第38話くん
危機的状況。
愛犬にユーカイされてから、ぼくはもう何度こんな目にあったのだろう。
ぼばぼばぼば。
風切音で、耳が壊れそうだ。
ぼくの脳は生きるキボーを探して、きゅいいーんと高速回転を始めた。
ようやく意識と視界がリンクする。
眼前に広がる大パノラマ。
雲を従えたでっかい山。うっそうとした森。きらきら輝く水平線。
足元の放射状に伸びる、アスファルトの道。
それは灰色のくもの巣のように絡み合っている。
そこからビルがにょきにょき生えていて、真上から見た都市はまるで剣山だ。
チラチラと蛇の舌のような炎が街を舐めている。立ち上る煙もあちこちに見える。
迫り来る地面を見ると、押し寄せる風圧にぶわぶわぶわとほっぺたがたわんだ。
呼吸がくるしい。うまく息が吐けない。
すぅう、はぁあ。
アメーバみたいな冷たい刺激が、腰から背中へ駆け上がってくる。ぞわわわわ。
ズームし続けるレンズのように、街の細部が鮮明さを増してゆく。
色とりどりのポッチが、みるみるミニカーに変わる。
輪っこでがっちり押さえつけられている両手両足を、ぼくはあらん限りの力でもがく。
せめて、『アイコン』に手が届けば・・・。
じたばたじたばた。
なにかが指先に触れた。
しゅるるるる。ばふっ。
放たれたパラシュートは風をはらみ、張力の限界まで広がった。
時間をさかさまにしたかのような、体が浮き上がる一瞬の感覚。
ああ。助かった。生きるキボーだ。
あがいてみるもんだね。まったくさ。
ぼくはビルの隙間を縫うように、ゆっくりと落ちていったよ。ふわふわ。
テンチョーと部下達の計算はぴったりで、ぼくは都市の中心の公園に向かっていった。
そんでもって、その狙い通り、大きな噴水の中に着水した。どぼん。
がちん。
ようやく空中散歩が終わった。
今度ジャンパーズにあったら、もう少し早いタイミングでいろいろ確認できるよう希望しておこう。
報告相談連絡、ほうれんそう大事。そう思ったよ。
他にもぶうぶう言いたいことはあったけど、ぼくはヒカエメなんだ。
ぶわり。
太陽が隠れ、あたりが暗くなる。そして何も見えなくなった。
風を失ったパラシュートが、力なくしおれぼくに覆いかぶさったんだ。
やれやれ。
もがもがっじゃぶりじゃぶりっと、噴水から出てきたぼくをいぶかしげに眺め、早足で遠ざかる町のみなさん。
どうもどうも。正義の味方、『ヒーローくん』です。
やや、はじめまして。
きゃあー・・・。
悲鳴なんて聞きたくないのに、ぼくの仕事はそこに駆けつけることなんだ。
叫び声は、日曜日の午後みたいな公園の風景にはぜーんぜん溶け込まなかったよ。
音がした方へぼくは見当をつけて走った。たぶん、あっちだ。
並木道を抜け、ベンチを飛び越え、芝生を駆け抜ける。
波打つ鼓動。ひりつく喉。はあ、はあ。
・・・、いた!
黒タイツの一味は髪の長い女性を見繕っては次々に檻に入れ、どこかへ連れ去ろうとしていた。
肩に担がれてたり、テジョーを掛けられてたり、とにかくみんなひどい目にあっているんだ。
抵抗に疲れぐったりとした母親にすがり付こうとする男の子。お母さんをユーカイするワルモノに、男の子は立ち向かった。
ちょこまかと戦闘員の足元をすり抜け、その腕にかじりつく。
がぶり。きー。
でも、その子は捕まえられ、ぶんっと投げ飛ばされてしまった。
ぼくは湧き上がる思いに、わなわなと震えちまった。
「そこまでだっ!」




