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2人で下校1日目【橋本シンヤの勘違い3】

「おーい橋本、2年の神埼先輩が呼んでるぞ。」

終礼が終わり、帰り支度をしていると委員長から声がかかった。


「えっ?シンヤ?氷結姫としりあいだったの?そう言えば朝も来てたらしいよね?私聞いてないけど。どういうこと?」

葵は心底不満そうに口を尖らせて俺に尋ねる。


えっ?

報告が必要って…葵、お前は俺の上司なのか?


「で、どんな知り合いなの?」

更にキスできそうな距離まで顔を近づけて、葵が追及する。相変わらず俺を男だとは見てはいないのが腹が立つ。



おれがリョウスケみたいなイケメンならキスで黙らせるとこだが、自称フツメンだし、そもそも葵相手にそんな事したら後でどうなるかは想像もつかない。


だからと言って正直に言うのも難しい。

『簡単に説明したら被害者と加害者だよ。』

なんて言おうものなら、氷結姫のファンクラブに命を狙われてしまうかもしれない。


俺はまだ死にたくないからな。


まぁ、そうは言ってもそれ以外に説明のしようがないな。正直に話すか。


「俺のミスで彼女に怪我をさせてしまったんだ。だから、暫くは償いが必要かもしれないな。」

俺は苦々しげな表情を浮かべて答えた。


「うわぁ、ファンクラブの人に報復されないように気をつけてね。あそこのファンは過激だって聞いたことがあるから」

いや、葵。その忠告はちょっと遅かったな。

もう既に正座させられて縛られた後だぜ。

‥‥いや、ドヤ顔で言うことでもないけど。


「ありがとう、死にたくないから頑張るよ。」

俺はお礼を言いながら氷結姫の所へ向かうのだった。



「ひっ、神埼先輩どうされたんですか?もしかして頭が痛いんですか?」

『ひっ』は思わず氷結姫と呼びそうになっただけだ。いつも心の中では『神埼先輩』なんて呼んではいないからな。


だって素敵だろう?


『氷結姫』なんて厨二病な名前、、俺にもつけて欲しいくらいだ。


出来れば『漆黒の‥』で始まる名前が欲しい。

だれか呼んでくれないだろうか?



それにしても昼からまだ数時間しかたっていないのだが、なぜ俺の所に来たんだ?


もしかして氷結姫の体調が急変したのか?

その割にピンピンしているように見えるが‥‥


しかし、氷結姫は静かにクビを振ると、

「カバン‥」

と言って視線を俺の席に向けた。

あぁ、カバンを取って来いということか?


フリスビー犬のように急いでカバンを取って戻ってくると彼女は満足そうに頷いた。


なんとなく彼女に似つかわしくない幼い仕草なので思わず笑いそうになったけど、なんとか無表情で耐えきることが出来た。


そして、話を聞いてみると、どうやら一緒に帰って欲しいというお誘いだったようだ。


だから、彼女の家まで送って行くことになってしまった‥まぁ頭を打っているし、昨日の出来事とはいえ時間差でいきなり道端で倒れてしまうこともあるかもしれない。


誰かが一緒に帰った方がいざという時、対処できるってことなんだろう。


氷結姫様が送迎をご所望なら俺は粛々と従うしかないもんな。だから、彼女の指示に従い氷結姫の家へ向かった。



夕方になると初夏の風はまだまだ肌寒く、思わず早足になってしまう。

その足が向かっている先は、学校の東側にある山手の高級住宅街だった。


そう言えばこの人の家って日本有数の財閥の創業者一族だったんだか?

まぁよく分からんが、大金持ちってことでいいんだろう。



しっかし、このおにぎり美味くないな。


俺は腹が減ったのでおにぎりを食べながら下校していた。葵があまったからくれたおにぎりはシーチキンの油をちゃんと取らずに作ったせいで妙にベチャベチャしているし、油っぽいのだ。まぁ、タダで貰ったものにケチをつけるのは人としてどうかと思うのだが、葵なら確信犯的に俺に残飯処理をさせた可能性も否めないんだよな。


「好きなの?」



えっ?しまった。


しばらくおにぎりに夢中になっていたので、彼女が話しかけてくるのに気付くのが遅れてしまった。


えっと、『好きなの?』って言われたよな。

まぁ、ツナマヨおにぎりは好きだ。好きだが、、、


「あー、まぁ好きかな。でも、やっぱり2番目かな?」

1番はシャケだ。


「2番なんですか?それは1番には、なれないってことなんでしょうか?」

氷結姫は俺の目を真っ直ぐに見てたずねる。

その目は真剣でツナマヨへの溢れる愛が見て取れるようだ。だがしかし、


「まぁ、俺はあの(シャケの)ふっくらした感じには敵わないと思っているよ」

俺はやはりシャケが1番だと思っているからな。

これだけは譲れないな。


「ふっくらですか?難しいですね。(ふっくら焼ける)自信ないです。」

彼女はそんなことを言うが、もしかして氷結姫は料理が苦手なのかもしれない。


「いや、頑張れば出来るよ。何事も継続は力だからな。」

まぁ、彼女はその気になれば、有名な料理人を講師に雇ってミッチリ特訓できるだろうし心配はしていない。



しかし、俺の言葉を聞いた氷結姫の目が虚ろになっていく。いわゆる、闇に堕ちてしまったような目だ。

『まさか、壊滅的に料理が下手なのか?』な訳ないか?体調が悪いのかもしれない。


「あの、本当に大丈夫なんですか?」

俺は彼女の肩を掴んでしっかり目を見てみた。

うん、焦点があっていないとか、目つきがおかしいだとかそういう兆候は見られなかった。


ふぅ〜っ、よかった。


‥あれ?おかしいな。

もう氷結姫の肩から手を離したのだが、急に彼女の様子がおかしくなった。

彼女はなぜか前を向かず俯いている。


「ん?大丈夫。ほら元気、あうっ!」

俺の心配を吹き飛ばすつもりだったのか、氷結姫はなぜか俯いたまま先を進んだ。

当たり前だが、氷結姫は全然前を見てなかったため電柱に頭をぶつけた。


なんだこの人?


氷結姫って只のポンコツじゃないか?

完全に名前負けしている。


いや、人の陰口を叩くのはよくないし、早とちりもよくないか。これも頭に強い衝撃を受けた影響なのかもしれないしな。


この人が素でこんなポンコツだとは俺が思いたくないだけなのかもしれないが。


「ほ、本当に大丈夫なんですか?神埼先輩。」

氷結姫に駆け寄り、顔を覗き込むと、


「神埼先輩じゃないです。」

彼女は真っ赤な顔をして怒っていた。


えっ?電柱にぶつかったのは俺のせいなのか?


何だかパワハラ上司を相手にしているような理不尽感を感じるのは俺の心が狭いから‥なのか?


まぁ、それよりも怖いのはこの爆弾センパイ、何が爆破スイッチかわからないところなんだよな。冗談抜きで取説とかあったらちょっと貸して欲しい。



「やっぱり大丈夫じゃないじゃないですか?」


「大丈夫。でも、神埼先輩じゃないです。」

‥意味がわからない。


「意味がわからないんですけど、神埼先輩は神埼先輩じゃないんですか?」

なんなんだ、これ?

妙に哲学的だ。



「気軽に‥‥名前で、呼ぶのはどうか…な?」

彼女のその言葉を聞いた瞬間、自分が重大なミスを犯していたことに遅まきながら気付いた。


『気軽に神埼先輩なんて呼ぶのはいかがなものかな?』なんて直接言われるまで気付かないなんて、俺は馬鹿で鈍感野郎だ。



俺が逆ギレでもすると思っているのだろう?

氷結姫は身構えている。

早く謝罪しないと。


「重ね重ねすみませんでした。今度からは先輩と呼ばせていただきます。今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。」

俺は身体をくの字に曲げて謝罪した。


しかし、迂闊だった。

『神埼先輩』なんて、まるで仲のいい後輩が呼ぶ呼び方だ。俺みたいな加害者にそんな呼び方されて、きっと鳥肌がたつ思いだったに違いない。



しかし、彼女は俺の謝罪に対し、うつむくといった態度で応じた。このまま歩くと、また頭を打つパターンだよな?

仕方がないか?

また、恨まれてしまうかもしれないが。



「ここはしばらくまっすぐなんだよな?」


「はいっ、、あっ、、うそっ」

彼女が驚いていたが、俺は構わず彼女の両手をそれぞれ引っ張る形で取った。


水泳で言うと泳げない人の手を取ってバタ足してもらうあの体勢だ、俺は後ろ向きで進むので結構大変だ。


しかし、また電柱にでもぶつかったら今度こそ一大事になるかもしれない。周りにいる知らない人達の奇異なものを見るような目線が俺の心に刺さって痛いが、背に腹は代えられないだろう。


そして、そんな奇妙な体勢のまま、やっと彼女の家に着いた。


女の子の手に触れていたというのにドキドキ感はなかった。なにしろ、おにぎりの会話以外は終始無言で気まずいことこの上ないし、何か介護感がハンパ無かったからな。

人の視線にもやっぱり慣れなかった。




す、すっげ〜?


今日1番にテンションの上がった俺は、思わず叫び声を出しそうになったけど、なんとかたえることができた。


目の前には豪邸がそびえ立っている。

東京ドーム一個分くらいはあるんじゃないのか?と思える広大な敷地にやたらとオシャレな建物が見える。


『あれはキュビズム建築だな』なんて、知ったかぶりしてしまいそうになるが俺はそんなことはしない。


『勘違い野郎』なんかになるつもりは全くないからな。


しかし、全然盛り上げることが出来なかったな。こんなノリで果たして合コンで成功することができるんだろうか?

後でリョウスケに合コン必勝法でも教えてもらおう。



大きな門の前まで辿り着くことが出来たので、


「ありがとう。」

氷結姫はそう言って優雅に頭を下げると、門がひとりでに開き、中へ入って行った。



つ、疲れたぁ。

荒んだ心が癒されていく。


妙な達成感でカラダも軽くなり、遠くなってしまった家路も難なく帰ることが出来た。

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