出張寿司 まつ 前編
急に、友達の誕生日パーティーの企画を頼まれた、たかし。
寿司好きの自分としては、やるからには本気でやりたい。
そこで目をつけたのが、一風変わった寿司屋――
「出張寿司 まつ」だった。
長くなったので、今回は前編です。
日陰寿司に行ってから、しばらく経ったある日。
大学の同じ学科の たくや から、突然連絡があった。
たくや「なあ、今度たいしの誕生日じゃん。サプライズパーティーやろうぜ」
たかし「そうか……あいつも誕生日か。で、どんなパーティーにするんだ?」
たくや「それをさ、たかしに頼もうと思って」
たかし「俺に?」
たくや「おまえ、寿司めっちゃ好きじゃん。だから、うまい店とか知ってるかなーって思ってさ」
たかし「いやいや、そう言われてもさ。俺、そういう企画とか得意じゃないぞ」
たくや「ま、そういうことで頼んだわ」
一方的に話を進められて、通話は切れた。
——あーあ、頼まれてしまった。
でも、寿司のことなら……少しは、頑張れるかもしれない。そうと決まったからには、店を探さないとだな。早速パソコンを開いて、俺のブックマークに大量に保存されている寿司屋情報サイトを巡る。
老舗の個人店、期間限定の間借り寿司、地方の名店。
自分でも、引くくらい寿司屋ばかりだ。
そんな中で、ひとつだけ、やけに異質な見出しが目に入る。
「新しい寿司屋の形態――出張寿司!その実態に迫る――出張寿司 まつ」
……出張寿司?
思わず、マウスを握る手が止まった
出張寿司ってどういうことだ?長年、寿司屋に行き続けた、俺でも初めて聞く言葉だ。
俺は、食いつく様にサイトを読み進めた。 そうすると、店主の松田さんのインタビューが載っていた。
――Q.なぜ、普通の寿司屋ではなく、出張寿司なのですか?
松田「寿司は店で食うもんだと思われがちだけどさ、人が集まる場所に、寿司が行ってもいいだろ?」
画面越しなのに、その声が、妙に想像できた。
きっと、気取らない口調で、少し笑いながら言うんだろう。 長年の、勘だろうか...なぜか、この人は、信頼出来ると思えた。俺は、店の予約用電話番を入力した、正直予算は、ギリギリだったが、かけてみることにした。
「……」
数回の呼び出し音のあと、すぐに声が返ってくる。
松田「もしもし! こちら、出張寿司 まつです。ご予約ですか?」
予想通りの、気さくで、気取らない声だった。
変に構えた感じがない。
でも、その奥に、ちゃんとした職人の芯があるのが分かる。
——ああ、この人は、きっとうまい寿司を握る。
たかし「はい! 今度の土曜日に、三人前で予約したいんですけど」
松田「おー、三人前か。学生さんだな?」
たかし「え、なんで分かるんですか?」
松田「声でなんとなくな。……誕生日会かな?」
たかし「はい!」
松田「そりゃいいねぇ。楽しみに待っててくれ」
そう言ってから、少しだけ声の調子が変わった。
松田「あとさ。食べたいネタとか、苦手なネタはあるか?」
たしか……たいし、サーモン好きだったよな
たかし「友達がサーモン好きなので、それは入れてほしいです。苦手なネタは、特にないです」
松田「了解。じゃあ、それ前提で組むよ」
返事は即答だった。
松田「時間は、何時ごろがいい?」
たかし「18時から、19時半くらいでお願いします」
松田「OK。じゃあ、場所も教えてもらおうか」
たかし「はい。住所は、東京都――」
住所を伝えると、松田さんは一つ一つ確認するように復唱した。
松田「大丈夫。じゃあ、土曜のその時間に伺うよ」
よし、注文できた! 当日は、少し不安だけど、松田さんなら、やってくれそうだな。
たかし「では、それでよろしくお願いします。」
松田「はい、かしこまり!」
よし、注文が終わった!後は、たくやがたいしを呼んでくれるはず。
――一週間後。
たくや「よぉ(笑)。たかし、ちゃんと準備してくれたか? 明後日はいよいよ本番だな」
たかし「まあな。あとは当日を待つだけだ」
たくや「たいし、その日授業あるらしいからさ。終わり次第、俺がそのまま連行するわ」
たかし「おいおい、連行って言うなよ」
たくや「じゃあ、エスコートな(笑)。とにかく、任せとけ」
たかし「分かった。こっちは松田さん呼んで、準備しとく」
たくや「じゃ、そゆことで」
相変わらず軽い。
でも、その軽さに救われているのも事実だった。
――当日。
17時45分。
予定より少し早く、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
松田「お待たせしました。出張寿司 まつです」
ドアを開けると、予想通りの人物が立っていた。
年季の入った白衣に、柔らかい笑顔。
片手には食材の入った大きな樽。もう一方には、道具の詰まったケース。予想通りだ。
たかし「松田さん、今日はよろしくお願いします」
松田「おう(笑)。期待しとけ。……って言うか、他の友達は?」
たかし「あー、今回はサプライズなんで。本人を呼びに行ってるんですよ」
松田「おぉ〜、それは最高だねぇ」
そう言って、松田さんは部屋を一度見渡す。
松田「じゃあ、その間に準備しちゃおうか」
たかし「はい、お願いします」
松田さんのケースが静かに開く。
中から包丁が一本、また一本と並べられていく。
金属が木のテーブルに触れる、乾いた音。
俺の部屋が、少しずつ寿司屋になっていく。
次に、樽の蓋が開いた。
先行の白身魚。
王道のマグロ。
中盤を盛り上げる、たいし希望のサーモン。
そして、〆の巻き寿司。
あと、ご飯も炊くのも忘れてはいない。
無造作に見えて、すべてに意味がある並びだ。
松田「よし、準備はできた……。あとは、メインゲストを待つだけだな(笑)」
たかし「はい!」
ガチャガチャ――
ついに、ドアが開いた。
たくやの笑い声が先に入ってくる。
たいし「おいおい、どこだここ……。俺、まだ逮捕されるようなことしてねぇぞ?」
たくや「いいから入れって(笑)」
たいしが一歩、部屋に足を踏み入れる。
たいし「えっ……なんでたかしもいるんだよ。
……てか、ここ寿司屋? いや、おまえの家だよな?
……で、誰?」
松田が、軽く会釈する。
その瞬間。
たくや & たかし「誕生日おめでとう!!」
たいし「……は? え、まじ、どゆこと?」
たくや「あー、今日お前、誕生日だろ(笑)」
たいしは、部屋をもう一度見回した。
テーブルの上には、整然と並ぶネタ。
酢の香り。
白衣の職人。
そして、包丁が静かに光っている。
たいし「は(笑)! お前らエグすぎるだろぉ〜」
松田「主役さん? 今日は、いい顔して帰ってもらうよ」
たいし「こんちゃす!」
たかし「ほらほら、座れって(笑)」
たくや「誕生日パーティーの始まりだぜ。今日は特別に飲みまくるぞ!」
たいし「いや、ここ俺の家だからな。あんま騒ぎすぎるなよ」
松田「ほんじゃ、最初の一貫ね」
そう言うと、松田さんは鯛の切り身を取り出した。
白く透き通った身が、部屋の照明をやわらかく反射する。
包丁が入る。無駄のない一太刀。音まできれいだ。
たくや「たかし、急に真剣に見るじゃん」
たかし「いや、これこんな近くで見れることなかなかないぞ」
たいし「寿司オタク出まくってるじゃん」
たくや「でも、出張寿司の醍醐味だよな…」
ネタが整うと、松田さんは道具の詰まったケースから小さな樽を出した。
ふわり、と蓋が開く。そこへ酢を打つ。
次の瞬間——
酢の香りが一気に部屋を包み込んだ。
さっきまでの酒の匂いが、一瞬で押し流される。
そして、握りが始まる。樽からひとつまみの酢飯。手の中で、空気を含ませるように、軽く、しかし確かに形を整える。その上に、鯛。すっとなじませ、指先で一度だけ押さえる。
……完成。
それが、静かにたいしの前に置かれた。
松田「最初は、何もつけないでいってごらん」
たいし「わかりました!」
たいしは、そのまま一口で寿司を口に放り込んだ。
たいし「うわぁ……これ、バカうまい。マジ最高だわ」
たくや「えっ、マジ? 俺も早く食いたい」
松田「すぐ出すから、ちょっと待っててくれ」
それから間もなく、俺たちの前にも同じ握りが置かれた。
たいしがあの反応をするんだ。期待しないわけがない。俺は、ゆっくりと寿司を口に入れる。
……うまい。
思わず息が漏れた。
鯛の上品な甘みが、酢飯と一緒にすっとほどけていく。暴れすぎない。それでいて、確かな存在感がある。初手の一貫としては、完璧なスタートだ。
白身のさっぱりとした鯛が、これから続く寿司のために、俺たちの口を整えてくれている。
たくや「うまっ(笑)。たかし、マジでおまえに頼んでよかったわ」
そう言われて、少しだけ照れくさくなる。
たいし「松田さん! 最高でした! 次、俺たちに何出してくれるんですか?」
松田「次は、王道のマグロといこうか」
たいし「うぉー、やった! マグロだ! 松田さん、オナシャス!」
松田「任せとけ。……あとさ、マグロに関する面白い話があるんだ」
たくや「えっ、なになに? 知りたい(笑)」
松田「実はマグロって、握り寿司ができた江戸時代には、王道のネタじゃなかったんだよ」
たいし「えっ、マジで!? なんでなんで?」
たかし「たしか、脂が多くて、当時の江戸の人の口には合わなかったんですよね」
松田「おー、君よく知ってるね(笑)」
たくや「こいつ、寿司オタクなんです」
松田「おぉ、そうか。寿司に興味持ってくれる若者がいるのは嬉しいねぇ」
松田「……なんて話してる間に、できたよ」
たいし「うぉー! 待ってました!」
そして、俺たちの前にマグロが置かれた。右から、小トロ、中トロ、そして最後に大トロ。さすが、現代の寿司の王道だ。赤みがかった身が、照明の下で静かに光っている。その並びだけで、圧倒的な存在感がある。もし俺が江戸時代にタイムスリップしても、きっとこの魚を見たら食べていたに違いない。
松田「小トロから食べると、最後の大トロの旨味をもっと感じられるぞ」
たいし「じゃあ、小トロから……」
たいし「うん、美味しい!」
たいし「次、中トロ……お、さっきより味が濃い!」
たいし「最後に大トロ……うぉ、めっちゃ旨い!」
たくや「たいし、一気に食べすぎだろ(笑)」
たいしは、満足そうに息をついた。さっきまでの騒がしさが、少しだけ静かになる。
松田「まだまだあるぞ。今日は主役の誕生日だからな」
たいし「え、まだ出てくるの!? マジで最高じゃん!」
松田さんは、次のネタを静かに取り出した。
……まだ、この夜は始まったばかりだ。




