第6話 リーナ・封印・ベンデス。
お読み頂き有り難う御座います。
第6話です。
シントの監視対象期間が終了して1週間ほど経った。
連日の魔物討伐によってかなりの額の資金が手に入り、すでに長期的な旅をする準備も出来ている。
以前討伐で訪れた森でリーナと再会し、族長が会ってみたいと言うので訪ねてみる事にした。
リーナ:『あちらに居られるのが族長です。』
リーナの案内で森に入ると、先日リーナと出会った辺りに族長が待っていてくれた。
リーナ:『族長、お連れしました。』
族長:『この様な場所で申し訳無い。なにぶん集落は人族を恐れる者もおりますので。私は一族の長を勤めているグランだ。』
シント:『とんでも御座いません、お会い出来て光栄です。俺はシント・ヒジリと言います。』
レスティア:『レスティアです。』
エルシア:『エルシアと申します。』
グラン:『ほう・・・。シントとやら、リーナから話は聞いてはいたが、確かに召喚者のようだな。しかしそなたは何故聖霊様の加護を受けているのだ?』
シント:『聖霊の加護?』
グラン:『自覚は無かったか。そなたには複数の聖霊様の加護が着いておる。だがそれだけでは無いな・・・。』
シント:『他にも何か?』
グラン:『うむ。一際強く、そして神々しい何かだ。まるで聖霊様と協力してそなたを守っておる様だな。私もこの様な加護を受けている者を見るのは初めてだ。』
シント:『召喚者だからという訳でも無いのですか?』
グラン:『召喚者は聖霊様の加護を受ける事はあっても、その数は一つか多くて二つ。だがそなたは何十という聖霊様の加護が着いている。更に不可思議な神々しい何か。他の人族とは明らかに違う。』
シント:『何故俺にそんな加護を?』
グラン:『世界がそなたを守ろうとしている・・・としか答えられない。聖霊様がそなたを守ろうするのなら、我々一族はそなたを身内として迎えなければならない。』
シント:『迎えて下さるのは有り難いのですが、何故世界が俺を守ろうとしているのかが理解出来ません。』
グラン:『大いなる災いがそなたを襲うのだろう。だがそなたには、それを上回る加護が着いている。シントよ。そなたはそなたが信じる通りに進みなさい。そしてリーナ。お前は今からシントの物だ。可愛がって貰いなさい。』
リーナ:『はい、族長様。』
エルシア『えっ!?』
レスティア:『はぁ!?』
シント:『え!?ちょっと待って下さいよ!それどういう事ですか!?』
グラン:『種族を問わず、聖霊によって祝福された者は、我々一族の者として迎える。その者が一族の集落の外に居るならば、一族の血をその者に与える。これは古よりの習わしだ。』
シント:『いや、だって俺はリーナとまだ二回しか会って無いんですよ?それにリーナだって迷惑でしょう?』
リーナ:『迷惑だなんて思っていません。私は聖霊と共に生き、聖霊に祝福された者の為に生きます。族長様のご指示に不可解な事は何もありません。』
シント:『じゃあ君は俺の所有物に成り下がるって言うのかい!?』
リーナ:『私は既に貴方の所有物です。何故なら貴方は聖霊様に祝福された方だからです。』
シント:『良いかいリーナ?人生ってのはたった一度きりだけなんだ。それを習わしだからと言って、他人一人の為だけに捧げるなんて馬鹿げてる。たとえそれが自分の信じるものを持っている者だとしてもだ。君が君自身の意思で、本当に俺と一緒に居たいと思うならそうすれば良い。だがしきたりや習わしに流されて、自分の心を誤魔化しては駄目だ。』
リーナ:『シントさん、私は人族や召喚者である貴方とは人生観や価値観が異なります。貴方の言う様な人生は、必ずしも私達にとって幸せだとは限らないのです。シントさん、いや、シント様。どうか私を貴方の物にしては貰えませんでしょうか?』
グラン:『シントよ、リーナにここまで言わせたのだ。貰ってやってはくれまいか?』
シント:『・・・リーナ、君は本当にそれで良いんだね?』
リーナ:『はい。この命をもって私の全てを捧げます。』
このやり取りをエルシアとレスティアは無言で見守った。
ある意味シントに隠された謎が一つ解けた様だった。
シントは聖霊や神に守られているのだろう。
そして今後何かしらの災いがシントに試練として降り掛かるという事。
エルシアとレスティアにとっては、この事だけでも貴重な情報だった。
リーナがシントの所有物になるかどうかに関してはエルフ族とシントの問題であって、エルシアとレスティアには関係の無い話だ。
リーナを貰い受けたとしても、今後シントとの付き合い方が変わる訳では無いのだ。
森から町に戻ったシント達は、今後リーナも一緒に生活する為、領民税を支払い、冒険者ギルドで一通りの登録を行った。
その後でエルシアが暮らしていた村へ向かった。
旅に出る前に、エルシアが村の周辺に封印魔法をかけて、村をこれ以上荒らされない様にする為だ。
町に移り住んでからは、週に一度は必ず村の様子を見に行っていたが、旅に出ると様子を見に行けなくなる為だ。
封印を行う為には幾つかの手順を踏まなければならない。
封印する規模によって違うらしいのだが、村全体を封印するとなるとかなりの手間が掛かる。
封印魔法とはある種のセキュリティシステムの様なもので、魔法を発動してから継続して機能させる為には、魔力を供給し続ける媒体が必要となる。
この世界では大気中に存在する魔素を魔力として使う事が可能だが、事前に魔力を供給する媒体に数日間魔力を注いでおく必要があるそうだ。
今回は村の周辺にある岩を媒体として使った。
エルシアはこの6日間、岩に魔力を注いでその準備をしていた。
元々森の中にある村だった為、あまり人の目に触れる事は少ないのだが、遺跡となってしまった今でも、エルシアは故郷である村を守ろうと努力している。
エルシア:『あとは封印魔法を発動させれば、この状態が保たれます。これで旅に出ても心配いりません。』
エルシアはそう言うと、祈りを込める様に封印魔法を発動させた。
シント達はその様子を静かに見守っていた。
村は光に包まれると、森の風景と同化していった。
その光景をリーナは興味深く見ている。
シント:『エルシア、この封印はどのくらいの間効果が続くんだ?』
エルシア:『これは初級の封印魔法ですけど、少なくとも3年は持つと思いますので私達が旅をして戻って来るまでは十分過ぎる位に持ちますよ。』
レスティア:『しかし封印魔法って凄いのねぇ。何処が境界線か分からないわ。』
エルシア:『視覚だけで無く、空間そのものを周辺の森と同じに偽装していますからね。建物のあった場所も樹木と草花に実体偽装されているので、よほど経験を積んだ魔法使いでも無ければ封印魔法だとは気付きませんよ。』
シント:『確かに触っても普通の木だね。これは凄いな。』
リーナ:『確かに私の一族の幻影魔法に比べても、それほど差は無いですね。』
エルシア:『実はこの封印魔法を習得する為に5年も掛かったんです。成功して良かったですよ。』
レスティア:『それでこれからどうするの?ギルドや騎士局には旅に出る事は伝えてあるけど。』
シント:『商人ギルドで家賃を半年分前払いしたら、旅支度をして出発しよう。もしそれまで戻れないにしても、他の町の商人ギルドで支払えば良いんでしょ?』
レスティア:『えぇ、可能よ。でも気を付けなきゃいけないのは、他の領地で支払うと手数料が上乗せになるから結構高くつくのよ。』
シント:『覚えておくよ。』
エルシア:『それでまずはどちらに向かいます?』
シント:『取り敢えずは王都を目指そう。もしかしたら大きな町なら魔術師の情報を掴めるかも知れない。』
シント達は家賃を払うと、旅に必要な物を買い揃えた。
以前鍛冶屋に注文したボーガンも受け取り、一通りの準備は整った。
王都までは定期馬車を利用するが、大きな町には出来るだけ立ち寄る事にした。
シント:『定期馬車は明日の夜明けに出発するってさ。』
リーナ:『私、馬車に乗るの初めてです!』
レスティア:『そっか、リーナは森から出た事無いんだものね。ところで東に向かうなら、途中で寄りたい所があるんだけど良いかな?』
エルシア:『何処です?』
レスティア:『ベンデスっていう町よ。ギルマスから、旅に出るなら調査して欲しいって依頼があったの。』
シント:『調査?その町で何かあったの?』
レスティア:『ギルマスの話では、ベンデスのギルドとの連絡が取れなくなったそうなのよ。一昨日までは普通に連絡が取れたらしいんだけどね。』
エルシア:『気になる話ですね。ギルドがと言うより町に何かあった感じです。』
レスティア:『その可能性は高いわね。実はそれが冒険者ギルドだけで無く、商人ギルドも連絡出来ないらしいのよ。』
シント:『そのベンデスってどの辺りにあるの?』
レスティア:『ここから東に馬車で5日ほど行った所よ。一番近くにある大きな町がここなのよ。』
リーナ:『え!?5日も馬車に乗り続けるんですか!?』
エルシア:『それでも短い方なのよ?』
シント:『どのみち東に向かうし良いんじゃないかな?何かヤバい事が起きてそうな気もするけど・・・。よし、じゃあまずはベンデスに向かう事にしよう。』
翌朝シント達は定期馬車に乗り、ベンデスに向けて出発した。
森の中を抜ける街道を進むと次第に草原が拡がり、しばらくすると丘陵地に差し掛かる。
その頃には日が登り、周りの風景を楽しめるほどに明るくなった。
リーナ:『シント様、あそこに何か大きなのがありますよ?』
シント:『おぉ、結構デカいな。ねぇ、あの丘の上にある建物は何なの?』
エルシア:『あれは砦の遺跡です。かつてはルーメンの検問所だった事もあるんですよ。』
シント:『そんなに検閲が厳しかったんだ?』
レスティア:『ルーメンは元々西の要って呼ばれていた町だからね。今でこそあんな感じだけど、昔は大人数の軍隊が駐留していたのよ?』
シント:『あぁ例の統合戦争か。』
エルシア:『でも終戦後の町は、長年に渡って治安が悪かったんですよ。100年前辺りまでは盗賊やスリが結構多かったらしいですから。』
リーナ:『その話なら私も聞いた事があります。その頃は再生前の森にも盗賊達が集落を作っていたそうです。』
レスティア:『そのせいもあって、今の領主様が王様に頼んで王都から騎士が来て常駐する様になったって訳。前の領主様はルーメンは僻地の町に成り下がった事で、あまり面倒を見てくれなかっなのよ。』
シント:『それで今では北西部で一番治安が良いって訳か。』
エルシア:『他の町なら酒場街や歓楽街で毎晩の様に暴力事件が堪えませんからね。』
レスティア:『ルーメンでは基本的に酒場が軒を連ねたりして無いものね。でもルーメンだって、東西の目抜通りでは酔っぱらいの喧嘩はしょっちゅうよ?でも統合戦争の後も小さな内戦は続いたって言うから、その度に町には兵士や騎士が集まったらしいわ。』
シント:『へぇ、そんな歴史があったんだ?ところで、これから行くベンデスってどんな町なの?』
レスティア:『小さい割には結構賑わってて良い町よ。宿屋や食堂も結構あるし、周辺の討伐エリアが広いから冒険者も結構沢山居る筈なんだけど、昨夜ギルマスに聞いた話では兵士局も連絡が取れないらしいのよ。兵士達は昨夜出発したらしいんだけど、出来るだけ情報が欲しいって言われたの。』
エルシア:『兵士局まで!?それはただ事ではありませんね。』
シント:『それはかなり不安だな。まさか兵士局までとは・・・。』
レスティア:『話を聞いた時は私も驚いたわ。騎士局が連絡を取れない以上、町そのものの状況が全く分からないもの。』
シント:『ギルド間の連絡って、通信機みたいな奴でやってるんだよね?ただの通信障害とかじゃ無いのかな?』
エルシア:『だとしても両方のギルドと兵士局のが全て使えなくなるのは変ですよね?』
レスティア:『まぁ普通ならまずあり得ないわね。正直私も不安になって来た。何事も無ければ良いんだけど・・・。』
その頃ベンデスでは、レスティアの心配が現実のものになっていた。
町が何者かに襲われていたのだ。
既にベンデスの兵士達と冒険者達は敗北していたのだ。
そして町は炎に包まれていた。
そんな事を知らないシント達は、不安を抱えつつもベンデスに向けて旅を続けるのだった。
お読み頂き有り難う御座いました。