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英雄たちのいない歴史


霧の島の戦いから――五十年。


世界は変わった。

エルフと人間は名目上の和平を保ち、

ノルド帝国もその力を失い、幾つかの小国へと分裂した。


今や、“あの戦争”を語る者も少ない。


だが――

ある若者が、その沈黙の向こうを知ろうとしていた。


ひとりの学者

名はアーシェ・ティル。

辺境大学で魔導戦史を研究する、無名の学者である。


彼女が一冊の古文書に出会ったのは、

偶然ではなかったのかもしれない。


「……“断界超穿”……?

あれは確かに存在していた魔法のはずなのに、

現存する記録がどこにもない……」


断片的な戦記、焦げた作戦図、匿名の手紙。

それらの断片をつなぎあわせる中で、

彼女はひとつの“島”へと辿り着く。


その名も、《霧影島》。


島の廃墟

アーシェは研究許可を得て、

かつての戦地を訪れた。


島には今、草木が生い茂り、

砲台の跡も風化し、

戦の影はほとんど見られない。


だが、かすかな“魔力の匂い”だけは、

風の中に残っていた。


聖域の記憶

森を抜けた先に、石畳と祠のような建物があった。


「……ここ、だけは……壊されていない?」


彼女が踏み入れたその祠の奥。

石板に刻まれた文字が、微かに光を放っていた。


その筆跡は、たしかに“誰かの手”によるものだった。


無銘の石板

ここにいた者たちは、

名を求めず、勝利を叫ばず、

ただ、次に生きる者のために剣を取った。


彼らは無銘にして、真の英雄である。


――記録者:キヅナ・ヒメカ


アーシェは、その場でしばらく立ち尽くしていた。


そしてそっと、カバンから小さなノートを取り出し、

ペンを走らせる。


語る者

数ヶ月後、

アーシェは自身の研究報告書を発表した。


その題名は――


「霧影島戦役と断界超穿の系譜」


世間の注目を浴びることはなかったが、

少数の読者の心を、深く打った。


やがて、その書は“口伝”となり、

密やかに、けれど確かに、

霧の島で戦った者たちの物語は語り継がれていく。


最後のページ

彼女はこう記した。


もし、これを読んだあなたが、

忘れられた誰かに手を合わせたくなったなら――


それだけで、彼らの戦いは報われるのです。


彼らはもういない。


けれど、魂はこの空の下にある。


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