなり、彼女たちは陽菜と梨紗を路地裏へと誘導した。
少し離れた場所で、それを見ていた蓮が呟く。
「あれ……アイツら、移動しはじめたぞ」
そこへ、事情を説明しにエレナが駆け寄る。
話を聞いた蓮たちは、何も言わず、ゆっくりと後をつけていった。
路地裏は薄暗く、湿った匂いが漂っていた。
壁際に梨紗を押しやり、真ん中の女が陽菜の前に立ちはだかる。
「やめて! 私、行くから!」
必死な声に、陽菜は振り返りざま怒鳴った。
「行くな! こんなの、ウチひとりで十分だから」
「陽菜……」
梨紗が不安そうに名を呼ぶ。
「……敵はデスる前にぶっ潰す」
陽菜はそう呟くと俯き、握った拳をゆっくりと固めた。殴る瞬間を、冷静に測っているようだ。
女がさらに陽菜に近づいてきた。
「お前さ……ウチと梨紗に喧嘩売ってんのか?」
陽菜の挑発するような問いに、女が鼻で笑う。
「だったら?」
陽菜の声が、さらに低く沈む。
「殺しはしない。でも、相当の痛みは覚悟しとけ」
陽菜のその一言に、女の眉が吊り上がった。
「さっきからムカつくんだよねぇ、お前。調子乗ってんじゃ……」
その言葉が最後まで出きらなかった。
──ゴンッ!!
乾いた衝撃音が狭い路地に響く。
陽菜の拳が、真ん中の女の鼻を正確に打ち抜いていた。
女はうめき声を上げ、その場に座り込む。
両手で鼻を押さえるも、指の隙間から赤い血がじわりとこぼれ落ちる。
取り巻き二人は、息を呑んだまま動けずに立ち尽くしていた。
陽菜は迷いなく女の髪を鷲掴みにし、そのままアスファルトの上を引きずった。
呻き声は空気を裂くようにか細く、痛みで言葉にもならない。
取り巻き二人の前まで引きずると、陽菜は女の背中に足を乗せ、体重をぐっとかけた。
「……っぐ!」
押し殺した悲鳴が漏れる。
陽菜は冷たい目を向けたまま言い放った。
「次、どっちだ? 」
取り巻きは一瞬で顔色を変え、逃げ出そうと後ずさる。
だが、その背後に回り込んだのはエレナ、蓮、彩華、そして竜司だった。
狭い路地の出口は、完全に塞がれている。
腰を抜かし、その場に尻もちをつく取り巻き二人。
彩華が、鼻で笑いながら言った。
「あたしのダチに喧嘩売っといて……逃げる気?」
その直後、陽菜は肩から白い帯を出した。
その帯は三人をグルグル巻きに縛り付けた。
「ぐっ……な、なにこれ……!」
三人は必死にもがくが、帯はぴくりとも動かせない。
陽菜は冷ややかに彩華に言った。
「ちょうどいいところにきた。こいつらパパ活したいんだって」
「あら、いいじゃな~い。ここ、ホテルもいっぱいあるし」
彩華がにやりと笑って答えると、陽菜が低く冷たい声で言った。
「とりあえず、お前ら、パンツ脱げ」
「ここに男がふたりいる。お前らのが使い物になる具合か試させろ」
陽菜と彩華の不敵に笑って言っている姿を見て、三人の女はこの世と思えない恐怖の顔をしていた。
それは悲鳴すら出せない状況であった。
彩華が付け加えた。
「ちゃんと自分で脱いで四つん這いになりなさい。男子喜ばせないと」
「動画取ってみんなにも見てもらおう。ウチも彼氏とするときのおかずにさせてもらおう……ククク」
陽菜はそう言うと、不敵な笑いを浮かべてポケットからスマホを取り出し、録画モードにした。
そんな姿を後ろから蓮と竜司が見ていた。
「おい、蓮。あいつら、まるで悪役気取りじゃねーかよ」
「あ~あ、あんなことまで……」
竜司の質問に、蓮は頭を抱えながら答える。
「もう……ほっといてやってくれ……」
それを聞いて、エレナはくすくすと笑った。
「蓮……大変だね~。陽菜を怒らせるとマジで怖いよ~」
蓮は頭を抱えたままため息をつき、ぽつりと言った。
「あー、俺、彼氏やめようかな」
そんな蓮の頭をエレナが優しく撫でて、にこにこ笑っていた。
陽菜は、録画モードにしたスマホを三人に向けた。
「今回は、謝罪で済ませてやる」
「今から、梨紗にしたこと全部ここで話せ。泣いて謝れ」
「できなきゃ、顔と名前、ネットにばらまく。そのうえで、ここの男ふたりの相手もしてもらう」
真ん中の女は鼻血を押さえたまま震えている。取り巻き二人は必死に首を縦に振って頷いた。
彩華が一歩踏み出し、靴先で地面を鳴らす。
「早くしろよ。こっちは気が短いんだ」
取り巻きは顔面蒼白のまま、しゃくり上げながら謝罪の言葉を吐き始めた。
路地裏には、その情けない声と、陽菜たちの冷ややかな視線だけが漂っていた。
陽菜は冷たい声で告げた。
「二度と梨紗に手を出すな。見たろ? ウチは超能力者だ。常にお前たちのことを見ている」
「そん時、おまえら、死亡フラグ。ククク……」
その言葉を聞くと、三人は慌てて走り去っていった。
三人を見送った後、蓮が陽菜に声をかけた。
「……おい。そのパンツ、どうするんだよ」
「あ……」
陽菜は驚いた。それは、さきほど陽菜が殴った女から脱がせた下着だった。
「なんで、脱がせた?それ意味あるか?」
蓮の問いに、陽菜は頬をかきながら答えた。
「いや……ウチが使える白い帯で、細かい作業もできるかな~って思って……」
すると陽菜は、その下着を蓮に差し出した。
「蓮……いる?」
蓮は即座に困った顔をしながら言った。
「もらってもいーけど、いらねーよ!!」
陽菜がムッとしながら返す。
「はぁ!? どっちなんだよ、蓮! 変態!!」
「そもそも、あんな奴のおパンツなんかより、ウチのをくれって言えや!!」
蓮も負けじと言い返す。
「いや、お前が言い出したんだろ!!」
「それに、“男ふたりの相手もしてもらう”って言ってたけど、本当に俺がそうなったらどうするんだよ!!」
陽菜はきっぱりと言い切った。
「殺す!」
そんな二人のやり取りの合間に、梨紗が小さな声で陽菜に言った。
「陽菜……ごめん、ありがとう……」
涙がこぼれ、梨紗はぽろぽろと泣き始めた。
それを見た陽菜はすっと近づいた。
「大丈夫……もう、心配いらないよ」
梨紗は自分が情けなく思っていた。
それを見抜いた陽菜は、優しく続けた。
梨紗は涙をこぼしながら、小さな声で呟いた。
「私……情けないよね。何もできなくて……」
できれば誰にも見せたくなかった。特に陽菜には。
陽菜はじっと梨紗の目を見つめ、そっと肩に手を置いた。
「そんなことないよ。情けないなんて思う必要はない。辛い中、ずっと耐えてきた梨紗はすごく強い」
梨紗は自分の弱さを責め続けていた。
だけど陽菜の言葉は、重くのしかかっていた心を少しだけ軽くしてくれた。
「べつに一人で抱え込まなくていい。ウチがいるから、安心して」
陽菜はほほえみながら、力強くそう言った。
そして梨紗にとってそれは”ある確信”に変わっていった──。




