第11話:期末テスト
「あーもーわかんねーよ!! クソが!!」
夜の陽菜の部屋。
机に向かっていた陽菜は、両手で頭をガシガシとかきむしりながら叫んだ。
明日から期末テスト。中でも数学がどうしようもなくわからず、思考がすでに崩壊しかけている。
一方、ベッドの上ではエレナがすっかりくつろいでいた。ノートPCを広げてBluetoothイヤホンでユーチューブを観賞中。
陽菜の勉強の邪魔にならないようにと、音はそっと枕元に置いたイヤホンから漏れぬよう工夫している。
そんな中、陽菜が突如叫んだ。
「……あっ!名案、浮かんだわっ、ウチ天才じゃん!!」
自信満々の口調に、エレナがちらっと振り向く。
「どうしたのかな?」
「ひらめいたの、ウチ。マジで神」
陽菜はドヤ顔で言いながら振り向いた。エレナはクスッと笑いながら返す。
「カンニング以外でなにが閃いたのかなぁ~?」
完全に見抜かれていた。陽菜はジト目でエレナを睨む。
「いいじゃんかよ! マジで数学だけでいいからさっ!ねっ!!」
陽菜は両手を合わせて拝むようなポーズをとる。
その姿は、まるで祈りを捧げる神頼みのようだった。だが、エレナはあっさり却下する。
「だ~め。妖精さんは明日から夏休みでーす」
「エレナ見て。陽菜、泣いちゃいそう♪」
陽菜はあざとく、涙目っぽい演技までしてみせる。
「心の濁った人の涙は見えませーん」
あっさり流される。
「……ケチっ!!」
陽菜はふてくされて、机に突っ伏した。
そんな陽菜に、エレナはベッドから優しい声を投げる。
「陽菜、ちゃんと自分でやらないと。そういうの、大事だよ?」
まるでお姉さんみたいな声だった。
そしてまた、スマホに視線を戻し、動画の続きを見始める。
「ケチ妖精め……こうなったら、最後の手段」
陽菜はぽつりと呟いてスマホを開き、蓮にメッセージを送る。
しかし、数十秒後に返ってきたのは衝撃の一言だった。
< 問題知らねーのに、答え分かるわけねーだろ!! >
「……ッ!!」
的確すぎる指摘と、そっけない返しに、陽菜のイラ立ちは爆発した。
スマホを握りしめ、呟く。
「んだとコラァァァ……! それが、告白した相手に対して言うセリフか!!」
「このクソボケ野郎がぁああ!!」
陽菜は、口にしたばかり内容とありったけの文句をそのまま蓮にメッセージで送りつけると、スマホを勢いよく布団へ投げつけた。
ため息をつくと、陽菜は再び机に突っ伏した。
「あ゙あ゙ぁぁぁー、もーやってらんねー……明日テストとか、マジで意味わかんねーし……あー、デスるわ」
開いたままの教科書には、意味不明な数字の羅列が並んでいる。
まるで呪文のようだ。陽菜の脳には一文字も入ってこない。
ベッドの上では、エレナがちらっと陽菜を見やり、布団に投げられたスマホの画面を確認した。
そして、蓮へのメッセージ内容を目にすると、ふっと口元に小さな笑みを浮かべ、柔らかく言った。
「……陽菜、そんなふうに蓮に八つ当たりしちゃダメだよ?」
「……うぅ」
その優しい声に、陽菜は言い返せずに目をそらした。
(……ちょっと、言いすぎたかも)
心の奥で、じんわり反省の気持ちがわいてくる。でも、素直に謝るのはやっぱりちょっと恥ずかしい。
その時、スマホがブルっと震えた。画面を見ると、蓮からの追伸メッセージが届いていた。
< 明日の朝、早めに学校来いよ。一時間だけ付き合ってやる >
「……は?」
陽菜は思わず声を出して、それからすぐに布団に顔を埋めた。
「なにそれ……やさしいじゃんかよ……バカ……」
布団の中、頬の熱がじわじわと広がっていく。
自分の鼓動がうるさく聞こえる気がして、陽菜は思わず布団をぎゅっと抱きしめた。
そのとき、ふと気配を感じて顔を上げると、目が合ったエレナが、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「ねぇ、それって……もしかしてデートのお誘いじゃない~?」
「ちげーし!! 勉強の付き合いっつってんだろ!!」
スマホのメッセージを見せて慌てて否定するが、陽菜の声は、わずかに裏返っていた。
それが自分でもわかってしまって、さらに顔が熱くなる。
「でも陽菜、今ちょっと顔赤かったよぉ~?」
「うるさいっ!! ケチ妖精っ!!」
頬を赤らめながらも、声にはどこか弾むような響きがあった。
そんな陽菜の様子をみてエレナはゲラゲラ笑っていた。
翌朝。陽菜はいつもよりほんの少しだけ早く目を覚ました。
昨日のイライラが嘘のように消えていて、自分でも不思議に思いながら制服のリボンを結ぶ。
学校への足取りは、自然と軽くなっていた。
二年生の教室。そこは蓮のクラスである。
まだ始業前の時間帯、教室には誰の姿もなかった。
窓際の席に、ひとり静かに座る蓮の背中だけが見える。
陽菜は静かにドアを開け、少し緊張しながら声をかけた。
「……おはよ」
その小さな声にも、蓮はすぐに気づいて顔を上げる。
「おー……来たんだな、ちゃんと」
「……呼ばれたんだし……ちゃんと返信したし……来ないわけないじゃん」
陽菜はそう言いながら、視線をそらして頬を指先で触れるように撫でた。
「……あの、昨日は……ごめん。ちょっと、いろいろ余裕なくて。エレナにも怒られた……」
素直な言葉がこぼれる。珍しく自分から謝ったことに、蓮は少し驚いたように眉を上げた。
「……お前が素直に謝るの、珍しいな」
「はっ!? せっかくちゃんと謝ってるのに、そういうこと言う!?」
拗ねたように言い返す陽菜だったが、そこにはどこか安堵の色が混じっていた。
「素直じゃねーな。強がってるのか?ククク……」
蓮の言葉は、いつも通りぶっきらぼうで、それでもどこか優しかった。
陽菜はその空気に押されるように、そっと蓮の隣の席に座った。
「別に……強がってるわけじゃないし……」
そう呟きながら、陽菜は髪の先を指でくるくるといじり始めた。
照れ隠しの、無意識の仕草だった。
「……ありがと」
ぽそりと口にした言葉のあと、陽菜はペンを取り出し、ノートを開く。
「おう、任せとけ。……って言っても、俺も数学はそんな得意じゃねーけどな」
「えっ、そうなの?」
「まあな。でも、お前よりはマシ」
「……そっか。じゃあ……頼りにしてみようかな」
ふと笑った陽菜に、蓮は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに口元をほころばせた。
「……とりあえず、因数分解から、教えてよ」
教室の空気はまだ静かで、ふたりの距離だけが、ほんの少し近かった。
「付き合ってやる」とか言いながら、ちゃんと教えてくれる蓮の手元を見ながら、陽菜は心の中で小さく呟いた。
(……バカ……でも、ありがとう)
エレナも、教室の片隅に一緒にいた。
けれどその輪の中には入らず、手を後ろで組んだまま、一歩うしろから二人を静かに見つめていた。
「まったく、二人とも変に素直じゃないんだから」
「エレナ、聞こえてるよ」
陽菜のその言葉に、エレナは口元を手で隠しながら、ぺろっと舌を出して笑った。




