表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/31

第一章―その1 沈黙の兵器

守霧島の北西端――霊岩岬れいがんみさき

濃霧の彼方に崖が続き、視界は悪く、風も強い。だがこの地こそ、かつて人族が魔法と科学を融合して作り上げた長距離攻撃装置、《雷閃砲陣らいせんほうじん》が設置されていた場所だった。


今は封鎖され、使用禁止となっている。

本国から正式に“解体命令”が下っていた。

理由は「降伏条約に反する攻撃的兵装」「外交上の刺激を避けるため」。


だが。


「──解体作業は中止だ。むしろ、起動準備に入れ」


灰色のマントを風になびかせながら、ジェネラル・オルデンは霊岩岬の警備兵に命じた。

傍らには、整備班の技術将校たちが顔を青くして立っている。


「じ、ジェネラル。これは本国の正式命令です。中央評議会の命令を無視するというのは――」


「無視ではない。延期だ」


「で、ですが! 書類には“全解体、部品は本国回送”と明記されており……!」


オルデンは静かに、だが鋭く整備将校を見た。


「……“戦わずして勝つ”というのは、外交官の幻想だ。

戦を知る者は、備える。撃たずとも、狙えるという事実が戦争を止める。

この砲陣は、ここにあるだけでいい。撃たぬならば、条約違反ではない」


整備班の者たちは、互いに顔を見合わせる。


そのとき、別の軍務官が肩をすくめながら口を開いた。


「まあ……砲陣が“完全に解体された”という報告書は、まだ提出していませんでしたからな。

“作業中の誤送信”という処理も可能かと」


「ならば進めろ」

オルデンは即答した。


「照準は北の海。最大射程、精霊波準拠で第三層まで対応。

起動術式は中枢霊術師ナガト・ヒメカの監修を受けろ。もしこの砲が必要になるときが来れば……それは、最も避けたい状況のときだ」


数時間後、霧に紛れるように《雷閃砲陣》の再起動準備が始まった。

砲塔に接続された霊脈安定装置が、低く脈打つ音を立て始める。


中央からの監査が入らぬこの島だからこそ成せる、ギリギリの“裏の動き”。

オルデンは完全にそれを読んでいた。


その様子を、高台から一人の男が眺めていた。

赤黒い外套、魔導回路が刻まれた金属の義手――イケナ・ダイスである。


「……将軍がこうもあからさまに準備に走るとはな。

俺たちが無茶して動いていた頃と、少しも変わっちゃいねえ」


イケナは煙草のような魔法草を口に咥え、乾いた笑みを浮かべる。

やがてオルデンの背後に現れると、声をかけた。


「兵器ってのは、使わないまま終わるのが理想って、あんた昔よく言ってたな」


「ああ。だがそれは、“使える状態”にしておいた場合に限る」


「……本国からは、完全に“見限られてる”って自覚はあるのか?」


「ある。だがあのツラギという男が、ノルド帝国を信じ切った時点で、ここは“国の外”になった」


オルデンは、遠く北の海を見つめる。

霧の向こうに、気配があった。確信ではない。だが直感が告げていた。


「来るぞ、イケナ。奴らはすでに“条約”という皮を脱ぎ捨てている。

私たちは――それに気づかぬふりをして見殺しになるか、

あるいは、名も残らぬままでも、島を守る者で在るかだ」


イケナは苦笑いを浮かべた。


「しんどい方ばっか選ぶ将軍だな。

……けどまあ、そういう将軍じゃなきゃ、俺はついてこなかったよ」


「兵器というのは、“信頼”で撃つものではない。

この砲も、私たちの判断も、霧を晴らすためにある」


魔力制御塔の灯が、静かに青白く点灯した。

霧の中で、無音のまま、その光が“狙いを定める者の目”のように輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ