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土を食べた話

作者: 瞳

 また鬱々とした時期に入ってしまった。感情のコントロールができない。女だから、この情緒不安定は仕方ないのか。

外に出たくない。しかし、何かしなければ。いつも化粧をすると、気持ちが少ししゃんとする。だが、昨晩泣き腫らしたせいでいつものような顔には仕上がらなかった。また気持ちが落ちる。


 最近、自分は何が辛いのかは分かり始めていた。日々、自分で自分の首を絞め続けているせいだ。自分の人生を凝視しているのは自分だけである。それが分かっているのに、自由に生きられないのが辛い。

沢山我慢をして生きてきた。人の目を気にしていい子にしてきた。しかしもう「いい子」と呼べる年齢でもないのだ。大人の女性である。私を「いい子」と褒めてくれる人は、まだいるのだろうか。


 納得のいかない顔で納得のいかない服を着て、外に出た。靴と帽子だけはお気に入りのものを身に着けて、何とか自分の機嫌を取ることができた。DVDを借りて映画でも見て、今日はゆっくり過ごそう。外は晴れていた。


 仕事を辞めて三週間になる。次の仕事に就くまではしばらくゆっくりしよう、好きなことをして過ごそうと決めていたのに、それが上手くできない。休むということは、とても難しい。

日光を浴びることと運動することは精神に良いと聞いたので、レンタル屋まで歩くことにした。片道20分、体と心が重い今の私には大変な道のり。とぼとぼという擬音語がぴったりな歩き方で歩いた。それでもやはり、日光の暖かさは気持ちがいいと思った。


 途中の自動販売機でホットコーヒーを買った。この行為は自分に優しくする練習も兼ねている。私にとって、寒い日にホットコーヒーを買うというのは自分への愛であるのだが、私は擦り切れた自己愛を自分だけで抱え込むことに苦しさを感じてしまうことが多々あるので、このような行為をすることにさえ虚しさを感じることがある。自分でもつくづく、拗らせていると思う。ホットコーヒーは小さい缶のものだったのだが飲み切る気になれず、残りは道の脇に流してしまった。自分の小さな欲求を尊重すること、これもまた自分を大切にする私なりの努力である。


 レンタル屋に着いてDVDを借りようとしたらカードの使用期限が切れていて、更新しようとしてもあいにく身分を証明できるものも持っておらず借りることができなかった。泣きながら帰った。


 心が落ちている日は、こんな小さな出来事が重たい石のようになって私の胸に乗っかってしまう。ああ、頑張ってきたのにな。いい子にしてきたのにな。何も上手くいかないように感じた。しくしく泣きながらとぼとぼ歩いた。すれ違う自転車に乗ったおじさんが、泣いている私の顔を見た。



 もう少しで家に着くというところに畑がある。ふと、思った。自分を縛っている自分の固定観念や常識、「普通に生活する」ということから外れた行為をすれば、私はこの絡まった苦しみから多少は救われるのではないだろうか。


 私は畑の土を親指と人差し指で摘まみ、そのまま少量の土を口に入れた。本当に本当に不味かったが、食べられなくはなかった。粒を噛んだジャリという食感は本当に本当に不快だったが、食べられなくはなかった。そうして土を飲み込んだので、私は正式に「畑の土を食べた人」になった。ああ、私何をしてるんだろう、遂に頭が可笑しくなったか、と思い少し笑えた。



 次の日、目が覚めても鬱々とした気分は続いていた。ああ、やはりそう簡単には抜け出せない。苦しいな。

 しかしふと、昨日畑の土を食べた事実を思い出して、思わず噴き出した。



 私は面白いな、と思った。それでいて頑張り屋で周りに気を使えるいい子だ。私はいい子だよ。


 クスクスと笑った後、昨日土を食べておいてよかったと思った。本当に本当に不味かったので、もう二度と食べたくはないけど


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