第27話:打ち上げ花火、中から見るか?外から見るか?
上空にはすでに夜の帳が降りていたが、遠くの空にはまだ、夕焼けの名残がかすかに残っていた。
陽菜とエレナは、駅前のケーキ屋で小さな箱を手に入れると、連れだって沙耶のマンションへと向かっていた。
さっきまで、少女の強い想いを真正面から受け止め、心がざわついていたけれど、今はそれをそっと脇に置き、ふたりで歩くこの時間に気持ちを切り替えていた。
会場周囲には、浴衣姿の女性たちや、手をつなぐカップル、子どもを連れた家族連れなど。どの顔も、心なしか少し浮き立って見える。大通りは、すでに交通規制がかかっており、車の姿はない。
代わりに、人、人、人……熱気とざわめきが通りを埋め尽くしていた。
そんななか、エレナが小さく笑って言いった。
「沙耶さん、喜んでくれるかな」
陽菜も呟きながら、いつもの口調で返す。
「ケーキでよかったのか……正直、よー分からんけど、なんか流れで買っちまった感じ」
ふたりの間に、ふわりとした笑いがこぼれた。
「それよりも、沙耶さん、多分びっくりするんじゃね?」
陽菜がいたずらっぽく言いった。
エレナの“獣人化”については、沙耶にはまだ話していない。あえて秘密にしておいたのは、今日、サプライズで驚かせるためだった。
「うんうん。多分驚くねー」
エレナも笑顔で呟く。
陽菜とエレナは驚いた沙耶を想像しながら、マンションに到着し、エントランスのインターホンを押す。エレベータに乗って沙耶の部屋までいくと、短パン、Tシャツというラフな部屋着姿で出迎えてくれた。
「いらっしゃい。って、ケーキ? うわ、ありがとうね!」
だが、すぐに青髪の少女の姿に目を留めて、首をかしげる。
「あれ? その子……誰だっけ?」
沙耶は全く気付いていない。
「こんばんわ。エレナだよ」
にっこり笑ってそう言ったエレナを見た瞬間――
「え!? マジ!? マジでーー!!?」
沙耶は、目を見開いて叫んだ。まるでアニメのリアクションのように、その場でのけぞりそうになる。
陽菜とエレナは、その反応を待ってましたとばかりに顔を見合わせ、満足そうに笑った。
陽菜とエレナ、そして沙耶は、部屋で夕食を囲んでいた。
といっても、料理のほとんどはスーパーのお惣菜。沙耶は苦笑しながら缶ビールを開けた。
「プハー!!」
晩酌モードに突入した沙耶の前で、エレナは遠慮なく次々と皿をつついていた。
しかも、いちいち感想が大げさだ。
「うまっ! これもうまいっ! ……てか全部うまいっ!!」
その勢いに、陽菜は思わずドン引きしていた。
「ガチ食いじゃんか……ちょ、引くわ……」
そのとき、沙耶がビール片手にふと口を開いた。
「それにしてもさ、人間の姿になれるなんてびっくりよ。しかも食べられるんだ?」
エレナは聞いてるのかいないのか、唐揚げをモグモグしている。
代わりに、陽菜が答える。
「……ウチも、よくわからなくて。親もわからないみたいなんですよ」
「ただ、ウチが物心ついた時にはこうだったみたい……」
敬語などの礼儀は重んじつつも、陽菜の言葉遣いは自然に戻っていた。
それは、沙耶が身近になった存在という証でもあった。
沙耶はゆるく頷きながら言った。
「なるほどね~、エレナちゃんの“力”と関係あるのかなあって、ちょっと思って」
「前に会ったあの子……術とか使ってたじゃない。術式の発動とか、結構本格的だったし」
それは彩華のことを指していた。蓮が、”術が使える家系”と言っていた。
陽菜が気になって尋ねた。
「なにか気になったんですか?」
「んーん、あの子、九字切ってたと思うのよ。陰陽道の。あと神仏習合系の詠唱も」
正直、陽菜には、何のことかさっぱりわからない。
「全然わかんないっす!、あれっすか……エレナ、めちゃヤバってことですか!?」
その言葉に、エレナが口いっぱい唐揚げを詰め込んだまま反応した。
「んぶっ……そえわぁどぉおいうごどですぎゃ……っ!」
「おまえ、行儀悪ぃ!! まず飲み込めや!!」
沙耶はそれを見て吹き出しながら、答えた。
「ヤバいってことじゃないわよ。ただ、もしかしたら、あの子に聞けば何かわかるかもなって思っただけ」
その言葉に、陽菜は顔をしかめた。
「……アイツだけは、まじでムリっす」
沙耶が微笑む。
「エレナちゃんのことで、まだ根に持ってる?」
「それはもうどうでもいいんです。アイツ、口悪いし、性格悪いし!」
それを聞いて、エレナがゲラゲラ笑い出した。
「大丈夫だよ~、陽菜も一緒だから!」
その無邪気な笑い声に、陽菜はムカッとした様子でげんこつグリグリを食らわせる。
沙耶も笑いながら缶ビールをくるくる回す。
「あいつ! ウチのこと“中の下”って言いやがったんですよ!? こいつ性格エグッって思いません!?」
その暴露に、沙耶とエレナは爆笑。
陽菜はそれを見てさらにイラッとしながら、隣のエレナに目をやった。
「てか、エレナの神スタイルもウチ的に、ムカつく案件なんだけど……。見てるだけで精神デスるわ……」
沙耶も同意した。
「たしかに、エレナちゃんのその姿は、反則級よね」
それを聞いて、エレナは自信満々に腰に手を当て、ふんっと鼻を鳴らす。
沙耶は、ふと聞きたかったことを切り出した。
「そういえばさ、蓮くんには会った?」
陽菜は少しうつむいて答える。
「メッセージはしてますけど……まだ、会ってはないです」
「そっか……」
沙耶は缶ビールをくるくる回しながら、ゆっくり言った。
「……陽菜ちゃん、まだ蓮くんのこと、気にしてるんだね」
陽菜は箸を止め、目線を落とした。
「気にしてないって言ったら、嘘になるかもです。でも……やっぱ、会わないほうがいいかなって」
沙耶は確信をついた質問をする。
「でも、好きなんでしょ?」
「うっ……」
その言葉に、陽菜は図星をつかれた感じがした。
するとエレナが、今度はコロッケを口に詰め込んだまま親指を立てる。
「んがっ……しゃえしぇんのい゛うとーり……!」
と言いながら親指を立てた。
「エレナはまず飲み込めって、あと食いかた、マジで汚ねーんだよ!!」
陽菜はエレナの頬を両手でむぎゅっと押さえて言った。
だが、そんな陽菜のツッコミにもお構いなしに、エレナは再び皿をかき込んでいた。
沙耶は静かに続けた。
「一度、ちゃんと会って話してみれば? やり直すにせよ、離れるにせよ、さ」
沙耶は、陽菜の考えを見抜いていたようだった。
陽菜はその言葉に、少しだけ考え込む。
しばらくの沈黙のあと――
「そうだ。やっぱりね、これ、陽菜ちゃんに渡しておこうと思ってたの」
沙耶はそう言いながら、バッグの中をごそごそと探り、小さな箱を取り出して、テーブルの上にそっと置いた。
陽菜が目を落とすと、その箱に気づき、顔がぱっと赤くなる。
「……こ、これって……“あれ”ですよね……?」
それは、男性用避妊具だった。
沙耶はちょっと照れくさそうに、でもどこか毅然とした顔で言った。
「うん。こんなタイミングで渡すのもどうかって思ったけど……でもね、やっぱり、持っていてほしかったの。渋谷で配ってたやつだけど、ちゃんと使えるやつよ」
「もしものときに、困ってほしくなかったから」
陽菜はそっと箱を手に取った。その手の上に、沙耶が自分の手を静かに重ねた。
「いい? 高校の三年間って、本当にいろんなことがあるの。恋や悩み、勉強も、人との距離も……それに、陽菜ちゃんとエレナちゃんみたいに“想い”を敏感に感じられる人は、他の誰よりも心が揺れやすいと思う」
「一日は長く感じるのに、世界から流れてくる情報はすごく速いの。気づいたら、一か月前の自分が子どもに思えるくらいに、変わっていくのよ」
「だからね。こういうことも、“大切なこと”として、身につけておいたほうがいいと思ったの」
沙耶の声は優しくて、どこまでも真剣だった。
押しつけがましさもなく、重苦しさもなく。あくまで、“当たり前のこと”として。
陽菜は、小さく呟きながら、その箱を机に置いたバッグの奥にそっとしまった。
沙耶が、最後に笑って付け加えた。
「でも……ご両親には見つからないようにしてね? たぶん、神経質になっちゃうと思うから」
そのひそひそ声に、エレナが思わず口を挟んだ。
「わぁがりゅー!」
またしても口いっぱいに食べ物を詰めたまま、何かを叫ぼうとするものだから、声はモゴモゴとしか聞こえない。
沙耶は微笑みながら言った。
「エレナちゃんは花より団子だね」
陽菜がエレナの代わりに言う。
「一応、妖精の時も食べられるらしいんですけど、どうも苦みしかないらしくて……」
エレナがうんうんと頷きながら言う。
「うんうん、だぎゃらいばのうぢにだべりゅ~の」
陽菜と沙耶は、そんなエレナの姿に吹き出して、腹を抱えて笑った。
――そのときだった。
ドン、と空気が震える音とともに、夜空に大きな花火が咲いた。
目の前で開いたそれは、まさにアリーナ席の迫力。網戸越しに開け放たれた窓からは、外の歓声まで聞こえてくる。
「わあ……」
陽菜が見上げた空に、次々と光の花が咲いては散っていく。
沙耶は立ち上がって冷蔵庫から追加のビールを取り出し、プシュっと開けた。
「屋上、行く? ちょっと人多いかもだけど」
缶ビールを口に運びながらそう言う沙耶に、陽菜はゆっくり首を横に振った。
「ううん。……できれば、沙耶さんとエレナと、三人だけで見ていたいな」
その言葉に、沙耶はふっと笑みを浮かべて、頷いた。
陽菜は静かにベランダに出て、夜空に咲く大輪の花火を見上げる。
エレナは花火を横目に見ながらも、部屋で相変わらずモグモグと食べ続けていた。
光と音に照らされながら陽菜は、その風景を静かに見つめ、そっと思った。
(こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
けれど、そんな願いさえも裏切る波乱万丈な運命が、陽菜とエレナに待ち受けていることを、まだ誰も知らなかった――。




