第17話:下町の古着屋さん③
「エレナ!! さっきのお姉さん……っ?」
陽菜が声を上げたとき、エレナの姿の先に立っていたのは――あの古着屋で出会った女性だった。
「んあ? なんだコラ、てめーも相手してほしいのか?」
男の一人が大声を張り上げる。だが、向けられたその言葉はエレナではなく、女性へ向けられていた。
彼女は無言でバックパックを床に置くと、足元の靴をトントンと蹴り整えながら、視線を男たちに向けた。
「処女ってのはね、もっと大切に扱うもんなんだよ。万年童貞ども!」
女性の低く鋭い声。その目が、三人の男たちを鋭く睨みつける。
「エレナちゃん、任せて。三人とも、私がやる」
「エレナちゃんたちは、陽菜ちゃんの救出を!」
女性がそう言い終えた瞬間、足元から淡い青色の光が滲み出す。
それは水面に広がる波紋のように広がり、やがて魔法陣を描き出した。
ふわりと、女性の長い髪が光に煽られて舞い上がる。
次の瞬間、空気が爆ぜるような音とともに、彼女の姿が弾丸のように消えた。
一瞬で陽菜に最も近い男へと肉薄し、振り上げた掌から青白い光の矢が閃く。
「――ッ!」
反応する間もなく、矢は男の胸を撃ち抜いた。
鈍い衝撃音とともに、男の体は宙を舞い、背から地面に叩きつけられる。
「ぼさっとすんな、彼氏なんだろ! しっかり守れ!」
それは女性が蓮に向けて発した言葉だった。
「はい! 沙耶さん」
叫びながら、その女性・沙耶がもう一人の男へと向かう。蓮はその声に応じ、陽菜のもとへ走り寄った。
「蓮!? どうして?」
「理由は後で!」
そう言って、蓮は陽菜の手首に巻かれた結束バンドを素手で引きちぎる。
一方、沙耶は二人目の男の懐に入り、再び掌に魔法陣を展開させる。出現したエネルギーの球体が、男の目前で小さく炸裂。衝撃で男の体が跳ね飛ぶ。
「てめぇッ!」
残る一人が怒りに任せて突進してくる。だが、その視界を一閃の緑が奪う。
エレナの想いが形となり、自発的に発光して男の視界を封じたのだ。男が体勢を崩したその隙を、沙耶は逃さなかった。
放たれた青白い光の矢が一直線に男の胸元を貫き、吹き飛ばした。
「威力は抑えておいた。あとは留置場か刑務所で反省してな」
沙耶が冷たく言い放った、その時だった――
最初に倒れた男が、なおも立ち上がり、ナイフを抜いて陽菜へと迫る。
「この女を……ぶっ殺してやる!!」
沙耶には敵わないと悟ったのか、標的を陽菜に変えたのだ。
「陽菜!!」
蓮が体当たりで男を弾き飛ばした。
男は転がりながらもすぐに立て直し、今度は蓮の上に馬乗りになってナイフを振り上げたのだ。
「蓮っ!!」
陽菜が叫んだ瞬間、周囲の人々の体から、まるでオーラのような光が立ちのぼった。
揺らぎ――白い光は沙耶から。蓮は赤の光。エレナは青、黄、白の三つの光。
だが、その一方で、男たち三人からは、不気味な紫がかった黒の揺らぎが、重く、にじむように広がっていた。
陽菜は直感する。これは“想い”が現実に作用しはじめているのだと。
(……デスる前にぶっ潰す!!)
陽菜は心の中で念じた。
すると、彼女の胸の内から白く光る帯のようなものが現れた。
それは近くのパイプ椅子に絡み、次の瞬間、椅子が猛スピードで飛来し、男の後頭部に命中した。
「ぐあっ……!」
気絶した男が地面に崩れ落ちる。
「蓮、大丈夫!?」
陽菜が駆け寄り声をかける。エレナも急いで彼女のもとに飛んだ。
「陽菜ぁっ! よかった……本当に、無事でよかったよぉ!!」
エレナは涙を流しながら陽菜にしがみついた。
「ありがとう、エレナ……蓮も……」
陽菜もまた、エレナの温もりを感じたのか、緊張が緩み、頬にぽろりと涙がこぼれる。蓮は照れくさそうに鼻をこすった。
そんな様子を見つめながら、沙耶がふっと微笑む。
しかし――
爆風で吹き飛ばされた男が、ふらつきながら立ち上がった。
「……てめぇら、柴田組に手ぇ出して、タダで済むと思うなよ……」
それは最期の抵抗だった。だが沙耶は、すでに想定済みだったようだ。
「……だそうですよ、皆さん」
その声と同時に、後方から数名の男たちが現れる。全員、風格の違う”本物”だった。
中心にいた中年の男が、ひと睨みで空気を変える。
「俺はよ、柴田組の若頭やってんだけどよ。お前ら、誰?」
その目つきはまさに”修羅”だった。
吹き飛ばされた男は、顔色を変える。
「最近、うちの名前勝手に使って悪さしてる連中がいるって話があってな。こっちも探してたんだ。……お姉ちゃんが教えてくれたから半信半疑で来てみたが……ビンゴだったな」
若頭の目が細くなる。
「チンピラのくせに、うちの看板を汚しやがって。しかも、こんな可愛い子に手を出すなんてよ……」
チンピラと言われたその男は完全に気圧されていた。
後方の若い衆たちが、沙耶に倒されたチンピラたちを次々に引きずり寄せる。
その間に、若頭はジャケットの内ポケットからタバコを取り出し、一人の部下がすばやく火を点ける。
「ここからはお姉ちゃんたちからバトンタッチだ。……さて、お前らの人数と拠点、全部吐け」
タバコの煙を吐き出しながら、若頭が低く呟いた。
「……ちょっと痛い目見ることになるけどな」
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あれから、どれくらい時間が経っただろう。十五分……いや、もう少しかもしれない。
陽菜、エレナ、沙耶、そして蓮の四人は、倉庫の入口近くに腰を下ろしていた。
中では、柴田組の男たちが尋問中で、時折、誰かのうめき声が漏れ聞こえてきたが、今は静寂が戻っていた。
やがて、先ほどの若頭と数人の若い衆が倉庫の奥から現れる。
「助かったよ。本当にありがとうな。……にしても、お姉ちゃん強いね。うちの組に欲しいくらいだ」
若頭はそう言って沙耶に笑いかける。
「い、いや、そんな……あはは……」
沙耶は苦笑いで言葉を濁した。
「冗談だよ」
若頭は空気を読んで、軽く肩をすくめた。
「知り合いの刑事に話は通しておいた。チンピラどもは、うちの若いのがしっかり押さえてる。もう心配ねぇよ」
「……ありがとうございます」
陽菜が深く頭を下げると、若頭は満足そうに頷いた。
「お嬢ちゃんも、よく頑張ったな。なにかあったら、また声かけてくれ」
そう言って、若頭たちは去っていこうとする。
「おい、彼氏!」
と、背中越しに蓮を呼び止める。
「ちゃんと、その子守ってやれよ!」
「はいっ!」
蓮が姿勢を正して声を張り上げる。そのまま、深々とお辞儀した。
若頭は振り返ることなく、片手をひらひらと振って立ち去っていった。
エレナは、陽菜にぴったりとくっついていた。
「ん~、陽菜~、がんばったねぇ~」
どこか誇らしげに、でも甘えるような声で頬をすり寄せてくる。
まるで年上の姉が妹をあやしているような……いや、むしろ、完全にエレナの方が子どもっぽく甘えている。
「もう……ウザいってば。さっきまで泣いてたくせに」
陽菜がちょっとだけ呆れたように言うと、エレナはふふっと笑って、さらにくっついてきた。
「だって~、陽菜の涙、すごく綺麗だったから……もう一回見たいなぁ~」
「……変なこと言いうな、きもいわ」
そう言いながらも、陽菜の口元には、少しだけ照れたような笑みが浮かんでいた。
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若頭たちが立ち去ってから、そう間を置かずして──
パトカーのサイレンが倉庫前に鳴り響き、次々と警察車両が停まった。刑事たちがどっと駆けつけ、現場は一気に慌ただしい空気に包まれる。
陽菜、沙耶、蓮の三人は、それぞれ個別に事情聴取を受けていた。刑事たちの真剣な視線を受けながらも、陽菜はどこか落ち着いて受け答えしていた。
そんな中、人混みの向こうから慌てて駆け寄ってくる夫婦の姿があった。
「父ちゃん……、お母さん……」
陽菜の声がかすかに震える。
次の瞬間、彼女は母・結衣の胸元に軽く抱きついた。
反抗期らしく、普段はツンケンしていても所詮はまだ十六歳。
ほんの少し、甘えたくなる瞬間もある。
結衣は優しく娘とエレナを抱きしめ、何も言わずに二人の頭を撫でた。
すぐ近くで、父・康太と結衣が蓮の前に立った。
「あれ? 蓮くん……? まさか、陽菜を助けてくれたの? 本当にありがとう!」
「久しぶりだね。大きくなったなあ」
懐かしそうに笑いながら、二人は蓮に感謝の言葉を述べた。
「えっ……二人とも、蓮のこと覚えてたの?」
陽菜が驚いて問い返すと、康太はにやりと笑った。
「そりゃあな。陽菜の初恋の相手だったからな」
「なっ……!」
陽菜の顔が、一気に真っ赤に染まった。
「ちょ、マジでちがうから! 勝手にそんな妄想すんなよ!!」
「そっかぁ、付き合ってたんだ~♪」
結衣が軽く茶化すように言うと、陽菜は慌ててぶんぶんと首を振った。
「付き合ってねーし! ……マジ、ブチ切れそうなんだけど!!」
言葉では否定しても、その声には照れ隠しの色が滲んでいた。
康太はどこか複雑そうな表情を浮かべていたが、それを見たエレナがふふっといたずらっぽく笑い、こっそり結衣に耳打ちする。
「えっ、そうなの!? 身を挺して守ったの!? ……まぁ、それは頼もしいわ」
結衣はその言葉をわざとらしいくらい大げさに繰り返した。声のボリュームも、陽菜にしっかり届く程度に。
そんな家族のやり取りを、沙耶は微笑みながら見つめていた。
やがて康太と結衣が、沙耶のもとへ歩み寄る。二人は揃って頭を深く下げた。
「娘を守ってくださって、本当にありがとうございました」
沙耶は微笑みながら、真摯なその姿に、静かに頭を下げ返した。
──守ってよかった。そう思える瞬間だった。
少し離れたところで、その様子を陽菜、蓮、そしてエレナが並んで眺めていた。
ふと、蓮が隣に立つ陽菜に視線を向ける。
──その瞬間、見えた。
陽菜のそばに寄り添う、光のような存在。
白いワンピースのような衣をまとい、青い髪を揺らす、どこか幻想的な少女──
「……陽菜。それが……エレナ?」
「えっ!? もしかして見えたの? マジ!?」
陽菜が驚いて蓮を見る。
「一瞬だけど見えた気がした。青い髪をした少女のような存在。光ってた」
それは、陽菜と蓮の”想い”が、一瞬でも深くつながった証だった。
エレナは、そんな陽菜と蓮の様子を微笑みながらじっと見つめていた。
その瞳は、ただの微笑みではない。どこか使命を帯びた光を宿していた。
──わたしが、この世界にいる意味。
それは、陽菜と蓮の”想い”をつなぐため。
胸の奥で、確信に近い感情が、静かに芽生えていた──。




