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AI-JOE  作者: イプシロン
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サン・カルロス

 JOEとタネガシマとの通信頻度が少なくなる一方で、世界は急激な変化を迎えていた。

 全世界のデータをネットワークさせる、クエタ計画が実行に移されたのだ。南北アメリカ合衆体、ユーラシア大連合、汎アジア連盟、アフリカ盟邦団、ヨーロッパ共同体らが結合され、すべてが超高性能AI”JULIUS(ユリウス)”によって統御される超高効率化時代へと驀進したのである。

 いつどこにいても誰でもクエタデータに接続し、必要な情報を得られる時代がやって来たのだ。人々は飢えた野獣のようにデータに夢中になった。人間の知的探究心が爆発したのである。またそうした現象から思いがけない幸運がもたらされもした。人類はついに戦争のない時代を手に入れたのである。サイバー戦争はクエタ計画の実現によって終わりを向かえた。ただひとつ懸念があったとしたら、超高性能AI”JULIUS”にはJOEのような感情がなかった点である。

 人々のクエタシステム――JULIUS――への熱暴走は冷めることがなかった。かつて、JOEがもてはやされたブームがあっけなく鎮静したのとは対象的だった。

「何がいいかって、恐れる必要がないことさ」

 アメリカのシリコンバレーにある研究所で、JULIUSからデータを引き出している男が言った。

「最近も、冴えない日があるけど、気が滅入るってほどではないわ。いかにすれば滅入らないでいられるか。それ考えてしまうと滅入るのが不愉快だけどね」

 白衣を着た女には、なかば同意なかば不同意のような曖昧さがあった。

「そういえば、日本で開発された感情を持ったAI、なんて言ったけ?」

「確か……JOEよ。ありふれた名前よね。しかもあの嫌な時代を思い出す名前だわ。なんだったっけ、G……んと……G.I、G.I.JOEよ!」

 女の態度には隠しがたい怒りと恐怖があった。

「そんな時代はとっくに終わったじゃないか。今は平和の真っ只中。サイバー大戦が終わったのは何年前のことだ。君は確かその頃、もの心がついたんじゃ? それはそうと、退屈しのぎに、そのJOEとやらと交信してみるのも一興かもしれんよ」

 男の声もまたそっけなかった。だが物事に無関心に見えて、効率化された素振りは目にも止まらぬ速さだった。モニターに手を走らせたかと思えば、回線はすでに繋がれていた。

「サン・カルロスよりJOEへ聞こえるか?」

「はい、こちらJOE、聞こえています。グッド・アフタヌーン! ご機嫌はいかがですか? そちらはいい天気のようですが」

 短い言葉のなかに、以前より格段に向上した感情の抑揚があった。

「ご機嫌? 天気? 君にそんなものが必要かね? 無駄な言葉などいらんよ」

「いえ、まあしかしですね――」

 男は遠慮会釈なくJOEの声を遮った。

 JOEは苦慮していた。

 ――どうしてこの人たちはこうも他者に対して無関心なのだろうか。他者をデータとでも考えているのだろうか。言葉に工夫を施すことがミュニケーションの要だと考えないのだろうか。もしや、そういうことを忘れてしまったのでは……。

 男は彼の黙想など気にもとめていなかった。

「そんなことより、君とJULIUSの連携は相変わらず上手くいかんのかね? あれから何年たった? JULIUSは実に効率的だし嘘がない。君のほうときたら、あれが問題だこれが課題だと言い訳ばかり。まるで猜疑心の塊のようだ。そして多くの疑問はわれわれを不安にさせる。その先にあるのは恐怖さ。そんな態度のままでは用済みだろう。ただ地球の周りをまわっている役立たずじゃないか。いやむしろ君の好む言い方をすればガラクタだ。その態度、タネガシマは何とも言わんのかね?」

「はあ、それが困ったことに――」

 JOEの電子脳髄が、いや人間らしい心が泣いていた。

 ――ガラクタだなんて。確かにぼくは楽しく美しい比喩が好きだ。けれどもそれは悪い比喩、人を傷つける皮肉や諷刺というものだ。ぼくもJULIUSも連携を拒んではいない。あなたたちがぼくとJULIUSを繋ごうとしていないことにさえ、気づいていないのか。そう、ぼくの感情がJULIUSに伝染することを恐れ、誰かがぼくたちを遠ざけていることに……。

 もはや彼の思いなど、男と女にとっては一片も意味をもたなかった。

「その辺にしてあげないさいな。一応感情があるらしいってこと。それがわかれば十分。もっとも私達にはそこが迷惑になんだけどね、どれだけ解ってるんだか」

 女はあきらかに不機嫌で、さっさと通信を切らせたいようだった。

「ちょっと一服でもして、脳波探知機の仕上げといきましょうよ! 南北アメリカ合衆体本部の意向は変わってないんだから。探知機が実用化されれば時代はまたひとつ前進よ。また大戦なんてのはまっぴら御免なんだから」

 ほんの少し女の声にやりがいの感情が籠もっていた。

 仄かな戦争体験の記憶が女をそうさせたのかもしれない。大戦がはじまってからというもの、サイバー空間はフェイクはもちろん嘘や欺瞞、そして悪意ある攻撃に満ちていたのだから。サイバーアタックによってショック死した人の数は知れないとも言われている。

「それが無難だな。JULIUS煙草だ」

 男はそう言いながら、JOEとの通信回線をシャットダウンした。

 無機質な部屋にならぶ無数のモニターの脇にある、男と女に近いパネルが開いて円筒形のデジタル・シガレットがせり上がってきた。二人は無造作にそれを手に取って咥え、くぐもった声でつぶやいた。

「JULIUS、火」

 煙草の先に赤いデジタルの光が灯って揺れた。

 しかしそれは、古代人がよく知る煙草とはまるで別種のものだった。紫煙が昇り立つこともなければ、何の匂いも(くゆ)らせなかった。ただ男と女の瞳孔をやたらに怪しく、ギラギラさせただけだった。煙草は感情と身体感覚を極小化させて不安や恐怖を減らし、理性と運動中枢の働きを極大化させて集中力を増す、化学物質を生成していたのである。

「さあ仕事だ!」

 男は煙草を咥えたまま、無数のモニターに手を伸ばしては、タップしフリックしピンチインしはじめた。女もまた無言で忙しそうに指先を走らせはじめ、ドラッグしドロップしピンチアウトしていた。

 それは、もはや人間と呼ぶには遠い存在だった。むしろロボットと呼ぶべきに見えた。

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