その出撃ちょっと待った。
『最上の勇気を誇る我こそはという者
王家の後継と共に魔の者を排除せよ』
世界中にその布告がなされてからというもの、賞金や名誉をその手にするため、各地から冒険者が集まった。
しかし、その中に真の勇者として選び抜かれる者は無く、長く王国は外来の魔族の侵攻に脅かされていた。
そんな世界で、彼女は言った。
「私が行こうかなぁ。」
「ちょっと待った。それはないな。うん。」
という僕の制止も虚しく、彼女はあの布告に背を押されるように、戦地へ旅立つことを決めたのだった。
なんでだ…。
彼女は誰が見ても文句無しに村一番の勇気ある者だ。村の仲間を守る為ならどんな敵にも立ち向かう。
村の発展の為ならどんなに危険なクエストも挑んで来たし、スカート丈もギリギリを攻めてくるし、寒さに屈してジャージを履いたりもしない。
どんな事でも器用に出来るし、喧嘩も強い。あと可愛い。
伝説によると、過去に外界からの侵略者を排除した一団は、力と知恵と勇気を兼ね備えていたという。
知恵のある姫君が、力ある軍勢を率いて戦うのに、あとは彼女の勇気ある行動力が加われば、確かに戦争は勝ったも同然だろう。
だが断る。
僕は彼女のことを、あの長い三つ編みが、まだ肩に届くかという長さだった頃から知っている。
つまり二年くらい前から好きだ。
僕は彼女が村を出て戦地に向かうことにずっと反対している。のにそれを伝えられないでいる。
なんでだ…。(2回目)
行かないで。危険な目に遭わせるわけにいかない。離れたくない。
遠距離になっても覚えていてもらう自信が無い…。そもそもまだ付き合ってない…。
みたいな事を言おうとして、いつも肝心な時に言葉が引っ込んで出てこないから。
何も言えないまま彼女の出発が決まり、仲間達も別れを惜しみながら、その背を押し、何も言えないまま壮行会も終わり、何も言えないまま村人達に見送られ、
そして何も言えないまま僕は、街へ向かう彼女と共に荷物をまとめて自分も森の中を歩いているのだった…。
「なんでだよッ!(セルフツッコミ)」
あぁ…。自分の回想に自分でツッコんでしまった虚しい…。相当病んでるなこれは。
「どうしたの? 大丈夫?」
二つの長い三つ編みをピコピコさせて、ミニスカートの可愛い彼女が振り返る。
旅の荷物を入れたスクールバックを背負っている。不思議そうにこちらを見つめる丸い瞳。
パチパチと瞬きする。
「ああ、ごめん。なんでもない。」
「そう?」
彼女の視線は尚もこちらに向いたまま。僕も彼女から目を離せないので、二人して互いに顔を見ながらダラダラ歩く。
「私、王国を守る為にお姫様と一緒に戦いたいんだ。最上の勇気ある者に、立候補しようと思ってる。そう言ったでしょ?」
「うん。言ってたね。」
「君は無理について来なくていいんだよ?」
「う、うん…。そうだろうね。」
そこは嘘でも一緒だと心強いね的な事を言って欲しかったけどこのマジレス。
僕は彼女を止める言葉をずっと探している。
午後の高い太陽が射し込む森の中。静寂の中で時折、小鳥が歌っている。
なんでこうなったんだ…。
足下は茶色い土に小石の混ざっている、踏み固められた舗装の無い道。この小道を進むとやがて大きな道にぶつかり、森を抜けて街へ出る。
その街では、この国の王様が勇気ある者を集う為の窓口が開かれていて、彼女はそこで出会った役人と恋に落ちて、急に付き合い出して、手繋ぎデートして、観覧車とかアヒルボートとかめっちゃ乗るんだろうな…。はぁ…。
そして僕は彼女の彼氏じゃない人生を生きる羽目になる…に決まってる…はぁ…。
いやいやいや。妄想で挫けるなよ。
「でも君はすごいね。私も絶対に勇気ある者に選ばれるぞって、気合入れてたんだけど。でも、きっと選ばれるのは君なんだろうな。」
何気ない会話のように、彼女がそんなことを口にした。
僕は彼女に「行かないで」と、ただ一言伝える為のタイミングをずっと窺っている。
「だって、みんなは私を送り出すだけで、誰も一緒に旅立つことは無かったのに。君はどんな時でも何故か私の隣に居てくれて、こうして戦地にまでついて来てくれる。」
今か?
今じゃないかな?
「それって、どうしてなんだろう…。でも、この先に何が待ち受けているかわからない状況でも、当たり前のことのように、『いつも通り』を無くさないでいてくれる。それが温かいの。」
あっ今か?
でも、うーん。今なのか?
「うん。やっぱりそれって、すごく勇気のあることだと思うよ。」
行かないでって、ただ一言、それを言うだけだ。
今なら間に合う。よし、ここで!いけ!
「一緒に来てくれて、ありがとう。」
可憐な花が道端に顔を覗かせるように、彼女の笑顔が飛び込んで来た。
勇気を出すなら今しかない。今気がついた。勇気って、作り出すことは出来ないので、持ち前の物を出す他ないのだ。行かないでって。
行かないで。だ。
言え!
「君が好きです!(クソデカボイス)」
「えっ。」
「えっ!? あれっ!?」
言った本人が驚く。
「ねぇ、今のって…」
全力を振り切った結果、発言を間違えた。
いや、なんかこの流れで「行かないで」は変かなって思って。
急に方向性を変えようとして、しくじった。恋愛の素人にそんな技量は無かったわ。
心臓が、凍りつくー…。
「ご、ごめん!今のはナシ! いや、アリ寄りのナシっていうか…、別の事を先に言うはずだったっていうか…!」
慌てて顔の前で手を振り後退する。内臓が暴発しそうだ。顔が焼け付くように熱い。
しかし混沌とした僕の前で彼女はやや俯き、神妙な面持ちで赤く頬を染めたのだった。
そして、上目遣いに僕を見上げる。その表情は、不意を突かれてくやしがる子供のような顔だった。
「ずるい…。君って、ホントに勇気のあるひとだね。」
僕が何度も死にかける冒険は、ここから始まったんだ。