表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
1章 - Kapitel Ⅰ - 学園と日常 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/99

第18話:妖精が見える女性①

 暑い朝だった。

 夏休みに入ってからというもの、陽菜の毎日は、いよいよ暇になった。

 だけどそれは、彼女にとっては“貴重な暇”だった。自由で、静かで、エレナが隣にいる。それだけで、もう十分だった。


 ……足りないものがあるとしたら。

 それは、蓮のこと。


 あの事件以来、蓮とは一度も顔を合わせていない。メッセージのやり取りも、ないままだった。


 蓮のことだから、きっと自分を気遣って、あえて何も送ってこないのだろう。

 それはもう、手に取るようにわかった。

 本当は会いたかった。顔を見て、ちゃんと「ありがとう」って言いたかった。

 なら、自分から行けばいい……そうわかっているのに、それができない自分が、ここにいた。


 蓮にどう思われているのか。それを想像するだけで、胸の奥がひどくざわつく。

 もう汚れてしまった……そんなふうに思われているかもしれない。

 苦しくて、厄介な考えが、頭から離れない。

 十六歳の心には、そんな想いをまるごと受け止められるだけの、強さも、広さも、まだなかったのだ。


 それでも、ずっとこのままでいるわけにはいかない。

 誰かの優しさに救われたのなら、その優しさに、応えたいと思った。


 だから今日は、あのとき、自分を助けてくれた女性・真壁沙耶(まかべさや)に、どうしてもお礼が言いたかった。


 それはエレナも同じ気持ちだった。

 幸い、沙耶の住むマンションは、自宅から自転車で20分ほどの距離。先日メッセージアプリで連絡先も交換していた。


 今、陽菜はそのマンションのエントランスに立ち、部屋番号のインターホンを押している。


「はーい」


 軽やかな声がスピーカーから返ってくる。


「あの……この間、お世話になった佐藤陽菜です」


 少しだけ緊張して名乗ると、


「うん、あがって」


 沙耶の声は、あのときと変わらず、優しかった。


 すぐにオートロックのドアが開き、陽菜とエレナはエレベーターに乗り込んだ。

 沙耶の部屋は八階。扉の前でチャイムを鳴らすと、ほどなくしてドアが開く。


「陽菜ちゃん、エレナちゃん、いらっしゃい」


 笑顔で迎えてくれた沙耶に、二人は同時に頭を下げた。


「この間は、本当にありがとうございました」


「ありがとうございました。……お邪魔します」


「部屋、ちょっと散らかってるけど、テキトーに座っちゃって」


 部屋の中は、思った以上にきれいだった。ぬいぐるみやフィギュアが棚に並び、テレビの下にはゲーム機が数台。デスクにはノートPCと、隣に大きなデスクトップPCまで並んでいる。

 ふと、陽菜はデスクの上に飾られている写真立てに目を留めた。何気なくのぞき込むと、隣にいたエレナも顔を寄せてくる。


 そこには、三人の男女が映っていた。茶髪の男性と、翡翠色の髪の女性、そして金髪の女性。

 皆、どこか整いすぎていて、まるでドラマやアニメの中から出てきたような美男美女だった。


「すごい……きれいな人たち」


 陽菜が小さく呟く。


「でもなんか……あたしと年、そんなに変わらなそうじゃない?」


 そう言って、写真に見入る陽菜に、エレナも同じ目線で答える。


「この人、彼氏さんかな?」


「うーん……でも金髪の子が腕かけてるし、そっちの彼氏なんじゃない?」


 それぞれの距離感や仕草から、なんとなく関係性を探ってみる。けれど、もうひとつ気になることがあった。


「……ねえ、服装、ちょっと変じゃない?」


 陽菜がそっと指をさす。

 確かに、三人の着ている服は、どこか現代の空気からずれていた。


「……コスプレ帰りかな? なんか、ちょっと高そうなお店っぽいね……」


 エレナもその陽菜の言葉に頷いた。


 ……そして、さらに見渡すと部屋の片隅には、どこか見覚えのある紙袋があった。

 古着屋で見かけた──あの奇抜な服たちが、無造作に詰め込まれている。


「これ、もしかして……」


 陽菜が目をやると、沙耶は小さく笑って言った。


「そうそう。結局、買っちゃったのよね」


 陽菜は遠慮がちに敷かれていたクッションの上に腰を下ろした。

 陽菜とエレナは”本当に買ったんだ……”と心の中で声をそろえつつも、妙に納得してしまった。


 陽菜は、持参してきた小さなケーキの箱を差し出す。


「これ、お礼の気持ちです。よかったら……」


「わぁ、うれしい。ありがとう」


 沙耶はケーキをお皿に乗せ、陽菜には冷えたオレンジジュースの入ったコップを差し出す。


「どうぞ。暑かったでしょ?」


「ありがとうございます」


 陽菜はコップを受け取り、一口だけ飲んだ。


 エレナは飲食しないため、何も出されていない。だが、それが自然だった。

 部屋にはケーキの甘い香りが漂い、エアコンのやさしい風が頬をなでていた。


 そんな穏やかな空気の中で、沙耶がふと問いかける。


「……あのあと、大丈夫だった?」


 その声には、過度な心配ではなく、やわらかい気遣いがあった。

 陽菜は少しだけ間を置き、こくりと頷いた。


「はい……でも、母はかなり動揺して……家に着いた瞬間、泣き出しちゃって……」


 そう口にした瞬間、そのときの夜の光景が、鮮明に蘇る。

 家に着いた途端、結衣は玄関でへたり込んだ。陽菜を抱きしめながら、何度も「ごめんね」と嗚咽まじりに謝ってきた。

 現場では気を張っていたのだろう。自宅に戻った瞬間、その緊張の糸がぷつりと切れてしまったのだ。


 自分の娘が、もし何か取り返しのつかない目に遭っていたら……そんな想像だけで、自責の念に押しつぶされそうだったのだ。

 康太は康太で、目を潤ませながら陽菜の頭を撫で、それからエレナの頭にもそっと手を伸ばし、何度も何度もお礼を口にしていた。


「母は自分のこと、ずっと責めてました。守れなかったって……私が元気にしてたのが、逆に辛かったのかもしれません」


 ……でも、あれが”母親”というものだったのかもしれない。

 陽菜は少しそう感じていた。


 陽菜は苦笑しながらも、声には微かな揺れがあった。

 沙耶は黙って聞いていたが、ゆっくりと首を縦に振った。


「……無事だったことが、どれだけ奇跡だったか、きっとお母さんが一番わかってるからね」


 その言葉が、じんわりと胸に沁みる。


「ありがとう、沙耶さんが来てくれなかったら……」


 陽菜がそう言いかけると、


「私だけじゃないよ。蓮くんも、あなたたちも、ちゃんとあきらめなかったから……」


 沙耶はさらりと、けれど力強く言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ