正義感ゼロのクズ少年が傷だらけの少女を拾う
オレがこの世に生を受けてから、ちょうど4年が経過した。1歳のオレはまともな食事も会話もできなかった。会話ができるようになった後も今日までずっと両親が過保護で、なかなか外にも出してくれなかった。
そんな両親は元々身分に差があり、結婚はおろか本来会うことすらままならなかったという。しかし、凄腕トレジャーハンターとして生きる父親が、とある名門貴族の秘宝を盗みに働いた際に令嬢だった母親と出会った。母親は美人で既に婚約者もいたのだが、とんでもなく性格に難があることで知られていた。
例えば、お見合いが決まった時には両親の部屋を拳だけで穴だらけにしたり、婚約者と出会い頭にぶん殴ったりと超じゃじゃ馬だったと聞いている。そんな時出会ったのが、トレジャーハンターとして生計をたてていた父のビオスだった。母のエレフテリアは、そんな自由な生き方に一目惚れしたのだろう。
ビオス曰く、自分はもう良い年齢で身を固めたかったと照れ隠ししていたが、日頃のイチャイチャぶりから見てもそれだけじゃないのは明白だ。お互い一目惚れなのだ。
ビオスが妻帯者となってからは沿岸部の小さな町で大きな雑貨屋を構えて、ニューカマー冒険者や旅人たちの支えとなっている。エレフテリアも同じ店で武器防具などを売っており、両親揃って商魂たくましいものだ。なかなか上手く行き過ぎている人生で、明日にでも王国の騎士たちが前科を糾弾しに押し寄せてきそうで不安がいっぱいだ。そんな不安をよそに、毎日毎日イチャイチャしやがって。エレフテリアは最近30歳になったばかりなのにオレで三人目やぞ。
ビオスたちの過去を聞いてからは、オレも自由になりたいだのこんなとこから家出してやるだの言って、ようやく自らの足で外の空気を吸うことができた。
とはいえ付き添い一人を連れて行くことが条件で、本来付き添ってくれるはずだった長男のティグリスが多忙なために辞退。両親は商売でもちろん辞退。そこで、オレが家族の中で一番嫌いな『おっか姉』ことイレネが立候補したのだ。あの暴力女はオレが激しく反対したのに、たんこぶができるほどの威力で殴ってきたのだ。それと、イレネはいつもオレの考えていることを当ててしまうところも嫌いだ。
「レーオー?今変なこと考えなかったかなー?」
あーおっかねえ。まだ7歳なのにこの威圧感だもん。
「はははー。姉貴にはお見通しだなー。昨夜おっか姉の料理に鼻くそ入れたことを知って──あいたーッ!」
「レオはホント面白いなー」
イレネは作り笑いをしながらオレの頭頂部を叩いた。長い黒髪を靡かせてオレの前を歩き始めた。
ここはシーシェルという沿岸で栄える町だ。最近のシーシェルは養蜂のほかに鯨を特産品とし、さまざまな商船が往来している。それもあってか積荷を持った人たちが忙しなく右往左往している。
「しっかしなー、今まで店前しか見たことなかったけど、この町こんなに広かったんだなー」
「そうよ。何せ元々は大港湾都市とまで呼ばれた場所だったもの。5年前の魔族の襲来によって、まともに動いてる場所は壊滅的になったけどね」
「あんなぐちゃぐちゃにされたのにほとんど復興したもんな。いやー大したもんだぜ」
昔話に花を咲かせていると、向かい側から屈強な男性が手を振りながら近づいてきた。
「ようイレネの嬢ちゃん!おっ、レオの坊ちゃんは久々だな。大きくなったなー」
「そういうオマエはガタイが小さくなったか?筋トレサボってんじゃねーぞ」
屈強な男性は腕を組んで笑いながらオレの顔を覗いた。
「言うようになったじゃねェか!嬢ちゃん、こいつぁデカイ男になるぜ!」
「ええ、レオは神童でございます。将来は有望ですわ」
「それはねーだろ──いってッ!」
ちょうどたんこぶできてるところを殴りやがってチキショー。
男性が白い歯を見せて大きく笑いながら立ち去っていった。シーシェルはこういうタフな人たちが揃う町なのだ。故に、住民にどんなに皮肉や暴言を吐いても、たかが子どもの悪態だと思われて流されるだろう。
「それじゃレオ。次は海岸にでも行こっか」
「…あーあ、水着のオネーサンいねーかなー」
「こんな寒い季節にいるワケないでしょ」
今の時期は寒い風が吹き付ける冬の真っ最中だ。市内はおろか海岸も冷えた地面と風がシーシェルを覆うのだ。水着とか着ようモンなら腹が冷えて便所が大変なことになるだろうな。ただ、この季節は鯨の水揚げ量が増えることもある。それと、女の子の素肌が見えないのは残念ではあるが、寒さに凍えながら赤くなる女の子を見るのは眼福なのだ。意外と冬には悪態をつけない。
「まーた変なこと考えてるでしょ。町ではその顔やめなさいな」
「え!顔に出てたか!」
「ええ。眉毛を羽ペンの先端ほど吊り上げて、いつもより一層目が鋭くなって、片側の口角がわずかに引き攣るその顔はいやらしい事を考えてる証拠なのよ」
あーこいつまじ嫌い。やっぱりティグリスが暇になるまで我慢すべきだった。おっか姉は兄には無関心なのに、オレにはいつも付き纏ってくる。さらに、おっか姉は常にオレの考えてる事を当てるが、逆はほとんど事例がない。こんなおっか姉の元に転生させたヨロちゃん許すまじ。
オレたちの身内話を町中で堂々と話していると、海岸までの立て札が目に入った。しかし、オレにはその立て札や先に広がる海よりも目に留まるものがあった。立て札の裏の茂みに隠されているように、傷だらけの人間が捨てられていた。いち早く気づいたオレは茂みを掻き分けて駆け寄る。オレはその人間を静かに抱きかかえて、身体をじっくり眺めた。
「砂だらけってことは海辺から来たんだな。痩せこけてるし壊血病の初期症状も出てやがる。おいおっか姉!とりあえずこの子をおぶってくれ。家で治癒魔術に長けた母上の力を借りる」
「レオ……。わかったわ!」
おっか姉は珍しく人助けをしたオレにいたく感動したのか、目がじんわりとしていた。今までのオレは売り物にションベン垂らしたり、おっか姉が食べる料理に鼻くそを混ぜたりしていた。そんなオレの成長が直に感じられたのだろうが、おっか姉の感動はすぐに引っ込むことになる。
「この子を育てたら絶対オレ好みの女の子になる!」
清楚の証たる焦茶色のロングヘアー。ほぼ同い年で健康状態劣悪な割に発育の良さが滲み出るスタイル。服装もチャイナドレスっぽくて大人になっても着せたい。間違いなくこいつは金のタマゴだ。
「おっか姉!オレは絶対この子を助けるからな!行くぞ!」
背の高いおっか姉の表情が何故か見えないので彼女の心境は不明だが、あのオレが人助けをするんだ。さぞ弟の成長に喜んでいることだろう。
オレはおっか姉の歩幅に合わせることなく、行きに歩いた道のど真ん中を堂々と辿るのだった。いつしか先程までの町の喧騒がなくなり、日が沈んでいくなかで三人の子どもがシーシェルいちの雑貨屋へと消えてゆくのだった。
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あれから4年が経った。海辺で拾ったあの女の子は順調に回復していき、今ではオレに仕える使用人もどきとなり居候していた。両親もきょうだいも彼女を快く迎え入れてくれた。ただ、オレは非常に後悔していた。
「レオ様!朝ですよ!今日も修行ですよ!起きてください!」
彼女──マグノリアは無邪気にオレの休日ぐうたらライフを妨害していた。彼女なりに慕っているのは嫌というほどわかる。ただ…。
過去と決別するとかほざいて、あの麗しい長髪をバッサリ切ってしまった。オレはロングヘアーが好きだったのに。その割に過去の道場での日常が忘れられないらしくて、よくわからん拳法の修行に毎日付き合わされている。
マグノリアは腕を伸ばしたり屈んだりの構えを繰り返しながら、オレの横で変な掛け声を出していた。
「ハッ!ハイヤッ!レオ様。一日の計は朝にあり、ですよッ!ホッ!」
ああ…どうしてこうなった。




