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12.初めての夜会へ

 そうして迎えた、パーティ当日。


 ダレル様とアレックス様は品の良い黒の礼服を、そして私とお義母様はドレスと髪飾りで華やかに着飾って、いざ出陣の準備が完了した。

 ハイラント伯爵家全員で円陣を組み、真剣な眼差しを交わし合う。


「よろしいですこと? 本日のわたくし達は、単なる脇役その一からその四。ただただ気配を消して壁の花に徹するのですよ」


「わかっているとも、ナタリア。侯爵の策略にはまってなるものか」


「大丈夫、あらゆるケースは想定済みです。ともかく個別攻撃を警戒し、四人で固まり決して離れぬよう注意しましょう」


「そして頃合いになったら私の出番!『そろそろ帰りたいですぅ〜』ってぐずぐず泣き真似しますので!」


 最終確認を終え、深く頷き合った。よっしゃ、行くぞ〜!


 ご武運を!とお屋敷の使用人さん一同から見送られ、馬車でフォレット侯爵家へと向かう。

 辿り着いたのはお城と見紛うばかりの、白亜の美しいお屋敷だった。きらびやかな廊下を抜けて、さっそく大広間へと案内される。


 ほどなくして主催者であるフォレット侯爵が登場し、私にとって生まれて初めての夜会が始まった。


「さ、さすがに場違いすぎて緊張してきました……」


 ジュースの入ったグラスを持つ手が、小刻みに震える。

 ダレル様にこっそりささやきかけると、ダレル様はふっと微笑んだ。


「場違いだなんてことはありませんよ。あなたの今日の装いは……、その、この場にとても相応しく……」


「自信を持ちなさいリリーちゃん。軽やかなピンクのドレスに、髪を飾る花のかんざし。今の君はまるで、絵本の中から抜け出してきた可憐な妖精さんのようだ」


 アレックス様が熱い眼差しを私に向ける。ええっ、そうかなそうかな? 本当に?


 年を重ねたとはいえ、多重浮気男アレックス様の美貌は健在だった。すらりとした礼服もよく彼に似合っていて、いつもより五割増で誠実そうに見える。


 思わずはにかんでいると、なぜかダレル様が絶望的な顔をした。お義母様がギッとアレックス様を睨みつける。


「旦那様。リリーはあなたにではなくダレルに尋ねたのですよ」


「何を拗ねているのだね、ナタリア? もちろん今日の君もとても素敵だとも。それにリリーちゃんのこのドレスは、君とわたしが初めて会った夜会で着ていたものだろう? そう、あの日の君もまた妖精のようだった――……」


「ひぇっ? だ、旦那様まさか覚えて……!?」


 お義母様が一気に赤くなる。

 ふぅん、ふぅん。そうなんだ〜。


「お義母様、私そのお話詳しく聞きたいですー!」


「も、もうリリーったら。お義母様をからかうものじゃなくってよ!」


「ふふふ、帰ったらゆっくり話してあげるとも」


「…………」


 ダレル様ががっくりとうなだれた。

 虚ろな目で壁を眺め出したので、私は慌てて彼の腕を引く。こらこら、まだ気配を消すには早いですよ! まずは侯爵様に挨拶しなくちゃいけないんだから。


 ……なんて、内輪で騒いでいたら。


「――これはこれは、ようこそおいでくださいましたな! アレックス殿、ナタリア殿。おお、それにダレル殿まで!」


 親しげに名を呼んで笑いかけるのは、今日の主役であるフォレット侯爵。ぎらぎらと装飾の施された礼服は、ちょっと大分……趣味が悪い、ような気が。金遣いが荒いのって、もしや遺伝だったりする?


 私達はすばやく目配せし合って、ささっと固まった。全員でにっこりと営業スマイルを浮かべる。


「本日はこのような場にお招きくださって、誠にありがとうございます」


「お誕生日を心からお祝い申し上げますわ。ささやかながらお祝いの品もご用意いたしましたので、お受け取りいただけると嬉しく存じますわ」


「魔導研究所で手掛けた最新の魔導具なのですよ。口元に当てて喋れば声の大きさを増幅する、まさに今日のようなパーティにぴったりの一品です」


 アレックス様とお義母様、そしてダレル様が如才なく告げる。

 フォレット侯爵もにこにこ上機嫌だ。プレゼントされた魔導具を大仰に褒めそやし、早速今日使ってみようと声を弾ませた。終始和やかな会話を、私は控えめに微笑み静観する。


「……ところで、ダレル殿。噂の妹御を紹介してくれるかね?」


 ――来た!


 フォレット侯爵の意味ありげな視線に、私はぴっと背筋を伸ばした。さりげなく聞き耳を立てていた周囲の人々も、一斉に私に注目する。


「ああ、失礼いたしました。何ぶん妹はまだ養女に迎えたばかりで、このような場に慣れておりませんもので」


 ダレル様は苦笑すると、優しく私をうながした。

 私はガチガチに緊張した……振りをして、ぎくしゃくとドレスをつまんで礼を取る。


「は、ははは……はじっはじめ、まして。わ、わたし、わたくし、リ、リリーと申し、ます」


 何度もどもりながら、消え入るような声で挨拶した。

 カタカタと小刻みに震えながら顔を上げ、フォレット侯爵を見つめる。その顔に私を小馬鹿にするような色を感じ取って、私はぶわっと一気に涙を浮かべた。


「んなっ? い、いやリリー殿っ!?」


 慌てふためく侯爵の前に、すかさずお義母様とアレックス様、ダレル様の三人が躍り出る。


「まあリリー、侯爵様はお優しいお方なのよ! そのように緊張するものじゃありませんわ!」


「おおっこれは申し訳ございません! 我が娘が大変失礼をいたしましてっ」


「お許しくださいませ。リリーには後でよく言って聞かせますので」


 三人で立て板に水とまくし立てた。

 周囲の目が冷ややかなものへと変わり、フォレット侯爵は「いやいや」「そんなそんな」とおろおろする。よしよし。


 さあ、ここまでは計画通り。

 後はアレックス様が「娘を落ち着かせるため、外の空気に当たりに行きます」と断って、家族全員でバルコニーへ避難すれば――……


「お父様。わたくしもハイラント伯爵家の皆様にご挨拶差し上げたいですわ」


 勝利を確信したその瞬間、凛とした美しい声が割って入った。

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