第41話:学園祭
いよいよ学園祭の当日がやってきた。
休日開催のこのイベントは、学生だけでなく地域の人々や、他校の生徒たちも集まる大きな催しだ。
教室の前にはすでに長い行列ができていた。
"メイドカフェ"という看板を掲げた陽菜たちのクラスは、朝から注目を浴びている。
廊下には甘いお菓子やカレーの匂いと、人々のざわめきが混じり合って流れていた。
「……すごい人だね」
陽菜は隣の控室兼調理場代わりの教室の隅で、落ち着かない様子でエプロンの裾を直す。
鏡に映るのは、いつもと違う自分。白と黒のメイド服に身を包み、髪にはホワイトブリム。
そこへエレナがひょっこり顔を出す。
「陽菜、似合ってるじゃん! 絶対お客さんたち喜ぶよ~♪」
「……からかうなよ。マジで恥ずかしいんだから……」
エレナの笑顔に背中を押されながら、陽菜は大きく深呼吸をした。
(ガチで……やりたくない……)
そんな気持ちを抱えていると、梨紗がそっと声をかけてきた。
「陽菜……すごくかわいいよ。似合ってる」
「梨紗だって、似合ってるじゃん!」
陽菜の言葉に、梨紗は思わず頬を赤らめた。
──もっといろいろ言葉をかけてほしい。そんな気持ちを胸に抱きながら。
一方そのころ、蓮のクラスは焼きそば屋を出しているはずだった。
だが、当の本人は店番を抜け出し、校内を気ままにぶらついている。
その姿は目立つらしく、どこへ行っても女子生徒たちに声をかけられているのが、教室からでもはっきり見えた。
やがて、陽菜たちのクラスのメイドカフェがスタートする。
あまりに人気のため、事前に整理券を配る予約制となっている。
陽菜は、意外にも好評だった。
あちこちで”萌え萌えキューン!”を求められ、連発している。
わずか二時間ほどで、すでに二十人以上を相手にしていた。
──正直、もうクタクタだ。
この調子で、果たして舞台で演技なんてできるんだろうか……。
そんな不安を抱えていたときだった。
人混みをかき分けるようにして、蓮が”メイドカフェ”に姿を現した。ちょうど、彼らの順番が回ってきたのだ。
「いよーう」
蓮は軽く片手を挙げて教室に足を踏み入れた。
彼の視界に飛び込んできたのは、白と黒のメイド服に身を包み、ぎこちなくも一生懸命にお辞儀をしている女性だった。
「おかえりなさいませ。ご主人様♪」
耳に届いたその声、それが陽菜だと蓮は気づいた。
次の瞬間、胸の奥が不意にドクンと跳ねる。
(……やば。普通に、かわいいじゃん)
いつも一緒に過ごしているからこそ、慣れていると思っていた。
それなのに、改めて胸を打たれる。まるで新鮮に惚れ直してしまったように。
陽菜は蓮に気づかず、隣の梨紗・香澄と一緒に頭を下げる。そのぎこちなさと必死さが、蓮にはどうしようもなく愛おしく見えて仕方なかった。
そのすぐ後ろから沙耶が現れた。
「陽菜ちゃん、こんにちは」
その声に陽菜は慌てて頭を上げ、大きな声で応える。
「うわっ! 蓮、おっす!! 沙耶さん、こんにちわー!!!」
沙耶はぱっと目を輝かせた。
「すごい! めちゃくちゃ似合ってる、かわいいじゃん!」
「い、いや……こういうのは……」
陽菜は照れくさそうに視線をそらす。ふと、蓮がぼんやりと自分を見つめていることに気づき、首をかしげた。
「おい、蓮? なんだよその顔」
「……あ、いや。なんでもない」
蓮は頭を掻きながら、必死に照れ隠しをした。
梨紗が、どこか探るように口を開いた。
「この女性は、陽菜とどんな関係?」
「このあいだの事件の時に助けてくれた人」
陽菜の言葉に、梨紗は改めて深々とお辞儀をした。
「あのときは、陽菜を助けてくれてありがとうございましたー!」
沙耶は少し照れたように笑った。
──そして、蓮と沙耶のすぐ背後に、もうひとりの姿があった。
彩華だ。
その姿を目にした瞬間、梨紗と香澄の肩がピクリと動く。
近くにいたエレナも、心配そうに成り行きを見守っていた。
陽菜が蓮たちを席に案内すると、彩華はいきなり口を開いた。
「ホットドッグ、欲しいんだけど。まだ?」
彩華が無表情に告げる。
香澄が思わず怒鳴りそうになるが、陽菜がさっと手を伸ばして制した。
蓮と沙耶は、それぞれカレーを注文する。
「はい。少しおまちくださーい」
明るい笑顔でそう答えると、陽菜はくるりと背を向け、隣の教室に設置された調理場へ向かった。
そして、その表情を一変させた。それはまるで悪魔のような冷たい悪意の笑みだった。
コッペパンを取り出すと、そこへ容赦なく練り辛子を山盛り投入。
レタスを乗せた上から、どこから調達したのか分からないハバネロソースを豪快にたらし込む。
最後にソーセージを挟み、仕上げたそれを彩華へ差し出した。
「ひぃぃぃぃぃ……」
その様子を見ていたエレナのか細い声が、調理場の喧騒の中でかすかに響いた。
「はい♪ おまたせしましたー♪」
満面の笑みを浮かべ、陽菜はそれを差し出す。
彩華はお金を差し出し、ぶっきらぼうに受け取った。
「……まったく、遅いのよ」
──そして、かぶりついた瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
彩華の絶叫が教室中に響き渡る。
陽菜はくるりと背を向け、エレナ、梨紗、香澄に向かって不気味な笑みを浮かべながら、親指をぐっと立てて見せた。
「おい!! これなんだこれっ!? 舐めてんのか、テメー!!」
怒声とともに彩華が詰め寄る。
陽菜はくるっと振り返り、両手を頬に添えて、にっこり笑った。
「すいませーん♪ ケチャップとハバネロソース、間違えちゃいました~♪」
「間違えただぁ!? ケチャップどころか練り辛子まで大量じゃねーか! てか、ハバネロどっから持ってきやがった!」
彩華が怒鳴るが、陽菜はさらりとかわす。
「すいませーん。でも食べてしまったので、クーリングオフはムリですね~♪」
そして、わざとらしく胸の前でハートを作る。
「甘くなるように~……萌え萌えキューン!」
挑発的な笑顔に、彩華の額の血管がピクリと跳ねた。
「てめーーー!殺すぞっ!!」
彩華の怒声に、陽菜は負けじと言い返した。
「なんだコラァ! 今の完全に殺害予告な! おとなしく刑務所で反省してこいや、クソがっ!」
そんなふたりのやりとりを、蓮と沙耶、そしてエレナは並んで眺め、大きくため息をついた。
ちょうどそのとき、別の客から陽菜の”萌え萌えキューン!”の指名が飛ぶ。
陽菜は顔を引きつらせつつも笑顔で応じ、手をハートにしてポーズを決めた。
「萌え萌えキューン!」
場がぱっと沸いた瞬間、客の上級生が陽菜の手を取る。
驚いた陽菜は一瞬固まるが、すぐにやんわりと手を引き離した。
──その光景を見た蓮の胸の奥で、ちくりと小さな嫉妬が疼く。
無意識に視線が鋭くなり、彼女を見つめる。
そんな蓮の表情に気づいたエレナが、クスクス笑った。
「蓮、陽菜かわいいよね~」
不安げに目を離せないまま、蓮は短く答える。
「ああ……かわいい」
エレナはニヤニヤ笑いながら追い打ちをかけた。
「……でも、心配なんだ?」
「そりゃあ、当たり前だろ!」
そう言うと、エレナと沙耶がクスクス笑った。
一方その横で、彩華は顔を真っ赤にヒーヒー言いながら水をがぶ飲みしていた。
「蓮、心配しなくて大丈夫だよぉ~」
エレナはクスクス笑いながら言った。
なぜなら彼女には分かっていたから。
陽菜の“想い”は、誰よりも蓮に向いていることを――。




