一体感ゼロの英雄の子が父の記憶を捜す
ティグリスとの修行から半年が経過した。木造建築の我が家が朝焼けに照らされる。いっそう赤くなった部屋にだんだんと光があちこちに反射し、閉じた目蓋に焼き付く。オレにしては珍しく修行のために早起きをした。いつもはマグノリアのやかましいアラームで寝覚め悪く修行に向かうのだが、今日ばかりは自分で起きることができた。昨夜机に乱雑に投げた筈の服が、いつの間にか畳まれている。修行以降から洗濯などの家事もしっかりこなしており、ここ最近マグノリアの実行力と忍耐力に成長を実感している。
ティグリスがいたことで魔法の習得自体は思ったより簡単ではあったが、そこから先は上り坂だ。マグノリアはただ火属性と近接戦闘を鍛えれば良い、シンプルな修行になる。しかし、オレは弱小土魔法と弱小風魔法を使えるだけ。他は通常の半分以下サイズのレンガを小さいレジ袋に入る程度作れるくらいだ。
オレが強くなるためにはまず攻撃魔法の完全習得と、保有できる魔力量を増やすのが最優先だ。しかし、ティグリスはあれからまた忙しくなり、オレに構ってくれることはほぼ無くなった。講師がいないことは非常に残念な状況ではあるが、マグノリアに修行を付き合ってもらっている。ライバルとしてオレの実力を伸ばしてくれるし、マグノリアとの稽古や修行は対火属性使いとの戦闘で良い経験になる。そんな彼女は昨日から風邪をひき病床に臥しているため、今日は一人で修行することにしたのだ。
修行場と第四区画への裏道に通じる扉を開くと、長らく油を差していないような耳障りな音が響く。第四区画の復興が終わるまでは扉を眺めることすらなかったので、半年が経過した今でも慣れることは無い。
小密林とも呼ばれたこの獣道は第四区画の半分を占めている。エルキュード王国の王様が自然を愛していたらしく、港湾都市開発の際にジャングルの一部分をそのまま観光地として残したらしい。おかげで過去に魔王軍が攻め入った時、いわゆる『シーシェル侵攻』の足止めに一躍買ったという。
第四区画は未だに、シーシェル侵攻の傷跡が残っている。他国からの侵略を考慮して、外壁から順に復興作業に入っている。故に、第四区画の復興は5年後くらいから始まることになるし、衣食住の安定もさらに先になるはずだ。
しかし、復興すら進んでいない第四区画から剣戟音が響いてくる。第四区画には兵営や訓練場は無いし、瓦礫で埋め尽くされているため場所を使った修行もできないだろう。
「敵…!」
オレが口走った言葉には明らかな高揚感が乗っており、英雄譚の始まりを走りながら期待していた。この半年間培った攻撃魔法を実践するときがきたようだ。各属性の魔法を塊として発射することは時々できるようになった。レンガの欠片は、小さいとは言え長方形型で成形できるようになった。当雑貨屋ではレンガを投擲物として売り出されており、本来の用途とは別に扱わないでください。
段々と剣戟音が耳に刺さるようになり、朝焼けを覆う曇り空と散乱した瓦礫が目に入ってくる。そこには二人の人影があり、お互いのサイズは全く違っていた。大きな人影は鋭利な爪をたてて、小さな人影を力任せに押し込んでいた。獣道から出ると同時に、小さな人影が瓦礫に躓いてしまう。
「うわッ──」
オレは布製の袋にあらかじめ入れておいたレンガを取り出した。攻撃としての能力はさほど無いが、弓のような武器を持たない者には必需品になっている。オレの魔法を売り物にする両親には溜息しかお礼できないが、そもそも攻撃手段としての発想はなかったのでそれは感謝したい。
「やいデカブツの頭でっかち!こっちだぜベロベローン」
古典的な挑発だが、理性のない魔物には効くことだろう。計画通りに魔物は怒り狂いながらオレの方へと向かってくる。瓦礫の山を押しのけて、猛突進してくる魔物に少々怖気付く。
「エダフォス!」
杖の手前側を地面に叩きつけると、杖の奥にある瓦礫や地面が隆起し始めた。魔物の背丈ほどの壁を作ると魔物は壁を壊さんと拳を叩きつける。オレはすかさず杖の先端を隆起した瓦礫の間に差し込んだ。
「アネモス!」
宝石からは強風が発生し、周囲の砂を巻き込んで小さな砂嵐が吹き荒れる。魔物は眼球のサイズが人の頭部ほどあるので、大きな砂粒を含んだ砂嵐には対応できないはずだ。魔物は目を手で抑えながら後退り始めた。オレは魔物の動きを確認しつつ、剣を持った少年に向かって叫ぶ。
「早く逃げるぞ」
「いえ──このままやれる!」
オレの指示を一蹴して少年は剣に青い雷を纏い始めた。魔物はまだ砂嵐に撹乱されており、雷の気配に全く勘づいていない。少年は剣を後ろに下げて、雷が溜まっていくのがすぐに分かるほど剣が眩しく輝き始める。少年の言葉と共に剣を勢いよく突き出す。
「電光!」
「け、剣からビーム…!?」」
突き出された剣から魔物へと一直線に青白い光が放たれる。ようやく目を閉じた魔物も視界が通らなければ敵ではなく、回避できずに直撃した。魔物の体全体に雷が一瞬で行き渡る。第四区画に魔物の甲高い悲鳴が響く。雷が身体を覆ってもビームを止めることなく、段々ビームが直撃している魔物の上半身が焼き切れていく。少年は高い出力の割に平静を保っており、ほぼ同い年のくせして戦闘経験はありそうに見える。こういう時は雄叫びをあげながら出力をさらに上げていくものだと思っていたが、少年は声をあげるどころか表情ひとつ変えない。
いつしか雷の光線が狭くなっていく。魔物はアキレス腱から上を消失しており、周囲には焦げた肉片が散らばっていた。まだ年端も行かぬ少年がここまでの力を発揮できるのは絶対に珍しいはずだ。シーシェルしか世界を知らないオレでもわかる。少年は剣を鞘に納めて、少しの時間沈黙した後オレに視線を向けた。
「ありがとう。魔術師の人」
「あ、うん」
「俺はネオス・キゼモニコス。キミは?」
「レオ・エストレーリャ」
初めての雷を扱った技を見て、しかもあれだけの出力を目撃してしまい呆気に取られていた。ネオスは名前を聞くと頷いた。程なくしてオレから目を離して瓦礫の山を見つめ始める。そして、誰に向けた言葉なのかもわからないほどの小さな声で呟き始めた。
「…これ、父の石像なんだ」
「石像?第四区画に石像があったなんて口伝で聞いたことないし、歴史書にも記述は無かったが」
「10年前に魔王軍の侵攻で壊されちまってな。父はその時第四区画を1人で防衛して致命傷を負い、魔王軍が撤退した後も回復することは無く…」
少年は俯いて悔しそうに両手を強く握った。それは無力感というより、怒りの感情が含まれているようだった。それも魔王軍に対してだけではなく、味方に対してにも怒っているように思えた。
「そんな大仕事を成したのに今まで全く聞いた事なかったぞ。あんたの父親の功績を無かったことにするとか、シーシェルの連中って薄情なやつらだったんだな」
少年はオレの言葉を聞いて肯定も否定もしなかった。いつしか自信を失くしたような表情に変わり、恐る恐る口を動かした。
「違う、と思う」
「はい?なんで庇うんだよ」
「庇ってはいない。…しょうがないんだよ」
再び少しの間口を閉じた後、決心したような顔つきでオレの方に向き直る。
「父が死んだその瞬間。まるで、最初からそんな人いなかったかのように、全員忘れてしまったんだ。俺も、父との思い出がほぼ欠落している」
ティグリスと借りた書物から教わった魔法に、忘れさせるタイプのものは無かった。父が集めたさまざまな秘宝の中に存在するかも不明瞭だ。オレはこの世界について知ってることが多くはない。こいつの言う事に明確な答えを見出せないのだ。
「ふーん…まあこれから暇があったらあんたの父親について各地で訊いてみるよ。なんて訊けばいい」
「エルキュードの英雄、と言えば通りがいい」
エルキュード王国の名を冠する英雄となれば、シーシェルだけでなく王国にも名が拡がっているはずだ。しかも英雄の子となれば、こいつに借りでも作ってやってパシリでも権力濫用でも何でも使ってやる。オレより主人公しやがって。
オレは獣道の方へ踵を返すとネオスが静止した。
「待って。もう1人捜して欲しい人がいるんだ」
「言ってみろ」
「ソフィア・メラーキ、という女の子だ。俺と同じくらいの歳で、いつも首にペンダントを下げて握っている。長い青髪で白いワンピースを着ている。俺の幼馴染なんだ、頼む」
幼馴染ねぇ…。前世のオレの幼馴染は中学生になってみんな疎遠になった。ちょっと腹が立つので聞かなかった事にしよう。
「前向きに検討します。そんじゃ」
空はいつでも雨が降り出しそうで、強風に煽られる黒い雲に覆われていた。ネオスは瓦礫と化した石像の成れの果てをいつまでも見つめていた。オレは修行場に続く分かれ道には足を向けず、わが家のある第三区画へと戻った。




