第1話:会敵
1章に比べて、ややバトル寄りのシリアス展開となります。多少ですが暴力描写ありです。(おまじない程度)
その時、リーダー機のパイロットが叫んだ。
「なんだあれは……、レーダー反応確認、巨大な熊か?」
それは深夜の出来事だった。夜空を裂くように、百里基地所属のF-2戦闘機がスクランブル発進し、リーダー機“ストーム1”、僚機“ストーム2”は、基地から北東約120キロの那須高原方面へ向かっていた。
機体のレーダーには、常識では考えられない巨大な反応。那須岳上空で、正体不明の謎の存在が白銀の閃光と衝撃波をまき散らしていた。
その波動だけで、RWRレーダー警報装置が悲鳴のような警報音を鳴らす。
リーダー機のパイロットが無線で報告した。
「ストーム1より管制、目視でコンタクト。ボギー……動物サイズだ。以前、目撃された発行体と思われる」
「攻撃許可を求む。標的が宇都宮市街地方面に接近中。衝撃波の影響も懸念される」
地上管制官(GCI)は即座に応答した。
「管制よりストーム1、武器の使用を許可する。人口密集地に入る前に撃墜せよ」
「ラジャー、ダイブする!」
力強い宣言とともに、リーダー機が旋回し降下しつつ背後に回る。
「エンゲージ……マスターアーム、オン」
パイロットが武装スイッチを作動させ、冷静にミサイル発射の準備を整える。
「ストーム1、シーカーオープン! ……フォックス・ツー!」
赤外線シーカーが捕捉し、短距離赤外線ミサイル(AAM-3)が尾を引いて発射される。
しかし、標的は幻のようにかき消えた。
照準は虚空を捉え、ミサイルは夜空をまっすぐ突き抜ける。
遥か太平洋上で孤独な閃光が咲き、自爆を確認した。
「ストーム1、ロック外れた!」
その直後、僚機は慌てて加速し、アフターバーナーを点火して急旋回した。
目前に敵の尾のようなものが現れたのだ。
それは空を薙ぎ、その衝撃波で機体が激しく揺さぶられる。
「ストーム2! ボギー!! インカミング!!!」
HUD(照準表示)には赤い警告灯が点滅する。
ストーム1は慎重に距離を取りながら大きく旋回し、射程圏内まで進入した。
パイロットが再び、ミサイル発射の準備を整える。
「ストーム1、AAM-4、射程内!」
次の瞬間、中距離用ミサイルが夜空を切り裂き、目標へと向かっていく。
同時にストーム1は敵の反撃を警戒しつつ、巧みに回避行動を続けた。
だが謎の存在も応戦。
どこからか放たれた妖しい光が、飛来するミサイルを迎撃した。
爆炎が夜空を赤く染め、無線には僚機の荒い息遣いが混じった。
「ストーム1より管制、CAP継続不能、RTBを提案する!」
「ストーム2、ネガティブ! まだやれる!」
二機のF-2は、再び謎の存在へと機首を向けた。
「ストーム1よりストーム2、左から回り込め!挟撃する!」
「ストーム2、ラジャー!」
僚機が大きく左旋回を開始すると同時に、リーダー機は20mmバルカン砲を発射した。
「ストーム1、フォックス・スリー! ……ガーン、ガン、ガン!!」
夜空に赤い曳航の火線が走る。しかし、標的は人知を超えた機動性で弾幕をくぐり抜けていく。
その時、謎の存在が突如として高度を下げ始めた。
「標的、高度低下中!地表に向かっている!」
「追跡継続!高度3000、2000...」
F-2二機は急降下で追跡するが、標的は那須の山間部へと消えていく。
地形追従レーダー(TFR)が警告音を発し、パイロットたちは低高度飛行の限界に達していた。
「ストーム1より管制、標的をロスト!繰り返す、標的をロスト!」
「管制よりストーム1、捜索を継続せよ」
二機は那須高原上空を旋回し、FLIR(前方監視赤外線装置)で地表を走査した。
しかし、レーダースクリーンには何も映らない。まるで最初から何もいなかったかのように。
「ストーム2、何か見えるか?」
「ネガティブ。完全に消失している」
10分間の捜索の後、燃料残量を考慮し、GCIから帰投命令が下された。
「ストーム1、ストーム2、帰投せよ。ご苦労」
「ストーム1、ラジャー。RTB」
「ストーム2、ラジャー」
二機のF-2は夜空に機首を向け、百里基地へと向かった。
後に残ったのは、那須の静寂な山々と、パイロットたちの記憶の中の謎だけだった。
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F-2戦闘機が去った空を見届けると、一匹の狐がまるで幽霊のようにふわっと姿を現した。
その身には九本の尾が揺れ、そのうち六本は淡く半透明に輝いている。
「まだ、力が足りぬか……」
その狐はつぶやいた。琥珀色の瞳には、千年の時を経た深い知恵と、どこか寂しげな光だった。
「この時代の兵たちは空をも飛べるのか……」
その目は遠い昔を映し出すかのように、虚空を見つめている。
「かつては、刃と弓矢こそが戦のすべてであった。だが、今や人間は空をも制するようになった……」
九尾の狐は振り返り、遥か彼方の那須の山々を見下ろした。
かつてここで”討伐”の名のもとに葬られた記憶がよみがえる。
あの時も、人間は己の力を過信していた。
「人間は、刀や盾で兵具をやめておけばよいのだ……」
すると、狐の身体が玉虫色に輝きを帯び、やがて美しい女性へと変貌した。
その装いはまるで吉原遊郭の華やかさを纏い、黒紫の髪に琥珀色の瞳が妖しく煌めいていた。
やがて女性の姿は霧のように薄れ、夜風に溶けて消えていった。
残されたのは、かすかに漂う狐火の香りと、古い伝説が現実であったという証だけだった。
「わらわの欠片と貌、返してもらおうぞ……」
那須の山々には再び静寂が戻り、星々だけが今宵の出来事を見守っていた──。
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深夜。陽菜は荒い呼吸とともに目を覚ました。
ベッドのシーツは汗でしっとりと肌にまとわりつき、髪は額に張り付いている。
陽菜は深く息を吐き、小さく呟く。
「今のは……夢?」
深い闇に包まれた那須の山。
玉虫色に輝く狐の姿。
消えゆく狐火の香り──その感覚が、鮮明に残っている。
カーテンの隙間から差し込む月光が、薄暗い室内に淡い影を落としていた──。




