第26話:エレナの獣人化と少女の想い②
「来るよ……」
陽菜が小さく呟いた、そのとき。
──バチッ。
低い電流音とともに、路駐車両の後ろから黒い影が現れた。どうやら交差点付近から出てきたようだ。
その影は徐々に輪郭を持ち、やがて骸骨──スケルトンの姿へと変わる。頭蓋にはひびが入り、目と口からは血のような赤黒い液体が溢れていた。
首からは、鎖につながれたナンバープレートがぶら下がっている。そこには、真紅の文字で”想 47-71”の番号が浮かび上がっていた。
「変態おやじ、木の化け物、ムカデ、バカ女の次はオメーか……」
陽菜は苦笑しながらぼそりと呟く。
「はぁ? 47-71って、なにそのセンス。あほかっ!」
もう陽菜には、ツッコミを入れる余裕すらあった。それほどまでに、戦い慣れていた。
『自分は悪くない……悔しい……死にたくなかった』
『あのとき……どうして……お家に帰りたい……』
エレナが目を細めて呟いた。
「これは……未練の”想い”だよ」
形を持つほど強くこびりついた感情。それがこの存在だった。
「感情が、固まりすぎてるの。会話は無理かもしれないね」
「ってことは、この妖の想いを叩き起こすか、ぶっ倒すしかないってことね」
エレナの言葉に、陽菜は淡々と応じた。
「なら……ウチらがデスる前にぶっ潰す」
陽菜のその言葉を聞いたスケルトンは、陽菜に向かって、まっすぐに手を伸ばしてきた。
「陽菜、避けて!」
「ほいっ……」
陽菜は軽く身をかわした。アスファルトが砕け、粉塵が舞い上がる。
すかさずエレナが動いた。
緑色に光る刃を生み出し、陽菜に振り下ろされたスケルトンの骨の腕を斬り落とす。
バキン──!
骨が砕ける音。腕が地面に転がり、スケルトンは呻きながら後退した。
その足音ひとつで、周囲にまた粉塵が舞い上がる。
「おーーー! パチパチパチパチ!!」
陽菜は拍手を送りながら歓声を上げた。
「獣人化するとエレナ強いじゃん。そんな技出せるんだ」
陽菜は驚きと興奮を交えて言った。獣人化自体は何度も見ているが、実戦を見るのは初めてだった。
「なんか、エレナだけで倒せそう」
陽菜の言葉に、エレナは腰に手を当てて、得意げにふんって鼻を鳴らした。
だが、陽菜がそっと声をかける。
「でもさ、ちょっとは怖がったりしようよ……かわいそうじゃん、あいつ」
なぜか、スケルトンに同情する陽菜。
「してるよ、ちゃんと。でも、陽菜より前に立つのは当然でしょ~?」
エレナがさらっと言うと、陽菜は思わず目を丸くした。
「なにそれ……やだ、エレナ、ちょっとかっこいいじゃん」
陽菜がそう言うと、エレナは親指を立てて、再び、ふんって鼻を鳴らした。
陽菜はふっと笑った。
(獣人化しても、こういうところは変わらない……エレナらしいな)
だが、“想い”はまだ終わっていない。
切断されたスケルトンの腕は、再び光を纏い、身体に戻っていく。
悔しさや怒り、事故への恐怖が混ざり合った声が、周囲に響く。
『どこにも行けない……置いていかないで……!』
陽菜がそっと手を差し出す。掌が白く光り、そこから帯のような光が放たれる。
その光は宙を舞いながらスケルトンの身体を絡め取り、強く縛りつけた。
苦しげに暴れるスケルトン。腕がぶつかるたびに、近くのビルが崩れ落ちていく。
やがて、スケルトンは倒れ込んだ。
「じゃあ、ウチが聞く。……アンタの気持ち、ちょっとだけ、教えてよ」
陽菜が言うと、エレナが呼応するように呟いた。
「……行こう、陽菜。」
そう言って、ふたりはスケルトンのナンバープレートに手を触れた。
その瞬間、景色が一変する。
真っ白な空間。そこは、怪物となった少女の“心の中”。
投影される映像のなかで、雨が降る交差点が浮かび上がる。音はなく、空気は重たく湿っていた。
陽菜とエレナはまっすぐ前を見据える。その視線の先には、ぽつんと一人の少女が立っていた。
小学校高学年くらいかと思われる。赤信号で信号待ちをしていた。
陽菜は、何も言われなくてもわかった。
コンビニのビニール袋を持っていた。近くに住む子なのか、両親から買い物を頼まれていたんだろう。
やがて信号が青に変わり、少女は買い物袋を手に渡りはじめる。
鼻歌を歌いながら──何の疑いもなく、楽しそうに。
そのとき。黒塗りの高級車が、突如現れて少女へと突っ込んできた。
その少女が、驚いたように目を見開いている。
「……あぶない!」
陽菜が叫んだ。だが、これは記憶。過去に起こった”どうしようもなかった”場面。
陽菜は目をふさいだ。
少女は衝撃とともに倒れた。倒れた少女の周囲に、赤い液が雨に混ざって広がっていく。
車から男が降りてきた。顔は見えない。その男は周りを見渡して、誰もいないことに気付くと
運転席に戻って、走り去っていった。
「逃げるな!卑怯者っ!」
陽菜は叫ぶがどうしようもできない。
──雨の中、少女は一人、交差点に倒れていた。
その光景が消え、再び真っ白な光が空間を包む。
意識が戻ると、スケルトンとなった少女の“想い”が、静かに横たわっていた。
「……悔しかったんだね」
エレナが静かに言った。
「それ、ウチが受け止めるから、帰ろう」
陽菜は涙を浮かべながら、優しく語りかけた。
スケルトンの身体はやがて光の粒となり、ふわりと宙に舞い消えていく。
『お姉ちゃんたち……ありがとう。もう苦しまないよ』
少女の声がそう告げると、光とともに想願空虚は消滅した。
気づけば、ふたりは元の繁華街に戻っていた。
ビルも道路も壊れておらず、誰一人怪我もしていない。
「終わった、かな」
「うん。あの子の想い、ちゃんと帰れたと思う」
ふたりは顔を見合わせて、ふっと微笑み合った。
陽菜は、少し先にある交差点へ走っていった。事故のあった場所だ。
電柱には、花とジュースが供えられていた。
そして、電柱に貼られた看板に目をやる。
<〇月×日 この場所で歩行者と車のひき逃げ事故が発生しました>
<目撃情報をお持ちの方は、警察までご連絡ください>
陽菜の頬に、再び涙がこぼれた。
生きたいという少女の想いを、ひき逃げと言う形で踏みにじった行為。
「47-71って生きたいって想いだったんだね……バカにしてごめんね……」
同時に、自然と弟・悠真のことが脳裏に浮かんだ。悠真と同じ年頃の少女。
もし、あの少女が悠真だったら──胸が締めつけられるようだった。
「エレナ……まだ、捕まってないみたい……」
「そんな卑怯者が生きてるなんて……ゆるせない……」
拳を握りしめて、陽菜は言う。
やがて、陽菜はその場にしゃがみこんだ。
エレナが後ろから陽菜の肩にそっとエレナの手を置いて言った。
「陽菜……わたしたちにできるのは、ここまでなの」
エレナの言葉の意味は、陽菜にも痛いほど分かっていた。想いで犯人を追い詰めることはできない。
警察にだって、きっと信じてもらえない。だからこそ、無力で、悔しかった。
エレナも並んでしゃがみこみ、ふたりはそっと目を閉じて手を合わせた。
そのまま静かに数秒が流れる。
やがて、エレナが目を閉じたまま、ぽつりと呟いた。
「でもね、陽菜がちゃんと“聞いた”から。あの子は、もう一人じゃないよ」
少しだけ風が吹いた。
どこからか、かすかに小さな笑い声が聞こえた気がした。少女の声。優しい、やわらかい声。
──泣いてくれてありがとう。もう、大丈夫だよ
ふたりは立ち上がり、歩き出す。
喧騒の戻った繁華街に、小さな足音が重なって響いていった──。




