【第二章:愚者、命令する】
―視察官ツラギ、将軍に物申す(つもりだった)―
守霧島司令部。会議室にて。
政導審官ツラギ・カナメは、重厚な扉を開けると、無言のまま室内を見回した。
「……ふん。相変わらず軍人らしい空気ですね。息が詰まりそうだ」
机に並ぶ士官たちが直立する中、ただ一人、背を向けて作戦図を見ていた人物――
ジェネラル・オルデンが、ゆっくりと振り返る。
「ようこそ、守霧島へ。審官殿」
「うむ。……今後、この島の政務と軍備はすべて、私の“監督対象”となる。
将軍も、軍部の一部門として、私の“調整”には従っていただく立場であることを、理解していただけていれば良いが」
明らかに含みのある口調。
だがオルデンは何も動じず、淡々と答える。
「審官はあくまで政導庁の代表。
私は軍令の範疇で動いている。記録はすべて開示しよう。だが軍備判断に干渉される理由はない」
ツラギの口がピクリと歪む。
「……しかし、しかしですね将軍? 本国は既にこの島を“後方整理区域”として位置付けている。
すなわち、もはや霊脈防衛も、騎士団の常駐も過剰措置だ。無駄なのですよ」
「無駄かどうかは、敵が来た時に決まる」
「来ない。来ないのです。条約がある。不可侵なのです!」
オルデンの目が鋭くなる。
だがツラギはそれに目を合わせることができない。
自分が“将軍より下の階級”であることを本能的に理解しており、正面から対抗することができないのだ。
だからこそ、言葉を選ぶ。
遠回しに、陰で刺すような言い回しばかりだ。
「……まぁ、あなたのような現場主義者には、国家の外交バランスなど理解しづらいでしょうが」
(言ってやった)という顔をしたツラギ。
だがオルデンはすでに、彼を“障害物の一つ”としてしか認識していなかった。
◆部下への態度:暴君の仮面
会議を終えると、ツラギは部下の参謀士官を捕まえて吠えた。
「記録報告が二分遅れていた! 貴様、私を誰だと思っている?
オルデンにはあれこれ言えぬが、お前にはすべて命令できるのだ!
明日から書類は三重チェックだ。睡眠は削れ!」
「し、失礼しました……!」
「失礼では足りん! お前が私の足を引っ張っているという自覚を――!」
その声は、階段の影から聞こえてきた“若い兵士たちの苦笑”で、ピタリと止まった。
ツラギの目がギロリと光る。
「何を笑っている……! まったくこの島は、統制がなっておらん!」
◆そして、その瞬間
その日の夜。
北の霊脈塔が、突如として赤く点滅した。
「霧外反応アリ」――結界に触れた魔導物質の衝突を意味する、極めて危険な警告。
騎士団が集まり、魔導兵が配備に走る中――
司令部ではツラギが血相を変えて怒鳴っていた。
「こ、これはどういうことだ!? 敵が……!? まさか本当に!?
……私は政導審官だぞ!? 本国に戻る必要がある!直ちに船を!船を用意しろ!!」
参謀が戸惑う。
「ですが霧が濃く、出航は不可能で……」
「じゃあ風を止めろ!!魔導風でも使え!何でもいい!
とにかく私はここにいるべき人間じゃないんだ!命が惜しいんだ!!」
その姿は、威厳の欠片もなかった。
小物が剥き出しになった“ただの男”だった。
◆ジェネラルの独白
その様子を見たオルデンは、遠くから呟いた。
「……霧の中で最も危険なのは、敵ではない。
信じていた味方が、最初に背を向けるときだ」
そして、静かに背を向けた。




