08 美しい娘のひとり語りも読み飛ばし推奨
ここからは、美しい娘のひとり語りですぅ~。
えっ?
ウンディーネちゃんじゃないのかって?
だってウンディーネちゃん、もうフルちんとシーサーちゃんと皆で仲良く、ゲロ王国だったかカウボーイ王国だったかに帰っちゃったしぃ~。
あっ。そういえばキューレボルン様も一緒だったかぁ~。あの人、ここに残されそうになって、慌ててシーサーちゃんの鬣に縋り付いてたもんねぇ~。
だからこのアタシ、辺留田 流梛が語っちゃうよぉ~。
って言ってもねぇ~。なんかこう、めんどくさい仕事押し付けられたなぁ~って。
前世? やり直し前? でもそうだったけど、とっ散らかって皆が好き放題やったあと、誰がその後始末したかって、それ、アタシだからぁ~~~~!
ハイハイ。
そりゃアタシ、フルちんとウンディーネちゃんが結婚してるって知ってたのに、二人の間に割って入ったよぉ~? だって仕方ないよねぇ~? フルちん行方不明になる前は、アタシのが先にフルちんと、ちょっといい感じだったんだしぃ~。心配して心配して、やっとこ帰ってきたかと思えば、ウンディーネちゃん連れて戻ってくるしぃ~。
この裏切り者! そんでもって泥棒猫! って思っても仕方ないっていうかぁ~。
でもねぇ~。ウンディーネちゃんを好きになっちゃったのぉ~。アタシもウンディーネちゃんも、お互いがお互いを好きになっちゃったのぉ~。
だからねぇ~。
キューレボルン様さえ、邪魔をしてフルちんやアタシ、人間を驚かして脅かしたりしなければ、アタシ達は三人、とっても仲良くやっていけたのぉ~。
とはいえ、アタシがフルちんを試したり誘惑したりぃ。ウンディーネちゃんに酷い言葉を投げつけたりぃ、人の子同士フルちんと結託して、水の精のウンディーネちゃんを蔑ろにしたのは事実よぉ~。
キューレボルン様の嫌がらせはウンディーネちゃん自身とは違うのにねぇ~。アタシもフルちんもアホだったのぉ~。まるでウンディーネちゃんが恐ろし気な怪物のように思えてしまったのぉ~。
退治すべき異物で、アタシとフルちんの恋の邪魔者だって。
でもそれでもフルちんは、浮気心を起こしても、本当はずっとウンディーネちゃんを愛してた。
だってフルちんが浮気心を起こしてしまったのは、キューレボルン様の絶え間ない嫌がらせに、すっかり神経を擦り減らして参ってしまった。ただそれだけなのだから。
そりゃあ確かに、妻だけでなく他の女に目移りする、ありがちな男の性だって、もちろんあったろう。
ウンディーネという水の精、その物珍しさに好奇心を惹かれたものの、結局はベルタルダという人間、その故郷に帰結したくなる、どうしようもない身勝手さも。
だけれど、それをあんなに酷いやり方で試され続けて、気を確かに持て、だなんて。
いったい誰が耐えられる?
騎士フルトブラントは、愛と猜疑心とを夢でも現実でも、水の精キューレボルンによって試され続けていた。
気狂いになっても仕方がない。
しかしキューレボルンは魂を持たぬがゆえに、それがわからなかったのだ。
同族が人間によって理不尽に軽んじられ虐げられてはいないか、夫となった男の誠実さに虚偽はないか。
そうして幾度も男を揺さぶり試し、ウンディーネの様子を伺おうとも、心を解することのできぬキューレボルンは、愛の嘆きと哀の嘆きの違いも、それがまたよく似通い結びつくということもわからなかった。
ただそれだけだった。
そうして水の精の掟によって、水辺でフルトブラントに罵られたウンディーネは去った。
ウンディーネの喪失に悲しみ、嘆いたベルタルダとフルブラントは、互いの傷ついた心を慰め合うために、結ばれようとして。
ウンディーネは泣く泣く、再び水の精の掟に従うはめになった。
――アタシがウンディーネちゃんに、フルちんを殺させてしまったの。
水の精たるウンディーネには、どうすることもできなかった。
夫は二人の妻を娶ってはならない。
彼らの世界の神様がお決めになられたこと。
それを破った、救われぬ魂の夫を持ったのならば。妻たるウンディーネは彼を裁き、命を取るしかなかったのだ。
う〜ん。
真面目な話するのに、最初のあの話し方――語尾を伸ばすやつ、疲れちゃったぁ〜。
ここからは普通に話そぉ〜。まぁ、途中からすでに口調変わってたけどぉ〜。
そこは許してちょ~!
いつまでも道化してたって、アタシも疲れるし、読んでるアナタも疲れる。そうでしょ~?
どうせここからは、種明かしというただの説明文の羅列。
なぜ? どうして?
そんな疑問に応じるだけの。
フーケーは美しい悲恋として、彼らの恋物語を後世に書き記した。
そりゃ、悲恋のおとぎ話、アンデルセンの『人魚姫』ほどには日本で有名にはならなかったかも。
どうしてかな。
ドイツ本国でフーケー自身の脚色とE.T.A.ホフマンの作曲とでオペラになったのもあるし、フランスではジロドゥがフーケーの『ウンディーネ』をベースに戯曲『オンディーヌ』を書き下ろした。
バレエもミュージカルも、様々な媒体のモチーフとなっているのに、ウンディーネちゃんとフルちんについて、『人魚姫』ほど誰かと悲しみを分かち合うことはなかった。
だけどそれでもアタシは、二人の悲しい恋の結末に、胸が痛かった。
悪役令嬢モノの、ヒーローが庶民出のヒロインを選んだ挙げ句、やっぱり様々な習慣やらの違いで破綻して、ヒーローは悪役令嬢に戻ったけど、ヒロインにヒーローは殺されちゃいました、みたいな。
胸が痛い。
バッドエンドもいいところ。
アタシがベルタルダの生まれ変わりなのか。
それとも辺留田 流梛なんていう、ふざけきった名前が偶然一致してしまっただけなのか。
それはわからない。
わからないけれど、この悲恋に涙を流して、その雫からキューレボルン様が現れたとき。
一も二もなく、これはチャンスだと思った。
あの結ばれるべき二人の恋人を、正しく運命に戻すための。
もとを辿れば、フルちんの義妹、アーニャちゃんが女王になるため、神々の恩恵を賜りに旅に出る。そういう運命の子が、あちらの世界で生を受けると定まったことがきっかけ。
アーニャちゃんの国、カウボーイ王国――じゃなかった。ガルボーイ王国では、代々王様が雷神ペルーン様の名を継ぎ、その祝福を賜る。
だけど雷神ペルーン様は男神だから、その名は王位に就いた男子しか授かることができない。
神の祝福、その加護を受けない王は、国と民を脅かす。
それが事実かどうかより、そのように皆が思ってるってことが重要なのだ。
だからアーニャちゃんは王位を継ぐのに、ペルーンの名を継げないことに代わって、様々な神々や精霊の祝福が必要だった。
そこで最後に祝福を与える段取りになっている火の神スヴァローグ様に、運命の女神ロジェニツァ様がお声がけなさった。
だってロジェニツァ様はずっとウンディーネちゃんの嘆きをご存知でいらしたから。
そしてフルちんの骸を抱え続けるウンディーネちゃんを、キューレボルン様もまた、魂を持たずとも哀れに思われた。
いや、もしかしたらウンディーネちゃんの父親、キューレボルン様の弟の水界の王様からせっつかれただけなのかも。
そうして巡り巡って、ウンディーネちゃんは日本にやって来たのだ。フルちんとただ二人で。
二人を邪魔した水の精の掟。
この呪縛が二人の愛によって完全に打ち消されたかは、誰にもわからない。ウンディーネちゃんが人間になった今でも。
神様方はご存知なのかも。でもアタシはただの人間だし、キューレボルン様も、たくさんいる水の精のうちの一体に過ぎない。
だけど、二人にはシーサーちゃんがついている。
フルちんがウンディーネちゃんを水辺で罵っても、ウンディーネちゃんが水晶宮に引き戻されそうになっても。沖縄生まれ、沖縄育ちの海蛇、シーサーちゃんがウンディーネちゃんをグワッと大きなお口でくわえて、その都度きっと引き戻してくれる。
っていうか、フルちんがウンディーネちゃんに酷いことを言わなきゃいいって、それだけなんだけど。
でもまぁ、ケンカもしない夫婦なんてありえないでしょ?
え? ある?
そうなんだぁ~……。
いいねぇ~。いや、どうかな? アタシはケンカ、そんなに嫌いじゃないからなぁ~。
人それぞれだよね!
そんなことより、ウンディーネちゃんはもう、魂を得ただけの水の精じゃない。
ウンディーネちゃんは人間になった。
出産の女神ロジェニツァ様が、転移と同時に、ウンディーネちゃんを新たな人間の子として、ここ日本に産み落とした。
それは二人が互いに、一目で恋に落ち、運命だと悟ったから叶った奇跡。
やり直す前と同じように、みずみずしく純粋で、やり直す前より、深く芳醇な。
あはっ! ワインの解説みたいぃ~!
だから二人は似たり寄ったりな時間の流れで、これからは生きていく。
おじいちゃんになるのも、おばあちゃんになるのも、同じようなペースで。
そういう仕組み。
アタシがウンディーネちゃんを殴ろうとした理由?
どうかな。
自分でも答えは一つじゃない。
だけど、今度こそ、二人がうまくいけばいいって、そう願ってることは嘘じゃない。
美しい娘の失恋が、ここで決定的になったことと同じように。
アタシは辺留田 流梛。ベルタルダじゃない。
美しい娘のひとり語り、これにてオッシマイぃ~。
ちょっと冗長だったねぇ~。
最後まで付き合ってくれて、ありがとう~。
こっからはねぇ、ホラ、ただのハッピーエンドぉ~!
それだけっ!
ばいば~い♡
あっ。
そういえば、冒頭でウンディーネちゃんが『そちらはご覧になられずとも、今作には一切支障はございません』って関連作について言及してたヤツぅ~。
そうでもなかったっぽい?
ごめんねぇ~?
読まずにわかったかなぁ~。そうだといいなぁ~。
でも気が向いたら、読んでくれたらいいなぁ〜。
おしまい♡