第40話:スプリガン②
白球が空気を裂き、耳をつんざく音とともに迫る。
「危ない!」
蓮は陽菜とエレナを庇うように飛び込み、三人は転がりながら地面を離れた。
直後、着弾地点が閃光と衝撃で抉れ、草原に黒焦げの穴が開く。
スプリガンが口の端を吊り上げた。
「いい反応ですねぇ。じゃあ、もっと速くいくので」
足元から黒い影が溢れ、蛇の群れのようにうねりながら三人へ襲いかかる。
「っ……!」
エレナは素早く身をひねり宙でかわす。
陽菜と蓮も地面を蹴って跳躍するが、影はその場をすり抜けても形を変えて空中まで追ってくる。
想願空虚では物理法則など存在せず、人間も高く跳躍できるが影も同様だ。
「デスる前にぶっ潰す!」
陽菜が手をかざすと、白い帯が三本、矢のように飛び出す。
それぞれが影に巻き付き、陽菜はもちろん、エレナと蓮に迫っていた影までも縛りつけた。
「ほほう……でも、どこまで耐えられるか試してみるので」
スプリガンそう言うと、新たな影が陽菜の足元に走り、着地の瞬間を狙って足首に絡みついた。
影は瞬く間に彼女の体へと巻き付き、身動きを封じる。
「陽菜!」
エレナが駆け寄るが、今度は彼女の足元から別の影が伸び、同じように絡め取ってきた。
二人とも鉄鎖のような影に縛られ、地面へ押し倒される。
スプリガンは一歩も動かず、ニヤリと笑う。
「いい顔になってきましたねぇ……そろそろ終わりですか?」
挑発する声に、蓮が歯を食いしばり前へ飛び出した。
そのままスプリガンへ体当たりする。宙に浮いていたスプリガンが予想外の衝撃でふらついた。
「……あら、元気な人間もいるじゃないですか」
次の瞬間、蓮は影に絡め取られ、勢いよく振り飛ばされた。
地面に叩きつけられ、土埃が舞う。
「蓮!!」
陽菜とエレナが同時に叫ぶ。
「……いてて……大丈夫だ」
蓮は苦笑しながらも立ち上がろうとする。
陽菜の瞳に炎が灯った。
「よくも……うちの大事なダーリンを!」
彼女は白い刃を呼び出し、絡みつく影を一気に切り裂く。
影は霧のように消え、陽菜は自由を取り戻した。
立ち上がると、胸の奥が淡く玉虫色に輝く。
(……この光……まさか……想いの欠片……?)
心の奥から、確かに誰かの声が響いた。
「……よし、わかった」
陽菜は小さく答えると走り出し、スプリガンに向かってジャンプする。
スプリガンが目を見開く。
「あ、あの光は……九尾の欠片……!」
さらに陽菜は、倒れかけた蓮の尻を踏み台にして再び跳び上がった。
「うげっ!? お、俺を踏み台にしやがった!!」
蓮の抗議を無視し、陽菜はさらに高くジャンプした。
すると陽菜の足先が玉虫色に輝きだす。
スプリガンは慌てふためいた。
「ひえぇぇ! 避けられないので!!」
そのまま、玉虫色に輝く陽菜の足がスプリガンに向かっていく。
「かわいい美人な陽菜ちゃんの、ジェットストリームキィィック!」
輝く足がスプリガンの胸を捉えた瞬間、乾いた破裂音とともに眩い閃光が弾けた。
爆発のような衝撃と、土煙が地面から噴き上がり視界を奪った。
足元の地面は深く抉れ、ひび割れた亀裂が放射状に伸びている。
同時に、エレナと蓮を縛りつけていた影が音もなく霧散した。
エレナと蓮が、陽菜のもとへ駆け寄った。
「大丈夫?」
陽菜が二人に声をかける。
「大丈夫だ、お前は?」
蓮が息を整えながら応じる。
「陽菜こそ、大丈夫?」
エレナも心配そうに尋ねる。
陽菜は二人に頷き、穏やかな笑みとともに大丈夫な胸の内を伝えた。
足元に目をやると、スプリガンは目をグルグル回しながらあおむけで伸びていた。
怪我はなさそうだが、さすがに驚いた様子は隠せていない。
蓮は無意識に、陽菜とエレナの胸元に視線を向けた。
ふたりの胸は淡く玉虫色に光を帯び、戦闘の余韻と相まって柔らかく輝いていた。
蓮はふたりにその輝きを聞いた。
「それは……?」
陽菜が小さく頷きながら答える
「たぶん、例の想いの欠片が反応したんだと思う。声が聞こえたんだよ」
エレナも同じく頷き、言葉を添えた。
「うん。わたしにも話かけてきたんだよ」
そんななか、スプリガンが気が付いた。
陽菜はまるで猫のように、スプリガンを掴んだ。
「いやはや、参りましたので」
スプリガンがそう呟くと、陽菜の手のひらから青白く光る玉が出現した。
陽菜は不気味に、しかし優しく微笑みながらスプリガンに言う。
「欠片が教えてくれたの。これを当てると、あなたのような妖は消えちゃうみたいだよ」
だが次の瞬間、陽菜の表情が鋭く変わった。
「使い方も教えてもらったんだ。 ……なぁ? この意味、わかるか? クソ妖精」
陽菜は蓮とエレナに向かって低く告げる。
「この、クソサイドテールブサイク妖精……どう料理してやろうか?」
スプリガンは頭を掻きながら、焦った笑みを浮かべる。
「たしかに……おっしゃる通りで。ですので……」
「……今日はこの辺で失礼します。また遊びましょう~」
そう言うと、ふわりと掴んでいた手から消えた。
陽菜は慌てて声を張る。
「ちょ、おい! 逃げるな!!」
「またこんどで~」
消えゆくスプリガンの声だけが残響した。
その直後、想願空虚は霧が晴れるように消え去り、三人は現実世界へと戻ってきた。
すぐ横には、気を失った神村が倒れている。
エレナが眉をひそめて言った。
「この子、どうする?」
蓮は少し困った顔で答える。
「とりあえず、パンツ履かせてあげて」
そして、苦笑しながら付け加える。
「多分、俺はこの場に居ないほうがいいと思う。一旦、どこかに隠れてるわ」
陽菜が頷く。
「そだね。記憶が曖昧なら、そのほうがこの子にとってもいいだろうし」
少し間を置き、陽菜は真剣な目で蓮を見た。
「……蓮。身を挺して助けてくれて、ありがと」
蓮は耳をかきながら、照れくさそうに言う。
「彼氏だからな」
そう言って、蓮は軽く手を振りながら教室へ戻っていった。
陽菜はその背中を見送り、ふっと優しく微笑んだ。
しばらくすると、エレナが神村の下着を履かせて戻ってきた。
「陽菜、たいへんだよ!!」
「ん?どしたの?」
エレナが突然、とんでもないことを口にした。
「この子、ちゃんとお手入れしてた!!」
陽菜の顔にピキッと怒りマークが浮かぶ。
「ウチだってちゃんと手入れしてるわっ! ちょっと最近サボり気味なだけだ!!」
エレナがジト目で陽菜を見つめる。
「ちゃんと蓮からの誘いに対応できるようにしないとだよ~」
陽菜の眉がピクンと跳ね、頬がカッと熱くなる。
「うっさい!この変態エロ妖精!!」
そう言いながら、心の中では密かに思っていた。
(沙耶さんと、彩華に聞いてみよっかな……)




