第09話くん
・・・『カミサマクン』のところ、そう彼は言った。
頭に浮かぶたくさんの疑問符を置き去りにして、白いもふもふとぼくは星空をびゅんびゅん進んだ。
訊きたいことは山ほどあったのだけど、なにもかもが当然のことのようにゼペットが振る舞うもんだから、なんだか話を切り出せずにいたんだ。
しばしの無言。星空の飛行。
風を切る音に支配される聴覚。
びゅうびゅうびゅうん。
でも、これはどうしても訊かなくちゃいけないのだろうな、きっと。
「ゼペット、おまえ、なんだか大きくなってない?」
風に負けないよう、ぼくは叫んだ。
明らかにゼペットくんの背中は、大型犬のサイズを越えていた。
だいたいシングルベッドくらいになった気がする。
毛足も長く、もっふもふだ。
「そりゃあ、『犬』っぽくする必要がなくなったからな」
「ふうん」
やっぱり、よくわからない答えが返ってきた。
なるようにしかならんね。こりゃ。
ぼくは面倒になってすべてを受け入れることにしたよ。
諦観にも似た悟りの境地ってやつだね。
ちーん。
なかなかこんな風に悟りを開けるのって、人生でそう何度もあるもんじゃない。
願わくば、こんな思いをするのはこれで最後になればいいなと思ったよ。
夜空を飛ぶのは、なかなか難しいことのように見えたよ。
真っ暗だし、風が冷たいし、どこに行けばいいのかわからなくなりそうだ。
もちろんゼペットにはわかってるんだろうけどさ。
ぼくには目的地なんてわからないし、現在地がどこかもさっぱりだ。
なんたって、星空と、もじゃもじゃの毛玉のオバケみたいな後頭部しか見えないからね。
ああ、あとぱたぱたはためいてる垂れ耳も見えたよ。
しがみついてる手はかじかんできて、感覚がなくなりそうだよ。外に出るって言ってくれたら、それなりのかっこをしたのになあ。
ビールで濡れたTシャツに風が当たり、肌の体温を奪っていく。
わき腹がすごく冷えてきたよ。お腹こわさなきゃいいけど。
ぼくは手足を楽に伸ばせるくらいに広くなったゼペットの背中で、なるべく長い体毛に包まれるようにもぞもぞ潜りこんだよ。
ついでに毛を体に結んで、シートベルト代わりにした。
いやあ、ゼペットくん。大きくなったもんだね。シュッセだよ。シュッセ。
自分の飼い犬が空を飛んでいるという事実に目をつぶれば、愛すべきゼペットくんの背中は柔らかであったかく、毛布にくるまってるのとそう変わりなかったよ。
まあ、ファーストクラスとは言わないけどさ。
痛めた足や、置いてきちまった荒れ放題のカオスな我が家、戻れそうに無い忙しくもリチギな毎日とか、わからないことだらけのこれからを考えていたら、いつの間にかうとうと眠ってしまっていたみたいだった。
これだけ散々な目にあったんだから、ぼくにも少しぐらい眠る権利はある。そうは思わない?
いわゆる、『意識を手放した』ってやつ。
《テンプレ『白き竜の背に乗る』・・・達成》
《テンプレ『場面転換による意識喪失・・・達成』》
《シンクロ率・・・微憎》
ぼくがつかの間の休息から目覚め、ふと辺りを見回したとき、とても後悔した。
できることなら、ずっと寝たフリでもしときゃよかったんだ。
やれやれ。