2.やる気出さんかいオラァ
「ふん、なんとも平凡な娘ですこと。ありふれた茶色の髪と瞳。いかに平民とはいえ、華も何もありはしないわね」
眉間に思いっきりシワを寄せ、扇子で口元を隠した貴婦人が言い放った。ダレル様のお母様、ナタリア様である。
無事に契約書を交わし、次にダレル様がしたのはナタリア様に私を紹介することだった。
豪華なダレル様の部屋を出て、階段を上がって下がって長い廊下を突き進み、振り返りもしないダレル様の背中を必死で追った。貴族様のお屋敷ってとんでもなく広いんだな……。これからここに住むのなら、まず地図作りから始めるべきかもしれない。
なんてことを考えながら辿り着いたナタリア様の部屋で、開口一番に言われた台詞がこれだった。
ダレル様が不快そうに眉を跳ね上げる。
「おや、聞き捨てなりませんね母上」
(おっ、かばってくれるの?)
早速、溺愛演技開始なのだろうか。
わくわくして見物する私を、ダレル様は自信たっぷりに振り返った。
「この平々凡々な容姿だからこそ良いのではありませんか。やましい心当たりの多すぎる父のこと、きっと該当する茶髪の相手など幾人もいるはずです。まして十年以上も昔の話ですから、記憶も曖昧になっているに違いありません」
「まあ。確かにそうだわね!」
ナタリア様が顔をほころばせた。っておいおい、ちょっと待て!?
「あ、あのう。質問しても、よろしいでしょうか……?」
「よろしい。質問を許可します」
挙手する私に、ナタリア様がふんぞり返って頷いた。
「ナタリア様も、『契約妹』の話を知ってるんですか?」
「無論ですとも。ただし屋敷で知るのはわたくしとダレルの二人のみですから、言動には充分注意するように」
「は、はい。……でもあの、ナタリア様はそれでいいんですか?」
息子が断固結婚しないと言っているのに。
まして、どこの馬の骨ともわからない娘を伯爵家に入れるのだ。普通だったら怒り心頭に発してもおかしくない。
私の疑問に、ナタリア様は疲れたようにため息をついた。
「全くよくはありませんが、仕方ないでしょう。無理やり愛のない結婚をさせたところで、わたくしのように不幸な女が一人増えるだけですもの」
「…………」
「しばし様子を見れば状況が変わるかもしれませんから、今はダレルの好きにさせようと決めましたの。伯爵家の跡取りは、いざとなれば親戚筋から養子を取ればいい話ですし」
しんみりと告げるナタリア様に、私もつられて神妙な顔になる。そっか、ナタリア様って息子さん思いなんだなぁ。貴族様ってもっと淡々とした親子関係なんだと勘違いしてたよ。
重い空気を取り払うように、ナタリア様はさばさばと顔を上げた。
「ま、そんなわけですから、わたくしはあなたに辛く当たりますわよ。隠し子だの契約妹だのは置いても、品位ある我が屋敷に赤の他人が居座るなど不愉快ですからね。……さ、理解できたのなら早く退出なさい。目障りですわ」
「はっ、はいはい! ただ今!」
「はい、は一回!」
鋭く叱責されつつ、ダレル様とともに部屋を後にする。
次はどうしますか、と尋ねようとした時には、ダレル様はさっさと歩き出していた。
「ダレル様っ?」
「随分と時間を無駄にしてしまいました。わたしはこれから明日の夜まで研究所にこもりますので、あなたは好きに過ごしなさい。部屋はわたしの隣に用意させてあります。ああ、そのみすぼらしい服も用意させたドレスに替えておくように」
振り返りもしないままに告げられた言葉に、むらむら腹が立ってくる。
考える間もなく走り出し、去りゆくダレル様の背中に勢いよく体当たりをかました。
「ぐえっ!? な、何をっ」
「ダレル様……いいえ、お兄様?」
私はにっこり微笑んで、ぎょっとするダレル様の襟首をひね上げる。
「今日迎え入れたばかりの可愛い妹を、慣れない環境に放って出ていくですって……? お兄様ってば、本気で私を溺愛する気あるんですか……?」
「は、はい?」
「やる気あんのかって聞いてるんですよ! ダレル様がそんなダメダメ演技なら、私がどんなにがんばったところで『契約妹』成り立たないじゃないですか! そんなの困るっ、せっかく手に入れた楽ちんお仕事なのに〜!!」
ぐいぐい揺さぶれば、ダレル様は「わかった、わかりましたっ!」と早々に白旗をあげた。根性ねぇな。
私の手を振りほどき、息を荒げながら乱れてしまった服を直す。
「屋敷の中を一通り案内して、最後には部屋に送り届けます! 今夜は夕食も一緒に取りましょう、これでよろしいですか!?」
「ドレスの着方も全然わかんないんですけど」
「それはメイドに手伝ってもらいなさいっ!」
ダレル様が顔を赤くした。