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03 皿の回る魔術




 それから再び、ぐるぐると一人、キューレボルン伯父様への恨みつらみに思考を巡らせていると、「それにしてもどうして皿が回っているんだ! 魔術か!」という困惑した叫び声が耳に飛び込んできた。


 そうなのである。


 遡ること一時間前。

 わたくしとフルトブラントは、何故か『にじゅういっせいきのちきゅう。にほんという国』に降り立ってしまった。

 人魚達のパーティーは、わたくしとフルトブラントの突然の消失によって、おそらく大混乱に陥ったことだろう。


 うん、そうに違いない。

 まさか、そのまま何の気にも留められず、ほのぼの続行しているわけがない。


 わたくし達がここにいるのは何故なのか。

 何故か、というか、まあおそらく、確実にキューレボルン伯父様の仕業だろうと思うが。

 フルトブラントにわたくしを押しつけ、すたこらさっさと逃げたのだ。きっと。

 見たことも聞いたこともない、未知の世界にでも転移させて、二人で手と手を取り合い過ごすうち、そのうち愛の一つでも芽生えよう、とかそういう類の、杜撰な思惑なのだと思う。


 なんと雑な仕事ぶり!

 自分には甘い!

 他者には厳しい!

 仕事は遅い!

 逃げ足だけは速い!


 さすがキューレボルン伯父様!

 厳格なお父様にはちっとも似ず、もしやキューレボルン伯父様の娘なのではと、これまでわたくしが、幾度疑われたことか!



「……おい。もしかして、こうなった原因をおまえは知っているのではな――」


「はてさて。まこと、ここはどこなのでしょう」



 フルトブラントの胡乱な視線は捨て置き、とりあえず目の前の様子を観察することにしよう。


 川の流れを模した道のようなところにいくつもの皿が置かれ、それらがどんぶらこっこと流れている。

 ちなみに皿の上には魚や貝の切れ端のようなものが載っているようだ。そして透明の蓋が被せられている。

 透明なのでガラスだろうか?

 これほどガラスを使用するなど、なんて贅沢な主だろう。わたくしが高尚な水の精ということで、おそらく敬ってくれたのだろう。



「やぁだぁ~。魔術なんて言っちゃってっ。コスプレなりきってるねぇ~」



 ケタケタと笑う目の前のバカ女。語尾にハートマークでもつけていそうな、気色の悪い口調な上、少しもわたくしを敬う様子を見せない、大変腹立たしい女なのだが、この世界における案内役が必要だ。

 はたして役に立つかどうか。

 頭の出来は、あまり期待できそうにないが。



「いかがなされましたか?」



 さて目の前のバカ女をどう有効活用しようかと睨みつけていると、老いた女が、貼り付けた笑顔でしゃしゃり出てくる。

 丈も袖も短めのガウンを体にぴったりとタイトに巻き付け、腰に不格好なサッシュ――サッシュが幅太めの帯だとて、さすがに太いにも限度があろうというもの――を巻き付けたような、珍妙な格好。頭にはサッシュと同色の、紺色の頭巾を被っている。


 おそらく下位の使用人だろう。

 だが下級使用人が人前に出るなどと、この屋敷の主の教育が行き届いていないのか、はたまた愉快な方針を採択しているのか。

 おそらく後者であろう。この老婆の装いはあまりに珍妙で愉快なのだから。

 いや、珍妙な格好なのは、この老婆だけではなく、目の前のバカ女もたいそう珍妙だが。



「教育が行き届いていない? あなたが呼び出しボタン連打するから、御用伺いにきただけですけど? 来るのが遅かったってクレームつけたいってこと? そんなの仕方ないでしょ! この昼時、忙しいの! 人手が足りないの! ちょっとくらい待ってなさいよ!

「それに老婆って! 私、まだ三十代ですけど! まだ女ざかりですけど! まだまだ高スペックイケメン狙えますから! 年収1,000万で福利厚生バッチリで産休育休とれるホワイト企業勤務のイケメンと結婚して、専業主婦になりますから! まだまだ全然イケてますから! 選び放題ですから! 老婆? ざけんなよ! ガキ!」



 先程までにこやかに笑っていた老婆が、眉間にシワを寄せてこちらを睨んでくる。

 どうしてこの老婆は突然、機嫌を害したのだろうか。情緒不安定も過ぎるというものだ。更年期障害だろうか。



「……だから、全部口に出ているからな……」


「あっ。店員さん、すみませぇ~ん。この子ぉ、日本語が不自由なんですぅ〜。ペラペラしゃべってますけどぉ〜。ほらぁ〜。見た目、金髪碧眼とかぁ〜。ブリーチとかぁ、カラコンじゃないですしぃ〜。お気になさらずぅ!

「BBAだなんて思わないよぉ〜! ちょっと若作りが痛々しいかなって思うくらいだよぉ〜! ゼンゼンありありぃっ! 鬼スペックイケメンゲット? は正直ムズかしーかなぁって思うけど、ガンバッテ☆」



 バカ女が老婆にヘラヘラ笑いかけると、老婆は顔を真っ赤にして去っていった。

 あの老婆は何をしに来たのか。



「ウンディーネちゃんが、呼び出しベル連打するからだよぉ〜! 店員さん、怒って戻っちゃったけどぉ〜」



 ケラケラと笑うバカ女に、フルトブラントが目を眇めると、ため息をついた。



「まともな女がいない……。アーニャ……。アーニャに会いたい。無事でいるだろうか」



 知るかボケ、と言いたいのを寸出でこらえた。

 バカ女に食傷するのは、わたくしも完全に同意するのとともに、フルトブラントの精神疲労を気遣ってやったからである。



「おまえも十分に、疲労原因だからな」


「えぇ〜! ウンディーネちゃん、ヒドいやーつ! 絶対ウンディーネちゃんの方がヤバいやーつ!」



 フルトブラントとバカ女が耳元でブンブンうるさい小蠅のごとく、なにやらしゃべっていたが、それはともかくお腹が空いたので、わたくし達は食事をすることにした。

 バカ女が言うには、目の前の流れる皿を好きに取って取って取りまくって、それを食べるのだ、ということだったので、とりあえず目に入る皿はすべてテーブルに並べんと、意気込んで皿を取った。

 フルトブラントが高尚なる水の精のわたくしの頭をはたき、わたくしは皿を落とし、バカ女がバカ笑いし、端っこから落ちそうなほど、テーブルいっぱいに並べた、その皿の上の珍妙なものを三人で腹に納めた。



「もう、これ以上はどうにも食えん……」



 ゲップ、と腹をさすって息を吐くフルトブラント。

 なんてだらしのない姿なのか。やはりこの様子では、貴族出自ではあるまい。あまりにみっともない。



「……おまえ……。自分の姿を見てから言え」



 フルトブラントはそう言うと、手を口元に当て、ウッと苦しそうに呻いた。



「ウンディーネちゃ~ん。さすがにお腹のボタン全開にするのは、アタシもドン引きぃ〜! それはナシっしょ!」



 初めて口にした『すし』というものは、とても美味しかった。人間はこのように美味しいものを毎日食べているのだろうか。

 それならば、この重苦しい魂のせいで引き起こされる空腹も、許せるというものだ。



「店を出るときには、ボタンを締めろよ」


「はちきれちゃいそうだけどねぇ〜」


「腰のリボンで隠せばなんとか……。いや、痴女二人の隣を歩きたくない……」


「ええ〜! もしかしてアタシも痴女扱いぃ〜? ヒドッ!」


「あなたは脚を出しすぎだ。こちらの文化なのかもしれんが……」


「そんなこと言ってるとぉ〜、協力してあげないよぉ〜? 迷子? なんでしょぉ〜? 国? に帰りたいんでしょぉ〜?」



 腹を突き出し背をもたれ、だらしなく足をのばしていフルトブラントが、素早く姿勢を正し、バカ女の正面に向かい合う。



「私が悪かった。あなたの協力が必要だ」


「でっしょぉ〜。てゆーかぁ、フルちんもウンディーネちゃんもぉ、日本語うまいねぇ〜。ナニジン?」


「フルちんはやめてください。お願いします」



 フルトブラントの口ぶりがさらに丁寧になる。

 ちなみにわたくしとフルトブラントは『にほんご』とやらを喋っているわけではない。

 互いに自動翻訳しているだけだ。優秀極まりないわたくしの、素晴らしいスペルによって。



「あはっ。ウケるぅ~。で、フルちん、ナニジン?」


「……フルちんはやめてくれないのか……。

「ゲルプ王国の出自だが、今はガルボーイ王国にて騎士爵(きししゃく)叙爵(じょしゃく)されている」


「ゲロ王国? カウボーイ王国? キシャーク? ジョーシキ? なにそれ?」



 とりあえず、満腹にはなったので、あとは帰る方法を調べよう。

 フルトブンラントの顔には疲労が色濃く浮かび、バカ女は甲高く、それでいてネバっと耳に残るような鬱陶しい声色でキャハッと笑った。


 食事の支払いはバカ女がした。ヘラヘラ笑いが引きつっていた。




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