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人形のきた町

作者: 魚座スプーン




 小学五年生の夏休み、僕たちはかくれんぼをした。

 素直に楽しむにはぎりぎりの年齢かもしれない。

 そして友達の一人がいなくなり、ようやく見つけてみれば、河川敷公園のベンチでのんきにジュースを飲んでいたという。フケたのだ。

 ただそれだけのことだった。

 ジュースを飲んでいたのは僕と仲の良かったヒロ君だ。

 僕も誘ってくれればいいのにと思った。


 かくれんぼから数日後。夏休みの登校日の教室。

 ヒロ君はなにやら上機嫌だった。


「ヒロ君。なんかあった?」

「はっははー。まああったっていうか、なー」


 ニヤニヤ笑いのヒロ君。


「なんだよう」

「あとで教えっからさ」


 夏休みの課題帳に先生のスタンプをもらい、連絡プリントを受け取る。それで下校になった。


「オレンジー飲み放題の自販機を見つけた。これ、みんなにはナイショな」

「は?」


 ヒロ君が何を言ってるのか分からなかった。

 いくらでもジュースが出てくるの?

 ドリンクバーみたいに?


 先日かくれんぼをした河川敷公園に一台の自販機があるそうだ。

 その自販機にはヒロ君の大好きなソーダ・デ・オレンジーがあった。

 かくれんぼの翌日もわざわざ一人で公園まで行ったらしい。オレンジー飲みたさに。

 ヒロ君は百二十円を入れてソーダ・デ・オレンジーのボタンを押した。

 出てきた冷え冷えのアルミ缶をガシガシと三回シェイク。オレンジーは炭酸飲料だけど、あえて振る。それから両手で挟んでロクロ回しをする。そして祈りながらプルタブを開ける。

 成功だったって。

 上手に回せば炭酸の怒りが鎮められ、穏やかなドリンクに戻る。不器用なヤツがやると中身が噴き出て半分くらいムダになってしまう。それだと失敗。怒りの炭酸なのだ。それをみんなで笑う。そんなバカな遊びが流行っていた。


 ヒロ君がいい気分でオレンジーを飲んでいると、自販機から音がした。

 硬貨が戻る音だ。

 返却口には百二十円があった。さっきヒロ君が入れたお金だ。

 ラッキー、もう一本買える。そう思ったヒロ君はオレンジーをお替わり。するとまたお金が戻ったそうだ。結局ヒロ君は六本のオレンジーを買って家に帰った。それ以上は持ちきれなかったから。

 翌日はリュックを背負って公園に行き、自販機でたくさん買い込んだそうだ。


「それ泥棒じゃん!」

「え、お金入れてるよ」


 いや。入れてるけど払ってないよね。

 でも自販機が勝手に返すんだからいいのかな。ちがうよ、やっぱりおかしいよ。

 こんなのすぐにバレちゃうんじゃ。故障なら修理されるはず。


「だから、いっぺんに買わないようにしてるんだ。へへへ。これから一緒に行こうぜ、おごるよ」


 嬉しそうに笑うヒロ君が大人わるいひとに見えた。


 今日はまっすぐ帰って、おじいちゃんの所に行くことになっていた。おじいちゃんの家は同じ県内だけど、母さんの軽(自動車)で一時間くらいかかるのだ。

 ヒロ君の話を確かめに行けないのは残念だけど、ホッとしてもいた。同じことをしたら共犯者になるみたいで後ろめたかったから。


 おじいちゃん家から帰って最初のプール登校の日。

 商店街の入口でヒロ君のお母さんに会った。

 ちがう人かと思うほど疲れた顔をしていた。ちょっと怖いくらい。

 挨拶すると初めて僕に気づいたみたいで、キョトンとした顔になった。そしていきなり僕の腕を引っ張る。びっくりした。

 そのままヒロ君の家に連れて行かれた。


 ヒロ君の家は何度も遊びに来ている。

 なんだか家の中がひんやりしていた。

 ヒロ君の部屋に上がると、床に座ってテレビのゲーム画面に向かうヒロ君がいた。コントローラーは手に持ってるけど、ぜんぜん操作していない。放ったらかしの画面の中で敵に囲まれた戦士のキャラクターが死と復活をくり返していた。せっかく育てたキャラのレベルがどんどん下がってる。


「ヒロ君?」

「うぅ。あー? あー。来たんだー」


 寝ぼけてるみたいに反応の鈍いヒロ君。

 熱があるのかな。ボーっとしている。ピントの合わない目で、ろれつも回ってない。顔色も悪い。


「どうしたの、風邪?」

「んー? うぇー。平気だよー」


 いつもと違うヒロ君に戸惑いながら、部屋を見回しておどろく。

 床の隅に人形が並んでいた。

 小さな日本人形やコケシ、雛人形がたくさん。どれも古びていて骨董品みたいだ。汚れて首が取れてるのもある。これだけの目で見つめられると気味が悪い。こんなのヒロ君の趣味じゃないはずだけど。


「んー? あれー、オレンジー。だよー」

「えっ?」

「いっぱい。あげるよー」


 いきなり立ち上がったヒロ君が、僕の腕をつかんで人形の前に連れて行こうとする。すごい力で。

 痛くて思わず振り払うと、ヒロ君はたたらを踏んで人形の中に倒れ込んだ。


「あ。ごめんヒロ君――」


 そのとき部屋が鳴った。

 ザザザッという風みたいな、浜辺の波みたいな音がした。

 ヒロ君に巻き込まれたはずの人形たちが、ひとりでに起き上がるのが見えた。

 ゾッとした。心臓が痛いほど跳ねた。

 ありえないもの、見てはいけないものを見た気がした。


 あわてて僕は部屋を出た。両手をついたままのヒロ君を放ったらかしで逃げ出した。

 階段を駆け下りるとリビングでヒロ君のお母さんが床座りしていた。

 お母さんの前にも人形たちが。

 僕は挨拶もできずに、シューズの踵を踏んだまま玄関を走り出た。


 なんだよあの人形。ヒロ君ちおかしいよ。なんであんなに。

 僕は学校のプール講習に急いだ。このまま家に帰って一人になるのがとても怖かった。


 プールが終わり、別の友達と一緒に下校した。

 そのまま二人で河川敷公園に寄った。一人で確かめに行くなんてムリだったから。でも気になって仕方なかったから。

 公園のはしまで来てもヒロ君の言ってた自販機は見つからない。友達もそんなの見た覚えがないって。


「あれ、なんだ?」


 友達が指差す。丈の伸びた草むらの陰に大きな黒い箱があった。ちょうど自販機くらいの高さがある。

 僕はとても嫌な感じがしたけど、今のヒロ君のことを知らない友達は平気で近づいていく。


「うへー、ボロい。キモチわりー。フホートーキだ」


 それはタンスだった。

 傷だらけの古びた和箪笥わだんす

 観音開きの扉の隙間から赤い布包みらしいものが見える。そして下半分の引き出しはだらしなく開いて、たくさんの汚れた人形とコケシが溢れ出ていた。斧かなにかで壊そうとしたのか、深い傷のついた引き出しもある。

 どの引き出しにもペタペタと紙が貼られていた。

 なんでこんなものが。


「ヘンなステッカー」

「さわっちゃダメ! ステッカーじゃないよ。それ、おふだだよ!」


 ヒロ君の言ってた自販機は、きっとこのタンスのことだ。

 いつからここにあるんだろう。どこから来たんだろう。

 最初から自販機なんてなかったんだ。ヒロ君はオレンジーだと思い込んで人形やコケシを持って帰ったんだ。この気味の悪い人形たちを。

 どの人形もジッと僕を見ている気がした。

 遠くで雷の音がした。


「も、もう帰ろう!」


 僕は友達の手を引っ張ってその場を離れた。

 開きかけの観音開きの扉。

 ここにいたら見てしまうことになるかもしれない。

 赤くて暗くて冷たいその中を。

 中に入っているなにかを。

 そしたらぜったい取り返しのつかないことになる気がした。


 それから担任の先生にヒロ君の家のことを伝えた。

 タンスの不法投棄のことも。

 もうヒロ君の家に行く気になれないし、公園にも近づきたくなかった。


 夏休みが終わり二学期が始まってもヒロ君は学校に来なかった。

 ヒロ君の席はずっと空いたままだ。

 担任の先生の話だと事情があって家族でよその町に行ってるとか。でもきっと先生も知らないことがあると思う。


 そして僕。

 毎晩のように夢を見ている。そこらじゅうに人形のいる町の夢を。

 ただ僕を見つめるだけの人形。なにも言わない汚れた人形。

 僕はその視線が怖くて隠れるように歩いている。人形に見つからない道をさがす。

 でも夢を見るたびに人形の数が増えているんだ。


 河川敷公園のタンスがどうなったかは知らない。

 片付けられたのかな。

 それとも、まだあるのかな。

 今もこの町にいるのかな。




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