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裏・ティグリスとノックスが真実を追う2

 議会開始前の事情聴取にさほど時間はかからなかった。僕も今回の魔物潜伏事件について知ってることは少ない。恐らく事情聴取や調査というより、ボロが出るかどうかの確認だったのだろう。内通者がいる可能性に関してはもう議事堂内に広まっているのかもしれない。


 ノックスの事情聴取も終了したのか、後方の席に座っている僕の前にノックスが姿を表した。隣席にはウォーターズギルド支部長のマーレが座っている。彼女は見た目の幼さに反して海に造詣が深く、また高い戦闘力を持ち合わせたウォーターズギルドのトップに相応しい人物だ。常に頭にバンダナを巻いていていかにも船乗りって感じの格好だが、議事堂でもこの格好なのはどうなのか。


「ありゃただの尋問だよったく」

「アタシもめっちゃせまられたけどさー、まじで何も知らんから答えようがなかったヨ」

「第四区画は海から遠いしな。知らなくて当然だ」


 ノックスとマーレ、現領主であるコンクサージュ伯爵のステラ・リーベルタースの3人は元々冒険者仲間であり、十年間パーティーを組んでいたと聞く。旧知の間柄なこともあり会話がよく弾む。今日の議会では伯爵から証言を引き出す必要があるので、ノックスがこの臨時会を、いやシーシェルを大きく動かすことになるだろう。


 第一次召集者が全員席に着いたところで、やせぎすで長い髪と髭の議長が席を立つ。


「では、第34回緊急臨時会を開会する。今回の議題は第四区画に出没した魔物に関する情報提供と…」


 緊急召集された人たちは兵士や鑑定班を除いてざっと20人ほどで顔見知りは9人。また、議長席の上には領主が座する席があり、今日も魔法の練り上げに時間を割くようだ。長机には大量の羊皮紙が重ねられており、伯爵は杖と羽根ペンを交互に持ち替えて何かを書き連ねている。


「ではまず、今回の事件について簡潔に説明せよ。プロトス支部長」

「はっ。事件現場は第四区画小密林区域南南東。魔物の種類はヒト型ストレングス特化。第一発見者はネオス・キゼモニコスという少年でただの剣士です」


 ネオス・キゼモニコス。今回の第一発見者にして討伐者だ。戦場跡には魔物の肉片と焦げ跡の多い瓦礫が散乱していたという。区画内全体に拡声魔法を使ったが今回の召集には応じていない。人手と時間があれば、確実な喚問ができたかもしれない。


「被害報告はされておらず、また鑑定によると周囲には大きな土属性と風属性、微量な闇属性の痕跡が散乱しています」


 事前の調査報告では土属性の魔法痕跡や大きな砂粒が残っていたことも報告されている。ネオスは魔法剣士ではなく、ただの剣士と言っていた。ならばここにネオスを証人として喚問し、第三者の存在を議会に認識させる必要がある。ひとまず現在のやるべきことは頭に入れた。あとはノックスたちと協力して内通者を引きずり出す。


「ここまでが事前情報の全てです」

「よろしい。では、こちらの事前情報について詳細を知る者はいますか」


 議事堂内に沈黙が走る。もし本当に知らないのであれば、この中に第三者はいない。


「では、事前情報について意見を述べてください」


 あの気だるげなノックスが議事堂をぶち破るほどの勢いで手を挙げた。


「ノックス支部長」

「はい。警邏隊と近衛兵隊の報告によると、外壁を越えたり上空から降りてきたことは無いようです。また、転移は闇属性魔法に当たりますが、転移直後は濃密な魔力痕跡が残ります。よって、件の魔物が最近転移した可能性は低いと思われます。第四区画に出没するまで闇属性の魔法の変身をしていたという可能性ですが、変身中は痕跡が足跡のように残ります。鑑定によれば足跡が残っていたわけでは無いようです」


 さらにノックスは意を決したように一息置いてから話し始めた。


「私は、この魔物が何者かによって運びこまれてきたと推察します」


 議事堂内が微かにざわつき始める。シーシェルはセキュリティにおいては王国随一を誇る。門番達は魔王軍に属しているかどうか、綿密な身体検査、市民証や王国領地内商人手型の確認などやれるだけの事はやっている。内通者の可能性がある人物は、魔物を連れた人物またはそれを通した門番。シーシェル内に名と顔が知れ渡っていて比較的信頼におけるまたはそれに足る役職を持つ人物。また、その役職を持つ人物が魔王軍に属する者に対してスムーズに出入りできるよう根回ししたか、という可能性も挙がる。


「静粛に。ノックス氏、他に意見はございますか」

「はい。まず魔法を使った可能性を潰していきたいので、魔法に造詣が深い伯爵様へ闇属性魔法についてのご意見をお借りしたいと考えています」


 ノックスの発言の瞬間に鋭い緊張が身体に伝わる。伯爵も羽根ペンを動かす手を止めて、鋭い眼光を光らせていた。とはいえ、ノックスはまだ内通者や共犯者という言葉を出していない。ゆえに告発するというわけではないので、反射的に抗議の言葉が出ることはなかったし心証もさほど下がった訳ではなかった。しっかりと土台を組み立てる話術は尊敬に値する。


 ノックスは顔を伯爵一人に向けて再び切り出す。


「恐れながらコンクサージュ伯爵様。第四区画の一部にしか現れない闇属性魔法の痕跡について思い当たる節はございますか」

「……うむ」


 議会で話し始める驚愕する者と少ない情報から可能性を探り当てる知識に歓喜する者。直後、伯爵の一息で自然と静けさが訪れる。


「…痕跡の少ない既知の魔法は、対象1人の視界を塞ぐ魔法。闇属性魔法をまとった斬撃。矢に関しては直線状に残る。使い手は少ないが、遠隔操作の魔術も存在する。また、呪術が発動した場合も闇属性の残滓が残る」


 伯爵の言う通りならば、間接的に関わった魔法はあるかもしれないが潜伏や潜入できる手順には不要な魔法ばかりだ。ノックスの肩が落ちて席につく瞬間、伯爵の怒りがこもったような声音を響かせた。


「我の制作した魔法にも、小さな痕跡が残るものがある…」


 議事堂がさまざまな雑音とどよめきに包まれる。伯爵は依然として体勢と目線を変えずに豪華な長椅子で構えている。


「静粛に!静粛に!」


 各々が口を閉ざした後も雑音が尾を引いて残る。反響音が消えた直後、伯爵が口火を切る。


「地中に空間を作る魔法、だ。無論、土属性魔法の痕跡も残る」

「隠し部屋、ってことですね」


 伯爵はどこか腑に落ちない顔だが小さく頷いた。隠し部屋を作る魔法の存在は市民たちの平静を乱す。それもあって魔法の公開は避けていたのだろう。代表たちの焦ったような様子を見ても、非公開にしたのは正解だったと言えよう。


「伯爵様。その魔法を知っている者は他にいらっしゃいますか」


 伯爵は威厳ある風貌を持つが人情のある領主だ。内通者の告発とも取れる発言は苦しい思いだろう。唇を噛んだ表情から彼の不安が見て取れる。しかし苦しむ時間はそう無かった。すぐさま背筋を伸ばしてノックスの問いに返した。


「我の側近の1人で実験室に料理を運ぶ担当の爺や、クルティス。我の正室、アイリーン。…そして、我が永遠の友ネレウス」


 ネレウスの名を呼ぶと、伯爵は期待と不安が入り混じった表情を見せてから顔を俯かせる。しかし、僕たちはその名を知らない。伯爵は昔冒険者として活躍していた時期があったが、パーティーメンバーにその名は無かったはずだ。無論、側近たちが登録された名簿にも存在しない名前だ。ただ、ネレウスという名前を聞くと心が落ち着くような感覚に陥る。


 代表者たちは挙がった3人の誰かが内通者だと勘づいてはいるものの、親愛なる領主様の信頼のおける人物たちなので口を結ぶ者達ばかりだ。しかし、その葛藤も伯爵の言葉で消え失せることになる。


「だが、犯人はこの3人にはいない…と思う」


 議会にいる全員が目を見開いて顔をあげる。


「15年ほど前だったか。我がまだ冒険者だった頃、隠し部屋の魔法を完成させるのに1日も必要としなかった。しかし、パーティーに途中加入した呪術師の男が、魔法の構想図や理論を書いたメモなど全ての記述書を盗んだのだ。もしも、その記述書を基に魔法を完成させていたのならば…」


 伯爵がノックスとマーレに目配せをした。マーレはそれに気付き、ノックスと共に立ち上がった。


「呪術師の男って、赤黒い髪の…ツォンテモックのことですよネ。ってことはやっぱりあいつが黒幕ってことですカ!」

「もしくはツォンテモックの共犯者も挙げられる」


 やはり僕の知らない名だ。ネレウスと言い、ツォンテモックと言い、自身の不甲斐なさが身に沁みる。ノックスは顎に手を置いて考える素振りを見せる。


「ツォンテモックが隠し部屋の魔法を黒幕に教えていたとしたら、更なる調査が必要になりますね。ひとまず伯爵様、お答えいただきありがとうございました」


 ノックスとマーレは一礼をした後マーレのみが着席し、残りのノックスは立ったまま近衛師団団長に向かって未だに似合わぬ丁寧な言葉を使った。


「団長様にご提案があります。区画の復興支援に派遣した兵士の10年分の名簿と支援者の名簿をお見せいただきたい」


 ノックスの言葉と共に団長が大きい音を立てて席を立つ。


「まさか貴様、我が兵士を共犯者として告発する気か!」

「いえ、疑問と可能性を潰していきたいだけです。復興を担当しているのは近衛師団のみでギルドや民間企業は介入していないので、私達には情報が行き届きません」


 近衛師団団長とノックスにはただならぬ因縁があると聞くが、ノックス本人はライバル視どころか気にも留めていないようだ。


「おまえはいつもそうだ。我の崇高な活動に水を差して信用を貶める悪辣さは…」

「静粛にしなさい!近衛師団団長に告ぐ。今すぐ5年分の兵士と近衛師団支援者の名簿を取りに行くように」


 木槌の音が議会に響く。木槌の残響が終わる前に団長は席を立って議事堂の正門を早足で出て行った。その様子を見終えた伯爵が珍しくも沈黙を破った。


「ノックスよ。兵士の10年分の名簿、とはどういう意味だろうか」

「はい。この10年間追放されなかった兵士や権力者が怪しいと踏んだからです。まず、10年前のシーシェル侵攻で魔物が第四区画の小密林まで軍を進めました。幸いシーシェルの強力な、用心棒によって撤退させましたが、もし一部の魔物が第四区画に残っていたとしたら…」


 ポーカーフェイスとして知られる伯爵が表情を一変させてノックスの言葉の先を綴る。


「そうか…隠し部屋の魔法で5年間も魔物が地中に埋まっていたということか」

「そしてもし復興作業中に、何らかの弾みで隠し部屋の魔物が出現してしまえばいずれ伯爵様の口からツォンテモックの名前が出てしまう。そうならないために共犯者が近衛師団に取り入った。また、ツォンテモックの過去を知るあなたは恐らく口封じのために殺されるはずでしたが、伯爵様は冒険者稼業を終えてから領主になった後も宮殿から一切外出しませんでした。なのでじわじわとシーシェルを内部から腐らせるために度重なる追放を実施したのでしょうね」


 伯爵は終始ノックスの言葉に耳を傾けており、その後伯爵は議長に耳打ちをした。議長は何度も頷きつつ伯爵の言葉を終えた直後に木槌を打った。


「鑑定班に告ぐ。第四区画の潜伏現場である隠し部屋と、他にも隠し部屋が無いか調査してくるように」


 僕の真後ろにいた鑑定班達がそそくさと議事堂を出て行った。先ほどまでの背中に伝わってきた視線は消えてなくなり、少々緊張がほぐれた。ノックスは一呼吸を置いて、机に両手を叩きつけた。


「私の考えはこうです。10年前のシーシェル侵攻に乗じて魔物を隠したツォンテモックまたは共犯者は精力的に復興作業をする人々やそれを支援する権力者を次々と不当に追放し続け、今日ついにネオスという少年によって隠し部屋の魔物が暴かれて討伐された、という経緯になると思われます。以上です」


 ノックスは肩の荷が降りたのかどっしりとした態勢で勢いよく座った。即座に彼が僕の方へと振り返り自らの両手を合わせて囁いた。


「すまね、ティグリスに出番回せんかった」

「いえ、僕はノックスさんの結論に至りませんでしたのでこれで問題なかったと思いますよ」

「そう言ってくれると俺も嬉しいぜ」


 ノックスは姿勢を戻して議事堂の中心に向き直った。嬉しい、と言ってはいたが彼の姿勢が戻る瞬間、悲しそうな表情をしていたことに僕は気付いた。ただ、やはりその理由は僕が思いつくこともなく議会が終わった後も思い当たる節は見つからなかった。


 ーーーーーーー


 議会は概ねノックスの言った通りの結論を導き出し、緊急召集されたにもかかわらず特段出番のなかった僕含め15人はずっと座りっぱなしだった。また、近衛師団だけでなく各ギルドも復興支援に着手するよう命じられ、第四区画が最優先復興区画に戻った。共犯者の疑いがかけられている、追放されなかった兵士と権力者は合わせて5名ほど。今は投獄されて時々事情聴取を受けている。大体は良い方向に向かうこととなるだろう。


 しかし、懸念材料はまだまだある。ツォンテモックと呼ばれる人物はいなかったこと。第四区画に無数の隠し部屋があったこと。魔物討伐に協力した第三者の人物。


 そして何より、事件現場の隠し部屋は土属性魔法と謎の大きな砂粒によって痕跡も証拠も全て埋まってしまったことだった。

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