裏・ティグリスとノックスが真実を追う
普段は騒がしいシーシェル市場通りも寂しい気配に包まれてもぬけの殻だ。基本外出している僕もここまで徹底して外出禁止が発令、施行された事例はシーシェル侵攻以来だ。今回は即時召集ということで馬車の揺れがいっそう激しくなる。車輪の跳ねる音に反応して窓から市民達が覗く。胸の前で腕を組みながら歯を食いしばる者。カーテンの隙間から警戒の眼差しで見つめる者。両手を組みながら必死に祈り続ける者。市民全員が限りのない不安と恐怖に満ちていた。
御者や伝令が言うには、第四区画に魔王軍の精鋭一匹が出没したという。たかが一匹と思う所はあるが、問題はそこではない。復興途中とは言え堅牢な外壁と徹底的に訓練された門番達を超えて、第四区画まで侵入していたという事実だ。外壁には短い距離で常に警邏隊が配置されており、空から降りてきたと言う報告もない。つまり、この半年間に外出した者を殺して成り代わったか、円滑に侵入できるよう魔王軍と協力している内通者がいるかのどちらかが考えられる。その辺りの話が今日の議題に挙げられるだろう。顎に手を当てて考えていると、宮殿から遣わされた護衛役が耳打ちをした。
「もうじきコンクサージュ宮殿に到着します」
「わかりました」
コンクサージュ宮殿には議事堂が隣接している。伯爵城の近辺にあるということで、設立当初は領主の権威が通りやすくなってしまうという懸念もあった。しかし現領主は議会では傍聴に徹しているために、民衆の意見が議決されやすい。聞こえはいいが政治に参加する気がないとも取れる。魔物の侵入はシーシェルだけでなく王国にとって重大な事件なので、今回は議会に参加してもらいたいものだ。
いつしか激しく進む馬車が徐々に遅くなった後に停留した。既に各地から権力者や選ばれた市民を搭乗させた馬車が続々と集まっている。開かれた馬車の扉から自身の足を出す。
「素早い送迎感謝いたします」
御者は恭しく手を胸に当てて会釈した。僕は権力者というより市民代表の1人として召集されている。特に、魔物が現れた場所が近所だった為に、僕に対して当時の状況や情報を議会前に調査することも考えているはずだ。
宮殿の入り口には近衛兵が駐屯しており、召集された人々の顔や市民証を逐次確認している。ここ半月、宮殿の近衛兵の半数は復興のために第四以降の区画に出動していたため、人数不足により確認に遅れが生じている。詳細の情報が聞ける可能性がある第一次召集者はあまり多くはないはずだが、ここまで進み具合が遅いのは何故だろう。
近衛兵を見ていると、散乱している人々の中から背丈の高い見知った顔を見かけた。すかさず僕は人混みを掻き分ける。
「あの、ノックスさん。よろしいでしょうか」
「ん。おお、ティグリスくんじゃないか」
ノックス、という男はファイトギルドシーシェル支部のトップにして、シーシェルを象徴する冒険者の一人だ。シーシェルは1つのギルドに権力を集中させないように、あらゆる分野のギルドを設立している。他には、商業施設の会計補佐や森林の開拓などに携わるマネジメントギルド。治癒魔術師や薬学、医学に精通する学者が多いメディカルギルド。海の便利屋で輸出入から海棲モンスターの討伐まで可能なウォーターズギルド。海棲以外のモンスターを狩猟してシーシェルに素材を納めるハントギルド。そして、ハントギルドでは解決困難な依頼を集めて、各地方の冒険者の手を借りることが目的のファイトギルドがある。ノックスはそんなギルドの支部長だ。
そして各ギルド支部長は必ず第一次召集の時間帯に集められるようになっている。僕は支部長たちとは顔見知りで市民代表として選ばれたのも、彼らの推薦あってのものだ。推薦されるだけの仕事は果たさなければならない。
「近衛兵たち、捌き切れてないんですね」
「そのようだ。なにせ今回の召集は緊急だからな。復興などに使っていた人材を呼び戻すには時間も人も足りん」
シーシェルはここ数年で凄まじい発展を遂げた都市だ。元々は老人や引退した者が余生を過ごす場所として選ぶのどかな場所だった。しかし、旧伯爵が爵位をご子息に譲渡してからは急激にシーシェルが変わっていった。例えば、宮殿にあった娯楽施設の闘技場が今や議事堂になっている。やりたい放題と言えば聞こえは悪いが、シーシェルの発展のために尽くす自由な発想を持つ領主だ。
しかし、市民代表や権力者は自覚が足りない者が多い。ここ最近は有能な権力者の不当な左遷や追放が後を絶たない。そのせいで今は圧倒的に人手が足りない。恐らく魔王軍に関連する誰かが裏で糸を引いている可能性が高い。直接的な証拠がない分、議会に召集された人々の証言などから議題を持ち込まねばならない。いつもは、まだ子どもだからと一蹴される場面でも怖気付いてはならないのだ。
ノックスと共に時間を潰していると、近衛兵が僕達を手招きで呼んでいる。ノックスの名前は他の近衛兵達の声で掻き消されている。
「ほれ、行くぞ」
「はい」
僕は足並みを揃えて手招いている近衛兵に向かって歩き出した。おもむろに小さな革の袋から市民証を取り出す。市民証とはつまり、税を収めた人またはその子どもの名前が書かれた物だ。本来ならば代表として議会に向かうのは父なのだが、基本僕が代理人として赴いている。
また、特別な指輪を装着することによって敵味方を判別できる。この指輪は赤く光れば嵌めている人間が魔王軍に属するものであることが証明される。領主自身が一から組み立てた判別魔法を指輪に埋め込み、実用化したものだ。魔道具の増産、特に新しい魔法を使った物は理論を組み立てるところから始めないといけない点などから困難だ。現在は区画や宮殿前の門番での確認用に10個ほどしか存在しない。指輪との相性や『魔物の悪意』という回収が難しい素材の存在も増産の難しさに拍車をかけている。
「ファイトギルド支部長のノックス様と、雑貨屋エスト代表代理人ティグリス様ですね。指輪をはめてください」
ノックスと僕は指輪を嵌めて、右手を差し出す。魔王軍に属しない場合は一切光らないので敵かどうかの判別自体は楽だ。また、人外が人間に化けている場合でも何かしらの色が激しく光るのでわかりやすい。
「よし、通って構いません」
煌びやかな門扉を抜けると、視界に入り切らないほどの豪華絢爛な宮殿が目に焼き付く。目的の議事堂は宮殿の裏庭に構えているが、そこまでの道のりは華やかな装飾を施された地下道から進入できる。また、出入り口は門扉を抜けた直後のトンネルと議事堂の一階につながる階段のみだ。地下道の崩落や外的要因による崩壊を防ぐための結界や、指輪の魔法構成を真似た感知魔法もセットされている。
自身の歩みよりもノックスの歩速が遅いことに気づき、ふと見ると顎に手を置いて考えていた。
「ここなら魔王軍の者も潜伏できるかもな」
「ノックスさん。ここは一本道ですし隠れられる場所も見当たりません」
彼の歩く音が消えた。僕も歩くのをやめ、後ろを振り返る。
「隠し扉…があるとしたら?」
ノックスは右隣にあった壁に手を置き、確固たる信念を持った眼差しで僕を凝視していた。この世界には隠し扉や隠し部屋を作る魔法は存在しない。文献で見たことも無いし言伝でも聞いたことが無い。
「そんな魔法は無いでしょう」
「…作ろうとしなければ、ね」
魔法を作る。簡単にできることではない。コンクサージュ伯爵は10年かけて1つの魔法を作り出したが、それは多くの公務を投げ出してようやく成り立つものだ。議会に出席しても傍聴に徹しているのはきっと魔法の作成にリソースを割いているからなのかもしれない。
ノックスは後方から足音が聞こえてきたことに勘付き再び歩き出した。
「今日は伯爵が舞台に上がる」
僕を通り過ぎるといつもの歩速に戻り、眼前には門番の確認をクリアした人たちがせまってくる。僕はノックスの方へと足を向けて早歩きで追う。真実への隠し扉はまだ何層にも重なって終着点が見えない。でも今日、1つだけでも、扉を開けられるかもしれないと思えるんだ。いつかあの子の心の扉も、開けられるといいのだけど。




