日陰寿司
寿司の杜に前回訪れた、たけし。今回は、日陰寿司を訪れた。
寿司は、海だけのものじゃない。
これは、山の奥で出会った、少し静かな寿司の話。
寿司の杜に行ってから二週間がたった。
少し前は、一ヶ月に一度程だったが最近は、二週間に一度ほど寿司屋に行くことにしている。そのせいでかなり金欠だ。でも寿司屋に行く。寿司が大好きだから。今日行く寿司屋は、日陰寿司。その寿司屋は、大学の友達から教えてもらったんだがその友達によると長野県の山奥にあり店主一人でやっているらしい。この前行った寿司の杜とは、また別の系統だ。とてもワクワクしてきた。そんなことを考えながら新幹線に乗り東京から長野県に向かう。そこからバスに乗り最寄りのバス停で降りた。最寄りといっても、行ってもここから歩いて1時間程かかる。本当に秘境にある感じだ。山道を歩くこと40分。杉木立ちの間から古い民家が見えてきた。看板もない。ただ軒先に「寿司」と書かれた小さな暖簾が風に揺れている。周りには人家も少なく、ここで商売が成り立つのかと不思議に思いながら戸を開けた。中は意外にも清潔で、きちんと整えられた8席ほどのカウンターがある。
「いらっしゃい」
「こんにちは!」
髭面の初老の男性が奥から現れた。店主の山田さんだ。その手には採れたての山菜が。
山田「今朝採ってきたばかりだよ。これと地魚で一品作るから、ちょっと待っていな」
たかし「分かりました」
都会の寿司屋では決して出会えない光景に、思わず目を見張った。カウンターに座ると、目の前の生簀に地元の川魚が泳いでいる。壁には手書きのメニュー。「本日の地魚 時価」「山菜の天ぷら」など、普通の寿司屋では見かけない品書きが並ぶ。周りを見渡すと、俺以外に5人ほどのお客さんがいて店内は少し混んでいた。みんな寿司通の風格があるような方たちだった。他のお客さんは「山菜コース」を注文していた。寿司以外の一品も食べたかったので「山菜コース」を注文する事にした。
たかし「おまかせコースをお願いします」
山田「ああ、じゃあ山菜コースで良いかな?
今日は朝獲れの岩魚がいい感じだよ」
山田「川魚は三種の味で楽しめるようになっているよ」
たかし「楽しみです」
注文が終わった。オープンキッチンで山田さんが丁寧に調理しているのが見える。特に包丁捌きがすごい、骨が細かい川魚を素早く正確に下ろしていく。プロの技だ。しばらくして川魚の三種もり寿司がカウンターの前に置かれた。
山田「どうぞ」
たかし「ありがとうございます」
早速味わっていこう。 岩魚、ニジマス、山女魚それぞれ生、炙りの調理方法で6貫提供された。まずは、岩魚から食べていこう。生の岩魚を口にいれると川の清流のような爽やかさが広がった。これが新鮮な岩魚か。うますぎる、都会の居酒屋で食べたことがあるが、比べものにならないくらいおいしい。
たかし「なぜここまで味が爽やか何ですか?」
山田「川魚は、新鮮さが命なんだよ、朝取れたものだから凄く繊細でうまい」
たかし「参考になります!」
次は炙りを食べよう。見た目は炭火で焼いているので外側は少し焼き跡がついていて香ばしい見た目だった。口にいれると外側はパリッとした食感で見た目どおり香ばしかった、内側は、炭火の風味が届いているが柔らかい味わいで外側とのコントラストがとてもいい。岩魚は、生でも炙りでもとても美味しい味わいだった。
次は、ニジマスを口に入れる。 その瞬間、川魚とは、思えない濃厚な脂がじんわり舌に溶けて、旨味が広がる。 炙りは、さらにインパクトが凄く、炭火の香りが脂に溶け込む。噛めば噛むほどに甘さが立ち上る! そのまま、お茶を流し込み、次は、最後の山女魚に挑む。 見た目からして、身が引き締まっていて、どこか、凛とした佇まいだ。 口に入れると、さっきのニジマスとは、打って変わって驚くほど澄んだ味わいと旨味だった。 炙りにすると、香ばしさが加わるが、決して前に出すぎない味だ。 ニジマスが「陽」なら山女魚は「陰」だ。
あぁーこれが、「山の寿司か」最高だ(笑) 一般的な、海の魚と比べ個性的なメンツだったな。
山田「どうだ、うまかったか?」
たかし「いやー、もう最高でしたよ」
山田「そうか、川魚ってのはね、全部同じに見えるけど、ちゃんと性格があるんだ」
そう言って、生簀の方に目をやる。
山田「日向の流れで育つ魚もいれば、日陰の岩陰でじっとしてる魚もいる。味も、ちゃんとそれが出る」
俺は、さっきの二貫を思い出していた。
山田「派手な魚は分かりやすくうまい。でもな、静かな魚は、分かる人にしか分からない」
そう言って、山田さんは小さく笑った。
山田「だからさ、ここは日陰寿司でいいんだよ」
そうか、そういうことだったのか。
俺は、食べ終えると、勘定を済ませ、戸を開けると、ひんやりとした山の空気が流れ込んできた。
すでに日は傾き、杉木立の影が長く伸びている。
山田「気をつけて帰りな」
背中越しに山田さんの声がかかる。
振り返ると、さっきまでと変わらない穏やかな表情で、こちらを見ていた。
たかし「ごちそうさまでした」
戸を閉めると、店の中の気配はすっと山に溶けていった。
看板のない民家と、小さな「寿司」の暖簾だけが、そこに残っている。
山道を歩き出す。
腹は満たされているはずなのに、不思議と身体は軽かった。
ニジマスの力強さと、山女魚の静けさが、まだ舌の奥に残っている。
しばらく歩くと、店はもう杉木立の向こうに隠れてしまった。
振り返っても、そこにはただ、日陰の山道が続いているだけだった。
やっぱり、個人店は、店主との会話と、その場でしか出会えない味が一番の魅力だ。




