最終話.幸せにしてみせます!
「あっはははは! それでそれで、どうなったの!?」
「どうもこうもないですよ……」
腹を抱えて爆笑するエドワードさんに、私はがっくりと肩を落とした。
パーティ翌日、魔導研究所の中庭にて。
ダレル様に昼食を差し入れに来た私は、まだ時間が早かったこともあってここで一人で休憩していた。
ベンチに座って物思いにふけっていたら、エドワードさんが様子を見に来てくれたのだ。ただならぬ雰囲気の私が研究室の窓から見えて、何事かと心配してくれたらしい。
それで彼に昨夜の出来事を説明していたのだけれど――……
「笑い事じゃないんですってば。ダレル様、たった一晩で評判が地に落ちちゃったんですよ?」
今の今まで実の妹だと信じきっていた相手に、実は血の繋がりがなかったと知った瞬間に即プロポーズしたやべー奴。
完全無欠の天才魔道技士、ダレル・ハイラントの衝撃的な真の姿。
噂は電光石火で社交界を駆け巡った。というか、今現在も駆け巡っている最中であると思われる。
「いやいや、いいじゃん別に。今まで完璧すぎて可愛げがなかった分、むしろ人間味が出てきたってもんだよ。というか、ダレル本人は噂なんて気にしちゃいないだろ?」
「そうなんですけど、でもダレル様は本当にこれでよかったのかなって。私と契約結婚なんかして、いつか本当に好きな人ができたらどうするつもりなんでしょう……」
というか、今も本当はいるんじゃないの? 好きな人。
ダレル様とエドワードさんの会話を盗み聞きしたとは言えなくて、私はごにょごにょと語尾をにごす。
契約妹とは違って、契約結婚は後戻りが難しいと思うのだ。嘘を本気にして、大喜びしているお義母様とアレックス様にも申し訳ない。
しょんぼりする私に、なぜか途端にエドワードさんが慌て出した。
「は!? いやいや待ってリリーちゃん、君は一体何を言って」
「リリー! あのプロポーズを、契約結婚の申し出だと思っていたのですか!?」
愕然とした声が聞こえ、私とエドワードさんは同時に振り向いた。
背後には険しい顔をしたダレル様が立ち尽くしている。
「ダレル様。お腹が減って迎えに来てくれたんですか?」
「違いますっ。そうではなくて、プロポーズの話です!」
大股で歩み寄り、荒々しく私の手を取った。
包み込むようにぎゅっと握り締め、昨夜と同じ真摯な眼差しを私に向ける。
「伝わっていなかったのなら、改めてもう一度言います」
「なあダレル、オレ退散した方がいい?」
「好きです、リリー。わたしと結婚してください」
一息に告げられ、私は目を丸くして彼を見返した。
脳内でうまく繋がらない。ダレル様の好きな人って……私のこと?
ぐるぐる混乱して、どう返事すべきかわからなくて、私はただ硬直してしまった。
ダレル様は私の様子をじっと注意深く観察すると、ややあってふっと苦笑した。
「すみません、少々性急でしたね。わたしの気持ちは変わりませんから、ゆっくりと考えてみてください。リリーはリリーのペースで、焦る必要はありません」
「で、でもっ。一応私、昨日のプロポーズを受けたカタチになっちゃってるし。お義母様もアレックス様も、すっごく張り切っちゃってるし……」
ダレル様の言葉がようやく浸透し、今になって恥ずかしくなってきた。
顔を赤くしてもじもじと呟けば、ダレル様も少し考え込む表情になった。が、すぐに明るく手を打つ。
「ならばさしあたっては、結婚ではなく『契約婚約』ということでいかがですか? 報酬等の雇用条件は、契約妹の時と同じということで」
「ケイヤクコンヤク」
なんか舌噛みそう。
悩んでいたら、後ろで面白そうに見物していたエドワードさんまで加勢してくる。
「おおっ、いいじゃんそれ。花嫁修業期間とかいくらでも言い様はあるし、どの道ほとぼりが冷めるのを待った方がいいだろうし」
ほとぼり。なるほど。
(そうだよね……。妹にいきなりプロポーズした挙げ句、性急に結婚したらダレル様はますますやべー奴認定されちゃう)
というか、この汚名はいつか返上できるのだろうか。
二度と名誉回復しなかったらどうしよう。ダレル様と結婚したいなんて思う奇特な女性は、今後誰も現れないかもしれない。
大変だ、そうなったらダレル様は一生一人きりになってしまう!
「――わっかりました! ダレル様!」
みるみる迷いが晴れていき、私は力の限りダレル様の手を握り返した。
「私、あなたと結婚します! ダレル様を変態として世に知らしめてしまった責任は、私がしっかり取らせていただきますから!」
「はあッ!?」
「大丈夫ですよ、安心して私に任せてください。絶対絶対、私がダレル様を幸せにしてみせます!」
熱っぽく見上げ、自信満々で宣言した。
これまで通りダレル様の魔導研究所のお仕事だって手伝うし、お義母様とアレックス様のことだって任せて任せて。老後の面倒も何もかも、ばばーんと全部まとめて私が見てさしあげます!
「いやリリー、ちょっと待っ」
「もう、今になって何を躊躇してるんですか! 婚約期間も早く決めちゃいましょうよ、一週間、それとも二週間?」
「人の噂も七十五日っていうし、もう少し待った方がいいって絶対。てなわけで、三ヶ月くらいが妥当じゃね?」
「ああもう、人の話を聞いてください二人共っ!!」
この期に及んで往生際の悪いダレル様を交え、喧々諤々と議論した結果、婚約期間は一年と決定した。ちょっと長くない?
(……けどまあ、仕方ないか)
ため息をひとつつき、しかつめらしくダレル様に言い聞かせる。
「私はちゃんと待っててあげますから、一年のうちにきっちり覚悟を決めてくださいね? ダレル様」
「いやですから、一年というのはわたしではなくあなたのための期間で……。いえもう何でもいいです……」
ダレル様が頭を抱え込んだ。繊細なんだからもう。
――こうしてこの日から一年間、私とダレル様は婚約期間をもうけたのであった。
その間も私は変わらずハイラント伯爵家で自由に過ごし、ダレル様だけではなくお義母様、そしてアレックス様……ではなくお義父様ともますます親交を深めた。
お義父様の浮気癖はすっかり鳴りを潜め、最近ではこちらが照れてしまうぐらいお義母様と仲睦まじい。
驚いたことに、あの日血縁鑑定の魔道具から響いてきた歌声はお義父様のものであったらしい。お義父様は昔から歌がお上手で、ダレル様が何に使うかも教えず歌ってもらったそうなのだ。
そのお陰でお義母様はお義父様と出会った頃のときめきを思い出し、二人はまるで新婚さんのよう。
「いいなぁ。私達もあんな夫婦になりましょうね」
羨ましく眺めながらダレル様の手を引いたら、ダレル様がぎょっとした。
「わたしは絶対に浮気なんかしませんよ!?」
「当たり前です。したら張っ倒しますよ」
首を絞める真似をする。
ダレル様が大仰に苦しがる振りをして、お義母様とお義父様がにやにやしてはやし立てた。
――こんな感じでハイラント伯爵家は、今日もみんな仲良く平和なのでした。
めでたしめでたし。
「ところで、ダレル様。ファンファーレの場合はどんな音が鳴ったんですか?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれました。パンパカパーン! ポンポコポーン! ピンポンピンプォ〜ンッ!ですよ」
「改良した意味とは」




