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06 シーサーペントのシーサーちゃん




「ひゃっは~! お台場ぁ~! フジテレビぃ~! ユニコーンガンダムぅ~! 実物大ぃ~!」



 びゅおうびゅおう、という強風に煽られ、毛先に向かって黒から青に変化するファンタジックな髪が、バカ女の顔を嬲っている。

 まるで燃え上がる青い炎のように、自由に舞ったり、バカ女のベッタリと塗られた紅に張り付いたりしている。

 バカ女は、そんな青い毛をモゴモゴと噛みながら叫んでいた。


 きたない。


 一方でわたくしは、バカ女とは対称的に、優雅に、入口の『じどうはんばいき』でバカ女が買った『かんこーひー』を片手に、格子越しの様子を眺める。

 緑で覆われた人工的な小島がポツリポツリと浮かび、クルーズ船はゆったりと進み、波間に白い軌跡を残していく。


 キューレボルン伯父様はもはや、すっかり姿を隠すつもりはないようで、格子の向こう側、宙に浮き、白い衣装をヒダにしてひらひらと波打たせていた。



「して、我らをここに導いてどうする気だ。辺留田(べるた)殿」



 フルトブラントは厳めしくバカ女と、またキューレボルン伯父様を睨みつけた。

 ちなみにフルトブラントは『かんこーひー』を断った。

 「辺留田殿の思惑を知るまでは、信用できん」と言って、今もわたくしの手からかすめ取って捨てようとしている。フルトブラントとわたくしは『かんこーひー』を互いに引っ張りあっている状態である。

 腕がブルブルと震えるが、この戦い、負けるわけにはいかない。


 静かな戦いを繰り広げるわたくし達に一瞥をくれると、バカ女はふっと小バカにしたように笑って「うんうん。もうこれでバッチシだねぇ~」と言った。

 それからキューレボルン伯父様へと振り返る。



「こっから先は、アタシに出来ることはないよぉ~? だってアタシ、ただの人間だしぃ~。あとはキューレボルン様プリーズ!」


「いやはや。ベルタルダちゃんは今も昔も変わらず、マイペースじゃのう……」


「えええええええぇ~。それ、キューレボルン様だけには言われたくないやーつ! キューレボルン様が邪魔しなかったら、そもそもフルちんとウンディーネちゃん、ふっつ~に結ばれてたと思うんだよねぇ~」


「何を言うか! おぬしが横恋慕なんぞするから!」


「ああっ! 言ったなぁ~? そもそもアタシ、キューレボルン様にチェンジリングされたせいな気がするんだけどぉ~。ねぇねぇ~、諸悪の根源ってキューレボルン様だよねぇ~? そうだよねぇ~?」



 何やら言い争いは始まった様子だったが、なんのことやら検討もつかない。

 わたくしとフルトブラントが結ばれた? どういうことだ?



「あー。ウンディーネちゃんもフルちんも、やり直し前の記憶、ないからねぇ~。仕方ないねぇ~」



 まだ何も口にしていないのに、バカ女はまるで、わたくしの心を読んだかのように答える。

 この女は魔女だろうか。



「いや、だからウンディーネ。おまえはずっと、その心の声とやらを口に出し続けているからな」



 呆れたように口をはさむと、フルトブラントは「だが」と続けた。



「私もなんの話なのか問いたい。ウンディーネと出会ったのは今日が初めてのはずだ。なぜなら私はゲルプ王国より出たのは、これが初めてなのだから。仮にもし、これまでに一目でも見かけていたのなら――いや、それはいい。

「そしてまた、ゲルプ王国にあった頃の私は、それなりに負うもののあった身。そうそうたやすく女人と触れ合うことなどしない」



 不信感露わにバカ女を睨みつけると、フルトブラントはわたくしに目線だけくれた。

 ついでに『かんこーひー』はわたくしが奪い取った。ぐびりと飲んだ。



「――毒は入っていないようだな。だが、辺留田殿に加え、あの不審な者まで増えた。彼等を信用するなど――」


「わたくしは水の精。毒など混入されれば、即座にわかる。ちなみにあの不審者ーズの一人はわたくしの伯父様」



 するとフルトブラントの顔がパッと明るくなった。



「そうか! ではあの者はそれなりに信用できるということだな!」


「いんや。血縁だからこそ、ようくよーうく、わかっている。キューレボルン伯父様ほど、信用のならない水の精は他にいない!」



 途端にフルトブラントの顔は暗く、陰りを帯びた。そして目をつむる。静かに深く頷く。なにかを確かめるように。



「……いや、それもそうだな。ウンディーネの血縁の者とあれば、それもいたしかたあるまい」



 なんと無礼な。わたくしほどまっとうで清く正しい水の精はいないと、いつもお父様は、お父様は、おとうさまは――。



「ご尊父もウンディーネの珍妙さを認めていたということだな」



 ぐぅっとうめき声を漏らすと、フルトブラントは「どうにもおまえのご尊父はまっとうな人物らしい。いや、人ではないのか……?」とぼやいた。


 この一帯は東京湾だと、姿を隠した水の精が、わたくしの耳元でしきりに囁いている。

 しかしわたくし達の立つ場所から手すりを隔てたすぐそばで、『くるま』が幾台も猛スピードで走り抜け、定期的に先ほどの『ゆりかもめ』も走っていく。

 うるさくてかなわないし、もうもうと立ち上る、カラカラと乾いた煙のような臭いも酷い。


 だから気がつかなかった。


 ざわざわとした異質な波の音。東京湾とは異なる潮の様子、香り。

 いや、違う。気がつかなかったのは、それだけが理由じゃなくて――。



「はいさ~い! シーサーちゃんさ~!」



 ざばぁああああああっ!


 東京湾から姿を現したのは、巨大な海蛇(シーサーペント)だった。

 いただきには銀色に輝く巨大な一角。硬そうな銀色のたてがみ。長い長い銀色の口髭がゆらゆらウネウネと宙を泳いでいる。



「はじみてぃや~さい! シーサーちゃんやいび~ん! み~しっちょ~てぃくぃみそ~り!」



 ぷかぷかと海に浮かぶ巨大シーサーペントに、フルトブラントは魂が抜け出るんじゃないかと思うほど大きく、深くため息をついた。



()()もウンディーネ、おまえの眷属か……?」



 次から次へとおまえの身内は何がしたいんだ、わけがわからん、説明してくれ、と付け加えて。


 いや。わたくしもわからんのだが。




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