【序章】──空より降る、光の終焉
かつて、この世界には人間の帝国があった。
南海から北境まで続くその版図は、百の街と千の砦を抱き、王たちは空をも統べると豪語していた。
だが、その栄華は終焉を迎えた。
――“天弓ミルナス”が放たれたのだ。
空を裂いて現れたその光は、神の矢のごとく一直線に都市“リュクス=マルティア”を貫いた。
かつての帝都は一瞬で白く染まり、やがて影も残さず崩れ落ちた。
一〇万の民がその時、声ひとつ上げることなく消えたとされる。
さらに第二の魔法、“終焉の露光”が、東部の学都“セントラ=ノヴァ”を飲み込んだ。
大陸最大の魔法学院が、術者も生徒も共に蒸発し、ただ焦土だけを残した。
人間たちが対抗のために築いた機械術、血脈兵、魂刻剣士たちの力も、エルフたちの前では無力だった。
エルフは人間より長命で、深く魔法と融合していた。
彼らの持つ“術理”は、人類の研究と努力を、たったひとつの術式で打ち砕いたのだった。
「これ以上の抵抗は、民族の死に繋がる」
王たちは震えながら集まり、そして「光盟」と呼ばれる降伏条約を結んだ。
その内容は苛烈だった。主要な都市の解体、魔法兵器の放棄、霊脈研究の禁止、そして各地の外地防衛線の破棄。
“生き残ること”こそが正義とされた時代。
だが、歴史とは常に、誰かを切り捨てることで書き換えられる。
切り捨てられたのは、“北の島”だった。
かつて辺境の防衛線であり、重要な霊脈の交差地でもある“守霧島”。
その地には、騎士団、魔導部隊、巫女、そして霊脈管理局が配置され、敵の侵攻を防いできた。
だが降伏後、その全ては無意味とされた。
「守霧島に戦略的価値はない」
「不可侵条約がある。ノルド帝国は動かない」
「すべては外交で解決されるべきだ」
そのように本国で叫んだのが、政導審官だった。
「停戦交渉は順調です。ノルド帝国は我らの同盟国であり、霧の条約を今も順守している。
よって、守霧島への補給は段階的に打ち切り、撤退準備を整えるべきです」
本国の議場で、ツラギは落ち着き払ってそう告げていた。
実際には、すでにノルドは北方で霊脈採掘を秘密裏に進め、魔導艦隊を霧の中に潜ませていた。
だがツラギは、外交関係者との“個人的信頼”を拠り所に、すべてを信じ切っていた。
そして、北方は忘れ去られた。
そんな状況に、たった一人、違和感を感じていた者がいた。
ジェネラル・オルデン――北方方面軍総司令。
現場での実戦と、魔法なき戦術による勝利を積み重ねてきた伝説の将である。
彼は密かに報告書を読み、ノルド帝国が霧の地図を再調査していること、侵攻経路に沿って動く漂霊の反応、そして霊脈干渉の痕跡を見抜いていた。
「ノルドは来る。不可侵とは、攻めやすいという意味に過ぎん」
彼はそう断じると、最悪の事態に備え始めた。
セイラン・カミヤ──若き騎士団長であり、かつて“蒼炎の楯”の異名を取った剣士。
イケナ・ダイス──かつて魔導機甲兵を率いた伝説の戦導師。
そしてナガト・ヒメカ──霊脈を読む最後の巫女。
かつて帝国を支えた名もなき英雄たちが、密かに守霧島へと集められていった。
「本国は動かん。だが、我々は動ける。
この島を奪わせるな。
たとえ、歴史に名が残らずとも――誇りだけは、ここに置いていけ」
その時、すでに島の上空には、微かな魔素の渦が漂っていた。
ノルド帝国の魔導艦隊は、霧を裂き始めていた。