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嫌悪感ゼロの完璧兄ちゃんが魔法を教える

 オレは今、タオルケットの中に覆い被さっている。

 修行バカの魅力姉(みりょくねえ)ことマグノリアの猛攻と、彼女が思わぬ方向に成長してしまった現実から逃避していたのだ。こうして覆い被さってから数刻経ったが未だにオレのタオルケットを引き剥がそうとし、こちらも負けじと引っ張るという繰り返しだった。


「さあ!修行ですよレオ様!今日のメニューはお庭の雑草抜き、重い商品の仕入れ、雑貨屋の仕事が終われば砂浜での走り込みからの平原で長距離ダッシュですよ!」

「そんなの聞いてこっから出られるか!」

「ボクができる唯一の恩返しなんです!受け取ってくださいよぉー!」

「だから恩返しとかいらないしオマエを助けたのは姉と母だって何回も言ってるだろ!」


 こんなことを最近は毎日繰り返している。結局力の差でタオルケットを引き剥がされることになるのだが、最大限の抵抗はしないと修行に意欲的だと思われかねない。さらに、マグノリアは諦めることを知らない。そこはオレも倣うことにした。ゆえに、修行時間の減少も兼ねて諦めずに引きこもっているのだ。


「いいですか。健全な心は健全な身体を作り、その逆も然りなんです!騙されたと思って修行しましょうよ!」

「オレの心と身体に文句があるってのか!」

「大有りです!」


 マグノリアの言葉と共に猛烈な勢いでタオルケットが吹き飛ばされた。(うずくま)るオレの視界に鋭い陽射しが照り始め、それを背にマグノリアが両手を腰に当てていた。


「さあ行きますよレオ様。勘弁して着替えましょう!」


 マグノリアは、机の上に乱雑に置かれていた外出用の服をオレの前に差し出した。直後に、鼻の中に腐った卵の匂いが香りだした。


「…おい、これ生乾き臭がするぞ。ちゃんと干したのかよ」

「洗濯はちゃんとしました。でも無性に身体を動かしたくなって、カゴに入れたまま町内を外周しちゃいました!」

「この脳筋!あーあ、こんな服じゃクサくて修行はおろか仕事すらできないなー。残念だなー」

「ぐぬぬ…。ならいっそ裸で…」

「警邏に捕まるわ」


 マグノリアは生乾きの服を掴みながら悔しそうに顔をしかめていた。今日こそ修行せずに家でグータラスーダラするぞ。


 しかし、決意が固まったオレの部屋にノックが響き渡る。苛立ちも怠惰も包み込むような清らか且つ優しい声音がオレたちの耳に流れ込み、静かに扉が開き始める。


「おはようございます。今日も二人は元気ですね」

「ティグリス様!おはようございます」

「なんでティグリスがここに…」


 ティグリスはほとんど部屋へ訪れたり、食事以外で顔を合わせることはない。聖人の思惑などオレが知る由もないが、このタイミングで入ってきたということは何か狙いがあるに違いない。


 ティグリスの右手は膨らんだ紙袋を持っており、先程のマグノリアとは全く似つかないほどに丁寧に紙袋を差し出した。


「どうやら着替えられる服が無いみたいですので、僕のおさがりでよければお譲りしますよ」


 ティグリスの厚意は実にありがたいのだが、修行から逃げられる手段を奪い去る辺り残酷だし迷惑だぞ。


「いや、流石に受け取れんて…」

()いのです。それに少年時代あまり使わなかった服で揃えましたから」

「そういう問題じゃなくてだな」


 断るごとにティグリスの顔から包容力が消え失せていく。ティグリスの瞑った目の周囲はどことなく色がくすみ始め、同じ笑顔なはずなのに凄まじい圧を感じる。


「レオ。今日は僕も修行にお付き合い致します。マグノリアほど厳しくはありませんので、どうぞ受け取ってください」

「レオ様!ここは受け取っておきましょう!」


 オレの恐怖心などいざ知らず、マグノリアは純情な白い輝きを持った眼で見つめていた。


「は、はい…」


 どうしておっか姉もティグリスも母親も、笑顔がこんなに怖いのだ。遺伝か?やっぱり遺伝なのか?しかしオレにはそんな威圧感は無い。ということはオレは父親みたいに尻に敷かれてしまうのか。自身の将来、又はティグリスとの修行に一抹の不安を覚えてしまう。


「では早速着替えて下さいね。修行メニューと修行場所は着替え終えたら紹介します」


 ティグリスは柔らかい表情に戻ったのち、部屋から緩やかに出ていった。オレは視線を戻し、布団から渋々脱出する。ティグリスの修行は初めてだし、受けておく価値はあるだろう。


「そいじゃ、着替えますかな」


 女の子であるマグノリアの前でスッポンポンになり、ここいらで男としての矜持を見せつけようとした。しかし、マグノリアは一歳恥ずかしがることなく、むしろ何の臆面もなく近づいてくる。


「レオ様、お手伝い致します!」

「……もしかして痴女?」


 マグノリアはおさがりの服を持ちながら首を傾げた。まだ10代前半の女子が痴女って言葉を知っててたまるか。正常な反応に安心した。


 マグノリアがどんなことがあっても引かない精神なことは分かりきっているので、ここは歳下らしく甘えるとしよう。オレは部屋着のボタンを外していき、鎖骨や胸筋を露骨に強調してみせた。ここまできたらマグノリアを誘惑して、オマエがここにいることのおかしさと恥ずかしさを教えこんでやる。


「はやく脱いでください」

「はい」


 機械的に服の回収、譲渡を繰り返す。少しくらい赤面してくれてもいいだろう。とはいえ、褒められる身体ってワケでもないし当然の反応ではある。ま、誘惑したところでロリだしタイプじゃないしいいんだけどさ。


「今日はちゃんと洗濯して干してくれよな。ティグリスの修行とやらで発散できるだろうしさ」

「は、はい!了解です」


 マグノリアは自身の腕をさすりながら、いつもより大きな声で答えた。そんなに修行できるのが嬉しいのか。オレにゃわからん世界だ。


 オレは部屋の片隅にあった姿見を確認した。シンプルな貫頭衣をベルトで留めた物となっている。つまり、典型的な村人衣装だ。見た目に気を遣うティグリスも、昔はこのような簡素な服を着ていたのかと不意を突かれた。


 扉を開けると、目の前には杖と本を抱えたティグリスが着替えたオレの方を見てニコリと笑った。


「サイズは丁度いいですね。とても似合っています」

「オレはこういうのがお似合いってか」

「ふふ、きっと礼服だって似合いますよ」


 ティグリスは屈託のない笑顔で返答した。こういう手合いは苦手だ。


 三人が木造の廊下を進むなか、マグノリアが口火を切った。


「ところでティグリス様。今日はなぜお時間が取れたのでしょうか」

「今日の修行のために、家庭教師にお願いして課題を先取りして終わらせたんです。レオはもうすぐ10歳ですし、今のうちに魔法の適性や魔力量を調べないといけませんので」


 オレは姉を除いて家族間での評価は低い。それは家族との会話の中で評判を下げるようなことをよく口走っているからだ。しかし、そもそもティグリスとは遭遇することが少ないもので、評価を下げる機会がないのだ。故に、自らの時間を削ってまで修行に付き合ってくれるのだろう。別に頼んだわけではないのだが、魔法の習得は必須項目なのでティグリスの厚意に感謝しよう。


 しかし、課題の先取りやおさがりの用意など、オレとの修行は前々から計画していた様子だった。ここ最近ほとんど見かけなかったのは、外での鍛錬や家庭教師との学習続きだったからだろう。とても10代前半とは思えない生活だ。


 雑貨屋の裏口から出ると、薬草が植わっている庭に出る。通行可能な足場を踏み出し、ティグリスが目の前にある木造扉を開いた。扉の先は禁止区間のシーシェル第四区画、つまり魔物により荒廃した焼け野原に繋がる草が生い茂る獣道だ。マグノリアはオレと同じことを思ったのか、恐れることなく忠告した。


「ティグリス様。第四区間は通行禁止でございます」

「大丈夫ですよ。僕たちが向かうのは第三区画の端っこの空き地です。山に近付きますが、魔物は比較的出現しにくいです」


 ティグリスは不安定な足元を確認しながら明るい声音で返した。第四区画へ通じる道から外れ、獣道が段々と石レンガで舗装された足場に変わっていく。


「ここは十年前にある建造物の建設予定地だったんだけど、魔物の襲撃で予定が流れてしまってね。復興局に頼んで自由に使わせてもらってるんです」

「…ティグリスはもしかして顔が利くのか?」

「よく議会の見学をしていまして、その時に挨拶回りをしています」


 課題や鍛錬だけでなく、お偉い方たちに挨拶回りや売り込みもしていたらそれはもう商人だ。今後は親と兄の脛かじりとして生きていこうかな。


 いつしか舗装路は遊具の無い公園のような場所につながり、空き地の擁壁には焦げ跡や泥が残っていた。空き地にしてはそこそこ広く、テニスコート分の広さはあるだろう。


「あの壁に向かって魔法を打つのです。この杖をお使いください」


 ティグリスは杖で壁を差した後、そのまま手渡してきた。木で作られた真っ直ぐで先端がCのように曲がった杖だが、先端には渦状の魔力の塊が蠢く黒い宝石のようなものが嵌め込まれていた。これと同じ物をマグノリアにも渡した。


 ティグリスはもう片方の手にあった本を開き、指をずらしてペラペラとページをめくっていった。


「…ではまず、魔法適性から。火水風土のどれかに適性があると、宝石がそれぞれの属性に対応した色に変化します。他にも光と闇属性もありますが、この宝石は対応していません」


 ティグリスは『魔法適性の検査』というページで止め、手順が書かれている部分を指でなぞった。把握している手順を再確認しているのだろう。


「最初に体内の魔力を練ってみましょう。深呼吸をしてから腹部に意識を持ってみてください。腹部を手で抑えるといいですよ」


 二人は大きく深呼吸をしてから、手を腹に持っていった。


「集中していくと、腹部辺りに魔力が回転し始めます。それは魔法を初めて使う時のみ起こる現象ですので、今後は身体全体に魔力が行き渡ります」


 へその部分から回転する魔力の大きさが弱まりつつも広がっていき、回る魔力の流れが身体全体に行き渡るのを感じた。


「指先まで魔力を感じたら杖を構えてみてください。先ほどは光らなかった宝石が光り始めます」


 未だに光らないオレの杖をよそに、マグノリアが持つ杖が赤く光り始めた。マグノリアは目を丸くして歓喜の声が漏れていた。


「この色はもしかして…!」

「おお、これは…!真っ赤に光りましたので強力な火属性適性を持っていますね。ここまで強力だと火炎魔法に高い耐性があるので、拳や脚に炎を纏わせることもできますよ」


 マグノリアは喜びの感情をむき出しにして、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。今まで拳闘の修行しかしなかったので、魔法の修行でしかも才能ありとなるとそれは嬉しいに決まってるだろう。初っ端チートで羨ましい限りだ。


 マグノリアに便乗してオレも杖の宝石を確認すると、焦茶色に薄く光っていた。


「これは…平均的な量の土属性、ですかね。ほんの少しだけ色が緑色に濃くなってるので、もしかしたら風属性も使えるかもしれません」


 オレの魔法適性は平均的な土属性と風属性らしい。転生前はもちろん転生後から今まで魔法には縁がなかったので、嬉しくなって口元が弛む。


「なあティグリス!二属性使えるのはレアなんだよな。オレは選ばれし魔術師で二属性の魔法で敵たちをギャフンと言わせて…」

「いえ、特段珍しい訳ではありません。相反する属性同士でしたら重宝されますが、土と風は隣り合う属性です」

「あっそう」


 転生モノではこの魔法適性の検査で『二属性だとォ!?』とか『こんな力が…ありえない!』などと言うのがお約束だと鈴木が言っていたが、別にそういうイベントは起こらなかったな。


 ティグリスは再びページをめくりながら喋り始めた。


「では早速魔法を打ってみましょうか。まずはマグノリアからいきましょう」

「はい!」


 マグノリアが一歩前に出て、焦げた擁壁に向かって杖を向けた。ティグリスは本を片手に手順を文章通り読み上げた。


「指先に魔力を感じ、宝石が光っていますね。では、燃え盛る炎をイメージしてください」


 マグノリアは歯を噛み締めながら目を瞑っている。少し時間が経ち、宝石が火を纏い始めた。マグノリアは火の明るさと熱さで思わず目を開けてたじろいでいた。


「イメージに成功しましたね。次は杖を壁に向けて、突きながらフォティアと唱えましょう」


 マグノリアは強く握りしめた杖を思い切り突き出して叫んだ。


「フォティア!」


 杖の先端を纏う火の玉が丸くなっていき、すぐさま発射されていった。凄まじい速度で放たれた火の玉は擁壁に直撃。火の玉は壁に衝突した直後に弾けて消えた。


「すげー…」

「やりましたレオ様!ティグリス様!ボク、魔法が使えました!」

「初めてなのに素晴らしい火の玉でした。あの速度は僕でもなかなか出ませんよ」


 初めて魔法が使えただけでなく、ティグリスから最大級の褒め言葉をもらったことでマグノリアのテンションは限界まで達していた。優しく微笑むティグリスがオレに振り向き、目を輝かせていた。


「それじゃあレオもやってみましょう。マグノリアと同じ要領で土や大地とかをイメージしてください」


 オレは期待されるのが好きではない。両手を軽く握りしめて、目を閉じた。


 薬草の生えた綺麗な土壌。海を押し返す砂浜。火山にて沸き立つ溶岩。大地に関するあらゆる物体をイメージする。それはやがて魔力によって確かに存在する物へと変化していく。


「イメージできたら、同じように杖を突きながらエダフォスと唱えましょう」


 杖の先端には浮遊する石や砂が回転している。一度杖を胸のあたりまで下げ、すぐさま押し出した。


「エダフォス!」


 宝石から聞こえるゴツゴツと言う音と共に、宝石が強く光り出した。やがて杖は魔力の奔流が可視化されて大きく震え始めた。片手では抑えきれずもう片方の手を持っていく。


「な、なんですかこの光は!?」

「レオ様、大丈夫ですか!?」


 こ、これは、凄まじい威力の土属性魔法が放たれるのか!?ようやくチート能力に目覚め世界からヨイショされてモテまくり生活の始まりだぜ!いつのまにか空き地は光で満たされて、足元の砂は円形の衝撃波で波打っていた。間違いなく最強威力の魔法が打てることを確信し声を張り上げた。


「うおおおおおおおおッッッ!」


 空き地の杖から放たれる光はやがて消えていき、光が宝石に収まった瞬間、宝石から小さな赤い塊が落ちた。眉をひそめながらティグリスとマグノリアを交互に見る。二人が頷いたのを確認し、その塊を恐る恐る拾い上げる。冷たくも熱くもなかった。それは故郷のとある観光スポットで割と見る、石片くらいの大きさの物だった。


「これ…レンガじゃん」

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