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【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
1章 - Kapitel Ⅰ - 学園と日常 編

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第29話:九尾の狐伝説

 三人は彩華の自宅に到着した。

 思った以上に立派な家で、どこかお屋敷のような雰囲気すらある。

 とはいえ、寺や神社といった宗教施設ではなく、あくまで“自宅”といった印象だ。

 神仏を祀るにしては、建物の規模はやや小さい。

 ──ちょっと、想像とは違っていた。


「たぶん結界は問題ないと思うけど……入ってみて」


 彩華の言葉に、陽菜が一歩、敷地に足を踏み入れる。


 問題なく入れた。

 だが、気がかりなのはエレナのほうだった。

 もし結界が張られていたら、妖精であるエレナは入れない。

 最悪、存在そのものが消えてしまうかもしれない。


 ……が、エレナはふつうに通り抜けてきた。


「ぜーんぜん、問題なーし!」


 宙に浮かびながら、陽菜に向かってピースサインをキメるエレナ。

 それを見て、陽菜は胸を撫で下ろした。


「ただいまー」


 彩華が玄関を開けると、中から中年の男性が顔を出した。年のころは六十前後だろうか。おそらく彩華の父だろう。

 陽菜は袈裟姿や僧侶のような風貌を想像していたが、出てきた人物は意外にもラフな部屋着姿だった。


(んー……大丈夫か? イメージと全然ちがう……)


 陽菜は心の中で呟きつつも、その男性は温かい笑顔を見せてくれた。


「ようこそ。よく来てくれましたね」


「……あ、はい。お邪魔します」


「ふむ……なるほど、なるほど」


 何かを納得したように頷き、家の中へと案内してくれる。

 長い廊下を通り、三人は応接間へと通された。

 彩華はそのまま着替えに向かって姿を消した。


 応接間にはクラシカルなソファと古い棚が整然と並び、落ち着いた空気が漂っている。

 彩華の父がソファに腰を下ろし、陽菜は正面に座った。エレナは浮いたままだ。


 やがて、奥からお盆を手にした老婦人が現れた。おそらく彩華の祖母だろう。

 落ち着いた所作で麦茶のグラスをテーブルに並べていく。


「お邪魔しております」


 陽菜が頭を下げると、老婦人はにこやかに微笑んだ。


「いらっしゃい。暑い中よう来てくれたねぇ」


 そう言って、今度はエレナのほうに視線を向ける。


「……なるほど。あんたが“妖精さん”かい」


 エレナも丁寧に会釈する。


「こんにちは」


「エレナの姿が見えるんですね……」


 陽菜がやや驚いたように言うと、彩華の父が頷いた。


「うちは代々、陰陽道を継いできた家系でね。そういう力を持つ者も少なくない。彩華も、その素養はあるよ」


「神仏習合の理解も深くてね。まぁ、ちょっと独自路線だけど」


 ──なるほど。以前、沙耶が言っていた通りだ。


 そうしているうちに、着替えを済ませた彩華が戻ってきた。Tシャツにジーンズ系のショートパンツという、ラフな格好。

 だがその姿はどこか洗練されており、見た目の良さが際立っている。


 陽菜は顎に手をあてて唸る。


(んー……ムカつくけど、かわいいんだよな)


 陽菜がそう思ったのを察したのか、彩華はにやりと笑みを浮かべてみせた。


(くぅぅぅ……むかつく!)


 悔しさをぐっと飲み込んで、陽菜は本題を切り出した。


「ところで、今日はどうのような?」


 すると、彩華の父がそっと目を閉じた。


「パパ、なにか見える?」


 彩華がソファに座りながら問いかけると、しばし沈黙ののち、ゆっくりと口を開いた。


「……陽菜さんは“白”の五色。エレナさんは“白”、“青”、“黄”……」


 陽菜には意味がよくわからなかったが、応接室に漂う麦茶の香りが妙に静寂を際立たせていた。

 そのとき、彩華の祖母がふと口を開く。


「……ずいぶんと、強い想いを持っとるんじゃねぇ、あんた」


 エレナはきょとんとする。


「え? ……わたし、ですか?」


 彩華の祖母にも何かが見えているようだった。

 すると、彩華の父が目をあけて説明を始めた。


「陰陽、そして仏教には“想い”に五色があるという考え方がある。青、黄、赤、白、黒……。その色は心の性質や傾きを示す」


「エレナさんは白、青、黄……と、三色を内に持っている。ときおり、それが“緑”に近い光を帯びることもあるようだね」


 その言葉に陽菜が驚いた。


「緑……?そっか、青と黄は合わせれば緑か……」


 彩華の父は頷いた。


「ここまで、複数の色を持ち合わせている”妖”はめずらしい」


 その言葉に、陽菜がきっぱりと口を開いた。


「すみませんが、エレナは“妖”なんかじゃありません。大切な“家族”です」


 思わず口調が強くなると、彩華の父と祖母はすぐに表情を和らげて頭を下げた。


「……これは失礼なことを申し上げました」


「お嬢ちゃん、ごめんなさいね。悪気はなかったんよ」


 陽菜は、少しだけ後悔した感じになり謝罪した。


「いえ……こちらこそ、ついムキになってしまって。すみません」


 すると、彩華の祖母が言葉を継いだ。


「一つ気になっていることがあるのじゃよ」


「それはなんでしょうか?」


 陽菜が尋ねると、彩華の祖母のまなざしが鋭さを帯びた


「その想い……どうやら、妖精さん自身のだけではないようなんじゃよ。もっと古くて、深くて……刃のように鋭いものが、その子の中に眠っとる」


 陽菜はその言葉に深い意味を感じていた。陽菜が姿勢を正す。


「……それって、どういうことでしょうか?」


 陽菜はさらに言葉を重ねる。


「エレナは、満月の一日だけ人間になることがあるんです。それも、関係しているのでしょうか?」


「なるほど……」


 彩華の祖母はしばらく黙って、じっとエレナを見ていたが、やがてぽつりと言った。


「“想いの欠片”かもしれん。しかも、ただのじゃない。……たぶん、“九尾”の、ね」


「きゅうび……っの、おもい……??」


 陽菜は、聞き返しながらも、言葉の意味がすぐにはつかめなかった。

 そんな陽菜に構うことなく、彩華の祖母はゆっくりと語り始める。


「昔々の話じゃがね。恐ろしい妖気をまとう狐が、美しい女性へと姿を変えた。ある御方に忠義を尽くし、そして裏切り、封じられたのじゃ。」


「その“想い”は深く、鋭く、そして……恐ろしく強かったという。もしもその欠片が、今この子の中にあるのだとすれば……」


 そこで一拍置き、祖母は肩をすくめた。


「……もっとも、伝承にすぎん。真実はわからんがな」


 その言葉を受けて、今度は彩華の父が静かに言葉を継いだ。


「九尾の狐は五色すべての想いを持つ、玉虫色の光をまとう存在だったとも言われている。エレナさんの内なる色も、近いものがある」


「“青”と“黄”。特に黄色は、五色五方において“中央”を意味する色だ。中心にして、すべてを結ぶ。つまり、九尾の狐の本体がエレナさんの中に入っているのかもしれん……」


「だとすれば、人間の姿になるのも、単なる偶然ではないのかもしれない」


 “妖”という言葉は使わず、あくまで“想い”という言葉に置き換えられていた。

 だが、それが陽菜の頭をすっきりさせるわけではない。むしろ、ますますわからなくなっていくばかりで、目の前の話がどこか遠く感じられていた。

 彩華の父は、さらに続けた。


「エレナさんが、どのタイミングでその想いを拾ったのかまでは、わからないけれどね」


「とはいえ、五色五方の想いを宿した九尾の狐は、最強とさえ言われる存在だ」


 そこで、陽菜がついに堪えきれず、素直な本音を漏らした。


「すいません。すげーわかんないですが、あれっすか……エレナ、めちゃヤバってことですか!?」


 その率直な一言に、エレナは思わずクスクスと笑った。

 しかし、彩華の父は真面目な口調で返す。


「正直、それはわからない。ただ……つい最近、那須で封印されていた“殺生石”という岩が割れた」


「これは、何か関連があるのかもしれない。もしエレナさんの中にいるのが本体なら、他の欠片が引き寄せられる可能性もある」


 言葉の意味はすべて理解できなくても、その語り口と内容から、陽菜は何か大きな危険が迫っていることだけは直感していた。


「……わかりました。とりあえず、私たち次第って感じなんですね」


 その言葉に、彩華の祖母はふっと目を細め、やさしい表情でエレナを見つめた。


「どうか、その想いと向き合ってあげておくれ。その子の中には、“祈り”に近いものがあるよ」


「九尾の狐は、主と定めた者に生涯忠誠を尽くすという伝承もある。あるいは……」


 そう言って、彩華の祖母はそっと立ち上がり、エレナの手を握った。

 すると、その瞬間、エレナの身体が淡く緑色に光った。


「あたたかい、優しい“想い”だね。やはり“祈り”に近い」


 その言葉は、エレナの心に静かに染み込むようだった。

 続いて祖母は、陽菜の手もそっと取った。


「陽菜さんは、想いを寄せることで、自身の力に変える能力を備えているね」


「高い感受性と許容性を持った“静寂”のような子じゃ。あなたたちは、ふたりでひとつなんじゃね」


 そのまなざしに、陽菜は目を見開き、そして頷いた。


「……ありがとうございます」


 そう言って、小さく微笑んだ。


「それと……」


 彩華の父が改まった様子で口を開いた。


「陽菜さんとエレナさんには、うちの娘を助けていただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げながら、静かに続ける。


「聞けば、最初に手を出したのは彩華のほうだったとか。本当に申し訳ないです」


 そう言うと、彩華の父と祖母は二人に向かって丁寧にお辞儀をした。


「い、いえ……そんな、大したことはしてないです」


 陽菜はあわてて手を振り、謙遜の言葉を返した。


 ふと視線を向けると、ソファに座っていた彩華が、ムスっとした表情で陽菜とエレナを睨んでいる。

 その顔を見た陽菜とエレナは、顔を見合わせ、同時に手を口元に添えてクスクスと笑った。


 まるで息の合った悪戯っ子のようなその笑みに、彩華の眉がさらにつり上がるのだった──。

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