表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲニウスの天恵~Genius' blessing~  作者: shiki.tea
第一章 新星《ニュービー》~天恵祭編~
4/5

波動の天恵《ギフト》

「やあ少年、起きたかい?これから君はこの僕と、命を賭けた楽しいゲームをしてもらうよ?」

「……は?」

 提灯の灯る怪しげな部屋の中で、首に包帯を巻き、左側頭部に天狗の仮面を着けた男が俺に話しかけてくる。

 この意味不明な状況から抜け出そうと俺は身をよじった。だが、体は椅子に縄で固定されて動けそうにない。

「無駄だよ、少年。君は逃げられないんだからさ。さて、始めようか……」

 言いながら男はゆっくりと歩み寄ってくる。俺は恐怖で焦るままにガタガタと椅子を揺らし、踠く。

(どうしてこんなことに……!)


 ―◇◇◇◇◇◇◇◇―


 遡ること一週間前、自宅にて。

 俺はある人を前に緊張で縮こまっていた。

「どうぞ、緑茶です」

 母がそのお客人に緑茶を渡す。それをその人物は有り難く手に取る。特徴的な見た目だった。切れ長だが、美しい睫毛に彩られた目。アイラインと口紅は、扇情的で、情熱的な朱色。長い金髪を後ろに流し、肩を見せるように、髪と同じような、山吹色の着物は、緩く着こなされているが、帯だけは黒く、彼女の美しさを強調しているようだった。全体的に妖艶な雰囲気を漂わせながら、その姿から、何か心の芯の強さを感じた。

「すまないのう、澄美。いきなり押し掛けたりして。どうしてもお主と話したかったのじゃ」

 そう言って、客人である女性は、母に笑いかけた。

「いえいえとんでもありません、稲荷様!寧ろそのお顔を拝めただけでも有り難い幸せです!」

「本当に久々じゃのう。ギフテッドスクール以来か?まさか、その少年の母親がお主だったとは」

 そう、この人物こそ、扶桑のギフテッドスクールに所属する六聖帝が一人、【妖狐=稲荷】の仮面を着けていない姿である。そして俺の母は、扶桑のギフテッドスクール出身だ。一応の面識はあるようだ。

 前回の『アポフィス』幹部直属の部下の一人、女郎蜘蛛が起こした無差別テロの、人質奪還において、思わぬ働きを見せた俺は、その後、援軍で来ていたギフテッドスクール生徒の一人、赤荻に呼び止められ、稲荷と謁見する羽目になった。その時に、母親とも一緒に話して、どうにかして俺を入れられないか、という話になり、今に至る。俺としては入れるのであれば喜んで受けたいが……

 母は深呼吸し、意を決したように稲荷に喋りかける。

「颯のほうから、大体の話を聞いております。稲荷様、どう言った訳で、私の息子を、ギフテッドスクールに入れようと言うのでしょうか?」

「妾からの直接の推薦じゃ。あの頭の固い教頭を説得し、颯、と言ったか?お主をギフテッドスクールに入れさせる」

「私が懸念しているのはそのような事ではなく……」

 母はちらっと俺を見ながら言う。

「私の息子は無能力者のはずなのですが」

 まあ、言いたい事は分かる。俺は無能力者だ。少なくとも昨日まではそうだった。

 昨日、俺の使った力の正体は分からないが、その力のおかげで、こうして俺が生きて帰ることができ、また、六聖帝本人から推薦されようとしている。何も知らないし、見ていない母からすれば意味の分からない事だろう。

 だが、あのテロの時、一部始終を見ていたという稲荷にとっては、母からのカミングアウトは、これまた不可解だ。案の定、首を捻る。

「ん?この少年が無能力者?天恵は遺伝しないとはいわれるが、あの時妾は確かに……」

 このままでは話が儘ならない。俺はそう思い、思いきって母にまだ言ってない事を話す。

「母さん、言ってなくてごめん!実はテロに会った時に何か、俺にもよく説明できないんだけど、天恵じみた何かが出てきて……。」

「そうじゃぞ、妾も見ていたぞ。捕食者の頭を弾き飛ばしておった。あれは痛快じゃったな」

 稲荷が俺に便乗する。微笑みながら話す稲荷と違い、母のみるみる顔が青ざめていく。

「り、颯、大丈夫なの!?体はなんともない!?なにか痛むところとかは?」

 突然肩を掴み、捲し立てる母の様子を見て、俺はしどろもどろになりながら答える。

「う、うん、全然大丈夫。一回腰打って、ちょっと痛かったくらい……。どうしたの?母さん」

 俺の問いかけに母はハッとした表情になって、一瞬目をそらしたが、すぐ微笑んだ。

「……大丈夫よ。ちょっと心配になったのよ。ほら、天恵が降りた時は成長痛みたいになるって聞いたことあるでしょう?」

「そっか……」

 その理由に納得した。目をそらしたのは引っ掛かるが……。

「して、どうするのじゃ?澄美、それに颯。妾も良い答えを期待しておるのじゃが」

 その言葉に母はもう一度稲荷に向き直る。

「分かりました。そういう事情なら私の息子も交渉次第で入れるでしょう。ただ、本人の承認がなければ私は入れたくありません。それほど覚悟が必要な場所だと、元生徒として私は思います」

 母は断固としてそう言い、対照的な暖かい微笑みで俺を見つめる。

 承認?覚悟?そんなの決まってる。端から断る気なんて毛頭ない。

(父さんみたいな、格好いい能力者になれるように……)

「やるよ、母さん。俺、ギフテッドスクールに入りたい。どんなに厳しい道でも、やり遂げて見せるよ」

 母も、そして稲荷も俺の覚悟を微笑みで受け止めてくれた。

「……決まり、じゃな」

「えぇ、それではまずは転校の手続きをしなきゃですね」

 稲荷の宣言に、母はこれからの面倒くさい手順を思ってか苦笑した。

 やっと、長らく憧れていた天恵者になれる……!

 高揚する胸を抑えようと手を当てる俺を、この時の母は何故か、少し悲しげに見つめていた。


 ―◇◇◇◇◇◇◇◇―

 

 深夜11時。

 あんなことがあって、颯は疲れていたのか、早めに深い眠りについてしまった。私は一人、明日から始まる面倒な転校の手続きのためにブラックで淹れた珈琲を飲んでいた。

 珈琲を一杯口に含む。眠気を搔き消し、冴えてくる頭と対照に心は淀んだままだった。

 ふと、夫だった人の遺影を眺める。白衣が良く似合っている、幸せそうな笑顔の、夫。

 涙が知らず知らず零れていた。約束を守れなかった。あの子に伝えられなかった。あの子の純情を引き留められなかった……。

「ごめんね、あなた……。ごめんね、颯…………」

(せめて、最悪の結果にならないことを、今は祈るしかないわ)

 自分にそう言い聞かせ、私は涙ぐむ瞼を拭い、書類を纏めようと手を伸ばした。

 

 ―◇◇◇◇◇◇◇◇―


 早朝5時。

 朝早く目が醒める。稲荷が我が家に訪問してから、すでに一週間が経過していた。転校の手続きも粗方終わり、お別れ会もした。

 泣いているクラスメイトの中で、花崎だけには楽しんで来いと言われた。

 本当はあいつも泣きたかったろうに……。連絡を必ずすると約束し、昨日俺は5カ月通っていた母校とも呼べる高校を去った。

 ―悲しんでいても仕方がねぇ!

 頬を二度、三度叩き、飛び起きる。

 パジャマを脱ぎ捨て、新しく届いた憧れの制服を着る。純白で汚れのないTシャツを腕から通し、雄々しい烏のように漆黒のズボンを足裏から腰にかけて着る。最後に蒼く輝くブレザーを羽織れば、扶桑ギフテッドスクール生徒の出来上がりだ。

 どのギフテッドスクールでも大抵そうだが、寮で生活することになる。夏休みなどの長期休暇以外はギフテッドスクールの中で日々を営むのだ。だから当分この家には帰れない。母とも暫しの間お別れだ。

 バッグに一通りの荷物を詰め、二階に降りる。今日でお別れになる母だが、なるべく重い空気にならないよう明るい声でおはようと言う。

「母さん!おはよう!学校、すんげぇ楽しみだ!」

「そう、それなら良かったわ!お母さんも安心して送り出せるもん」

 朝食は少し豪華になっていた。赤飯に、鮭の味噌煮、大根の葉っぱの入った鰹出汁のみそ汁。俺の大好きなメニューだ。

「わあ!今日の朝食すげぇ豪華!いっただきまーす!」

「ふふ、今日は記念すべきギフテッドスクールへの転校だもの。私、張り切って颯の好きなのにしといたのよ!」

 母には敵わない。こんな暗い気持ちもすぐに吹き飛ばしてしまうのだから。

 暖かい気持ちが湧き出る。せめて今日まではこの気持ちでいたい。

 朝食も食べ終わり、そろそろ行く時間だ。既に家の前にはギフテッドスクールから迎えの車が来ている。俺はご馳走さまと言って席を立つ。そして一週間前と変わらぬ声音で、

「じゃあ、母さん、行ってきます」

 母はもう真っ直ぐ帰ってくるように言えないのが悲しいのか切ない笑顔を浮かべる。

「はい、行ってらっしゃい、颯。父さんにも挨拶しなさい」

 俺はもう暫らく見れない父さんに近づく、でも少しの間のお別れだ……。

「父さん、学校、行ってきます……」

 こつんと額を少し当てる。母に向き直り、もう一度、

「行ってきます!」

 ドアを勢い良く開く。そうだ、今日から俺は天恵者になるんだ!

 先生らしき黒髪の女性がリムジンの扉を開く。そして俺に向かって一礼する。

「君が日ノ宮颯君だね?ようこそ。私は教職員の一人、織音姫おとひめよ。これから長い間移動して、ギフテッドスクールに行くけど、私は君を送り届けたらすぐに仕事に戻っちゃうから、先に言うね?入学おめでとう。君の活躍を期待してる」

「……!!精一杯頑張ります!」

 リムジンは強張った顔の俺を乗せて走り出す。

 ここ、八尾島からギフテッドスクールのある、明星までは約2時間。そこまで首都高速を経て行くことになる。八尾島はかなりの田舎で、誇れる場所はこの間テロの起きたショッピングモールくらいしかないが、扶桑の首都、明星は観光や商業に力を入れており、THE都会であるのは勿論、更には天恵者育成をとことん突き止めた、天恵者のためのような場所だ。田舎育ちの元無能力者の俺には夢をありったけ詰め込んだキラキラした場所だ。

 首都高速を降り、そこから十字路を右に、山に至る坂を一気に登れば、扶桑ギフテッドスクールに到着だ。

「わあぁ……!」

 最初の感想はとにかくでかい、だった。

 果たしてそこには、貴族の城に見紛うような巨大な敷地が広がっていた。ざっと一つのテーマパークほどの大きさはあるだろうか。

 真ん中には生徒たちの校章、エンブレムにもなっている八咫烏やたがらすを表す紋章が目立つように塔の上に建っており、そこからコの字に校舎が伸びている。右横には俺がこれから生活するであろうこれまた巨大な寮が。校舎の裏にはオーソドックスな校庭と体育館(しかし、勿論普通の大きさな訳もなく、一つ一つが金持ちが建てたゴルフ場のような大きさである)が広がり、更に奥には実戦訓練などで使うであろう、青々とした森林や、入り組んだ工業地域のような施設が見える。

 俺を迎えるのは金属の獄門のようなゲートである。そこから八咫烏の塔が見える。

「さ、着いたわよ、案内はそこにいる僧山そうざん先生っていう先生がしてくれるからついていってね」

「はい!ありがとうございます」

 長いドライブで疲れきっている様子の織音姫先生に一言お礼を言って、その僧山先生らしき修行僧の格好をした人物に歩み寄る。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

「お、おはようございます!今日からこのギフテッドスクールに通うことになりました!公立八尾島学園出身!日ノ宮颯と言います!僧山先生ですか?案内してくれるって聞いたんですが……」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

「あ、あのう……」

 俺は元気良く話し掛けるが、肝心の僧山先生はただ目下の一点にお経を唱え、応じてくれない。

(おかしいな、間違えたかな……?)

 俺がそう思い始めていると俺の存在に気付いたように僧山先生はこちらに笠で隠れた顔を向ける。

「ん?あぁ、案内か。君がかの颯君かね?話は織音姫から聞いているよ。すまない、そこでよたよた歩いていた団子虫を踏み潰してしまってね、せめて極楽浄土に行けるようお経を唱えていたんだ」

「はぁ……」

 僧山先生は笠を持ち上げ、顔を見せながらそう言った。俺はなんと言ったらいいか分からず半ば生返事になる。刈り上げられた坊主から下に視線を移せば、確かに潰れている団子虫が見受けられる。

「案内、だったね。丁度、校長室の近くに控えの部屋があるのだよ。そこまで行こう。ついてきてくれ」

 笠を被り直し、僧山先生は歩き出す。遅れてはいけないと俺も後を追う。

 歩いているうちに手持ち無沙汰になったのか先生は、俺に気さくに話題を振る。

「こんな校舎が大きいと緊張してしまうよね?私も最初配属先が決まった時、固まってしまったよ」

「そうですね!とにかくでかいなって言うのが最初思い浮かびました。一杯施設があってすごい楽しみです!」

「あっはは、素直でいいね。天恵はいつから?あ、でも今日から入ったってことはだいぶ遅め、しかも最近目覚めた感じかな?」

「先生だとそんなことまで分かるんですか……?」

「いや、まあ勘だよ。皆中高大まで一貫だからね、入った時期でどのくらいで天恵に目覚めたか検討はつけられる」

「そうなんですね。実は一週間前に突然……。正直どんな天恵なのかも分かってなくて」

 先生はうーん、と首を捻る。

「珍しいね、この時期に覚醒して、どんな能力かも分からないなんて。大体の子は中学までには覚醒してどの能力かも粗方わかってるんだけど……。やはり稲荷様の慧眼けいがんは時によく分からないな」

 先生がブツブツ言ってる間に着いたようだ。先生が急に止まり、その背中に当たって潰れた蛙のような声が出てしまった。

「ぐへっ」

「着いたぞ」

 見れば、来賓室なんていう豪勢な名前の部屋だった。     

 控えの部屋の割に凄い気品に溢れてるんですけど……。俺別に来賓って言われる程凄い客じゃないですけど……。

 諸々言いたいことを抑え、俺は部屋に入る。

「ごめんね、待ってばかりだけど、もうすぐ担任来るから。このお茶でも飲んどいて」

 そう言って、僧山先生はお茶を置いて去っていった。

 部屋の中を見回すと何やら“昔の偉い人!”みたいな肖像画や高そうな絵画が掛けてあり、所々にこれまた良いお値段してそうな壺などが置いてある。俺の座ってる赤いソファはふわふわしていて心地良い。真正面の机には天恵の象徴であるマーシュマロウの花がちょこんと置いてあった。

(正直居ずらいなぁ……)

 こんな部屋にいたら疲弊してしまう。早く先生が来ることを願おう。

 少しでも気を紛らわそうとお茶を飲む。美味しいお茶だった。ぐいぐい飲んでしまいそうだった。後味に痺れなどなければ。

「!!?」

 体に違和感を感じ、手に持っていた豪華な茶碗を投げ飛ばす。勿体ないが、今はそれどころではない!

 胸が焼けるような感覚の中、俺の視界がどんどん狭まっていく。

(なんだよ!これ……!)

 視界の端で俺に近づく人影も、この時は見えなかった。


 ―◇◇◇◇◇◇◇◇―


 そして今に至る。何故こうなったかは分からない。取り敢えず、目の前の男が敵で、こいつに勝って、逃げるべきだと言うことは分かった。

 突然、俺を縛り付けていた、縄がふっと緩んだ。どうやらあまり強く縛られていなかったようだ。

「くっ!」

 持ち前の筋力で縄を手解ほどき、椅子から崩れ落ちるように屈む。そして膝にぐっと力を入れ、ばねのように跳び、距離を取った。

「あら、解けちゃったか。まあどうせ殺すんだから変わらないよね……?」

「ッ!」

 最悪だ。後ろは扉で塞がれ万事休す。目の前の男が何者か知らないが、あからさまに殺意を向けられていることは分かる。

(後ろの扉さえ開けられれば……!)

「後ろの扉さえ開けられれば、って思ってるね?君」

 んなっ!?心が読めるのか?そう言う天恵なのか?まさか母のように心が分かって……。

 俺の疑問と驚愕が顔に出ていたのか、男が答えを言う。

「分かるよ、顔に書いてあるもん。ちなみに僕は天恵持ちだけど、別にそんな能力じゃないよ」

 すると、俺の心情を読んだことから産まれた余裕か、男は腰に掛けていた物を取り出す。

「一つ、チャンスをあげるよ。この鍵は扉の鍵だ。これ以外でそこの扉を開けることはできない。君は僕に触れれば鍵をゲットできる。もしくは直接奪ってもいい。僕は君を完全に捕まえれば勝ち。どうだい?面白いだろ?」

「……目的はなんだ」

「いやいや特に深い意味はないさ、ただちょっとした鬼ごっこをしたいだけ。代償は重いけどね」

 さっきの命を掛けて……の暗示だろうか。そんな不穏なことをのたまう。

「分かった。引き受けよう。いつでもいいな?」

「うん、どうぞ?」

 男は笑って鍵をくるくると手でもてあそ

 勝算は全くない。相手の能力は分からない。だが、負けるつもりもなかった。だって、俺の中で渦巻くあの“力”を感じるから!

 足に力を貯める意識だ、そして……

「うおぉぁ!」

 空気の塊を最大出力でぶっぱなす。俺も驚いたが、とにかく上手くいった!男は驚愕の表情を浮かべながら飛び退る。

(速いな)

「ブーストみたいな天恵かな?足で来るだけなら対処しやすい」

「どうかな!?」

 腰回りの筋肉を使い、左側に捻り、腕を伸ばす。今度は掌に力を貯めて、放つ!

(思ったより楽しめそうだ!)

 男は脂汗をかきながら、獰猛に笑った。

(来い!少年!この僕に!ありったけをぶつけてみろ!)


 ―◇◇◇◇◇◇◇◇―


 カツ。将棋を打つ音が教頭室に響く。

 織音姫は仕事をある程度終え、稲荷と将棋で暇を潰していた。次の一手を考えながら、半分興味、半分妨害のつもりで稲荷に話しかける。

「稲荷様、なぜあの阿呆を新入生につけたのですか?」

「うん?あぁ、烏貝からすがいのことか。相変わらず織音姫は口が悪いのう。嫌いな者に対しての呼びようが酷い」

「し、つ、も、ん、に!答えてください」

 織音姫は有無を言わさない。稲荷は苦笑しながら次の一手を打つ。やはり稲荷様の手は弛まないか。

「ただ単に相性じゃよ。あいつの能天気でチャラい雰囲気は、時に人を苛立たせることはあれど、気持ちをへこませることは絶対ない。明るい先生のほうが生徒に人気が出るじゃろ?」

「私はあの人嫌いですけどね。胡散臭い」

 徐々に稲荷の駒が織音姫の大将に近付いてくる。焦る気持ちを抑えながら織音姫は話す。

「実際あんなのをつけるなんて、雛を潰すようなものです。あの人、意地悪ですから。なにやるか分かりませんよ?どうするんですか、それで折れたら。勿体ない、意思とかは強そうなのに」

「私情、私怨を挟むと物の本質が見えなくなるものじゃ。もっと広い視野持たなきゃいかぬぞ?織音姫」

 ……大将の目の前に歩兵が来た。王手、詰みだ。

「織音姫は勿体ないのう。まだまだじゃ、天恵者としても、先生としても……。勿論、将棋もな」

「……参りました」

 認める時は潔い。それが織音姫だ。だが、今回はどうしても譲れないらしい。

「あの少年に何かあれば、私は飛ぶように駆けつけますからね、稲荷様」

「また将棋が強くなったら来るといい、待っておる。楽しかったぞ」

 立ち去る稲荷に振り向きながら、強い心持ちで言う織音姫と、稲荷は苦笑を浮かべながら別れる。

(何故、奴をつけたか、か……)

 今は良い。まだ知るべきではない。あやつは、颯という少年は普通ではないのだ。慧眼は全てを見透かす。あの少年から見えた物は……。

(いつか分かる時が来る、織音姫。何故妾が烏貝をあやつの担任にしたのかを)

 いつも見せている微笑を仕舞い、稲荷はまた、仮面を被る。


 ―◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふっ!」

「くっ……」

 男は颯の攻撃を間一髪で避ける。空振った颯の衝撃波は、男を掠め、提灯を派手に揺らすとこで留まった。

「なかなかやるじゃないか!少年!さっきのは肝が冷えたよ!」

「くそ!当たらないか」

 もう一度距離を取る。能力は割れてしまった。正直、今の俺ではさっきのような単純な使い方しかできない。あとは、この力と体を以て、どれだけ奴を出し抜けるかだ。

 そして材料は揃いつつある。奴の能力が分かったかもしれない。

 衝撃波を放つ直前、腕から肩にかけて、風を感じたのだ。恐らく俺と似た空気を操るような天恵だ。

(それが分かったなら近付けない可能性が高い。ならやることは一つ!)

 踏み込み、足から衝撃波を放つ。今度はスライドしながら。

「単純だね、そんなんじゃ僕は捕まえられないよ」

 もう一度、衝撃波。出力は変わらない、故の最大出力。だが、相殺はできる!さらに再度衝撃波を着地前の足元に放ち、急停止。そのまま蹴り抜く。

「あぶね」

 俺の渾身の回し蹴りは回避されてしまう。しかし、それでいい、それは囮なのだから。捻る腰はそのまま左腕を伸ばす。

「衝撃波で僕を吹き飛ばそうって算段かい!?残念、それじゃあ……」

 違う、これすら囮であることにまだ相手は気付いていない。俺の今切れるカードは……

「おらぁぁ!吹っ飛べぇ!」

 死角から伸ばしていた右手から腰の鍵に向けて衝撃波を放つ。光を反射しながら鍵は宙を舞い、チャリン……と小気味良い音を響かせながら落ちた。

(僕を狙えば、確実に僕が風で守ると踏んでの二重フェイク!なるほど!してやられた!)

 俺は連続発射で痛む足を奮い立たせ、もう一度発射する。

(これで……!)

「でも、惜しいね」

 俺の気が緩みかけた、その時、暴風が吹き荒れる。俺が求めていた鍵は男の手にいつの間にか収まり、当の本人は俺に座って拘束していた。あっという間もない速業。俺は這いつくばりながら、あまりの出来事に思考が止まってしまう。

(何が、起きた……?)

「うーん、もうちょっと楽しみたかったけど、ここらでお仕舞いかな。勝っちゃったし」

 さっき、この男は殺すと明確に俺に殺意を向けた。本当にここで終わってしまうのか?俺の人生は。

「つうことで……」

 嫌だ!こんなところで死にたくない!折角拾った命、こんなことで……。

「ドッキリ大成功!!」

「……へ?」

 男はどこから取り出したのか、クラッカーを鳴らしていた。耳元でやられたので軽く耳鳴りがする。思わぬ出来事に俺は間抜け顔で固まってしまった。

(ドッキリ、大成功……?)

「いやぁ、ごめんね?こんな怖がらす気はなかったんだけど、どうせなら本気見たかったから、ちょっと多目的室改造して、デスゲーム(笑)みたいな感じにしてみた。抜き打ちテストだよ。天恵者じゃなかったなんて言われたら洒落にならないしね」

 そう言って男はてへっと笑った。成人男性の「てへっ」ほどキツいものはない。だが、それどころではなかった。本気で怖かったのだから。

「勘弁してくださいよ……」

「だからごめんて!謝るよ」

 言いながら男は俺を立たせてくれる。

「自己紹介が遅れたね。僕は教職員の一人、烏貝からすがい天閃てんせん。この度、君が入るA組の担任になったものだ。颯君、改めてよろしく」

「一つ質問いいですか?あのお茶何がはいったんですか?ちょっと冗談にならないくらい体が熱くなって、気絶したんですが……」

「あぁ、あれ?あれはね、天恵促進剤だよ、強めの。あと睡眠薬ね」

 強めの天恵促進剤はライセンスを持っている医者や先生しか使えない。天恵者教育の初期段階で必需品になるのだが、その反面、危険な側面があるのだ。過去には中毒症状が出たような例もある。

(一歩間違えたら俺死んでたんじゃないか?薬で)

「これから教室に行くことになるけど、その前に君の相棒バディを紹介しておこう……」

 そんな俺の気も知らず、烏貝先生は話を進める。相棒バディと言うのは、天恵者としての仕事などで一緒に活動する、文字通り相棒のことだ。

「純?いるんだろ?」

 多目的室の扉が開く。開いてたんだ最初から……。

 軋む音が鳴り、扉が開く。俺より少し身長が高いくらいの少年だった。

「あ、無差別テロの時の……」

 これが俺と雪野純ゆきのあつしの再開だった。この時の純の目は酷く冷めきっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ