橋本シンヤの勘違い2
お、落ち着かない。
俺はじっとしていられずに、そこら中をひたすら行ったり来たり歩き回っていた。
氷結姫はさっき明らかにフラついて倒れそうになっていたし、保健室なんかじゃなく病院に運ぶべきだったのかもしれない。
しばらくしてようやく保健室の扉が開いた。
現れた彼女の様子を見ると、どうやら頭の怪我はたいしたことがないように見えた、、、
まぁ、保健の先生が付き添いで出てきていない所をみると、軽傷だったということなのだろうか?
「完全下校15分前です。部活をしている生徒は片づけをしましょう」タイミング悪く校内放送が響き渡る。
「今日はもう帰りなさい。貴方達が帰らないと私のせいにされるかもしれないし。」
そして、保健の先生から職員らしからぬ身勝手な発言が飛んだので、仕方なく解散となった。
その夜、俺はベットに横になり考え事をしていた。
結局、神埼先輩から見ると俺ってボールを当て逃げした犯人になるんだよな?
ちゃんとケガの度合いすら聞かずに解散してしまったしな。
やはり、明日あらためて菓子折を持って謝罪に行った方がいいんじゃないか?
でも、俺、あの人の連絡先はおろか、クラスすら知らない。特進クラスの棟の屋上で告白を受けているということはやはり特進クラスなのだろうか?
まぁ、学校一モテるし、かなりの有名人だから誰かに聞けばわかる気はする。だから、手当たり次第聞いていけばなんとかなるだろう。
とにかく、氷結姫には誠意をもって対応をしよう。
俺は覚悟が決まると急に肩の力が抜けて、結局いつもより早い午後9時には眠りに落ちてしまった。
登校するとリョウスケが既に教室に居たので、氷結姫のクラスを聞くとあっさり教えてくれた。
さすがに知ってる人が居てもおかしくないとは思ったが1人目で聞き込みが終了してしまった。
やはり、氷結姫はかなりの有名人だ。
まぁ、そうは言っても、同じ学校の生徒なんだよ。
言わば『会いに行けるアイドル』みたいなものか?
但し、ファンには常に塩対応なので『誰得なアイドルだよ?』と思わなくはないんだけどな。
彼女の生息場所も分かったことだし、先手必勝で1限目が終わったら彼女の教室に謝罪に行くことにした。いや、その前に購買で菓子折を買って持っていった方がいいのか?
そう考えていたら目の前に氷結姫が立っていた?
いや、そんなこと有るはずがないか。
早く謝りたくて思わず幻を見てしまったんだろう。
これはいけない、俺は思ったより罪悪感に苛まれているのかもしれない。
早く2年の彼女の教室に行かなければ、、、
俺が彼女の教室に行こうと一歩踏み出したが、
誰かに肩を掴まれた。
「悪い、俺は急ぎの用事があるんだよ。肩を離してくれない?」
俺が振り返らずにそう言うと、
「‥ごめんなさい。では、また次の休み時間に参りますけどいいかしら?」
誰かがそんなことを言うので振り返ると、、、
氷結姫が居た。
ほっ、ホンモノなのか?
まさか、当て逃げの文句を言いに来たんじゃないのか?クラスメイトが居るこの場所で。
しまった、先手を取られた。
「悪い、今、ちょうど行こうとしてたんだよ。決して逃げようとしていたんじゃないからな」
まずい。これじゃ卑怯者扱いされても仕方がない。
俺はとにかく必死で弁解を始めた。
「そうなんですか?どちらにしてもこんなところで話す話じゃないですし、昼休みに屋上に来てくれますか?」
しかし、彼女がそう言うので助かった。
クラス内で当て逃げの話をされたら俺の評判がだだ下がりだからな。それに、俺は逃げも隠れもしないつもりだ。土下座はするかもしれないけど。
それにしても、彼女が思慮深い人で助かったよ。
今度はちゃんと菓子折を持って誠意を尽くして謝ろう。
今日は授業中に何度も謝罪のシュミレーションを繰り返していたので、授業はほとんど聞いていなかった。
昼休みとなり、俺は屋上のドアを開けた。
放課後と違い大勢の男が一斉にこちらに視線を向けた。ドアを開ける音が大きくて驚かしてしまったのか?
そう考えていたら、、、あれ?
俺は後ろ手に縛られて正座をさせられていた。
あれ?いつの間にか男達は頭に袋の様なものを被っていた。そして、guiltyと書いたプラカードを掲げて俺を囲んでいる。
なんだ?こいつら?
「俺たちは氷結姫様ファンクラブだ。貴様が氷結姫様を無理矢理抱きしめた犯罪者だということはわかっている。今から裁判を始めるがよろしいかな?」
男がそう告げた。
あれ?
これって昨日のお姫様だっこのこと言ってるの?
「いや、あれは緊急措置だからな。勘違いはやめてくれ。というか、まだ死にたくないんだけど」
俺が命乞いしたタイミングで扉が開いた。
あっ?氷結姫?
現れたのは氷結姫だった。
今気づいたけど、俺を屋上に呼び出したのは彼女だよな?
まさか、彼女が黒幕?
嵌められた?
よっぽど俺を恨んでいるということか?
彼女がこちらを見て驚いたフリをしている。
いいんだよ、そんな演技しなくてもこちらは全部お見通しなんだから。
「貴方達こんなところで何をしているのですか?彼を離してくれませんか?」
彼女は男たちに冷たい声色でそう問いかけた。
「あれ?足止めのボブは何をしてるんだ?屋上に姫君が降臨されるのはあと10分後のはずなのに」
しかし、男の内の1人はそれに答えず慌てていた。どうやら、想定外の出来事が起こったらしい。
「‥‥聞こえませんでしたか?もう一度言います。それとも、ここで再現してもいいんですよ。『ま、ま、ま、前からじゅっとちゅきでした。俺とたまちいの牢獄にはいってもらえまちぇんか?』」
シビレを切らしたらしい氷結姫はもう一度問いかけた。しかし、後半部分は何を言ってるのか、さっぱりわからない。
というか氷結姫は頭がおかしくなったのじゃなかろうか?やはり、これも頭に衝撃を受けた後遺症だったりするのかもしれない。
「‥おおぅっ、グハァッ、俺の告白を再現するなんて‥‥思った以上の破壊力だ。くそぅ、皆の者、撤退だあ。」
袋頭軍団は律儀に俺の手を縛っていた紐をほどいてから、全員が屋上から出て行った。
あぁ。
氷結姫はあのリーダーらしき人の告白シーンを真似たのか?
さすが氷結姫、恐ろしい事をするな。
再現されたあのリーダーが受けた心の傷は計り知れないだろう。
もしかして、氷結姫はいじめっ子体質なのか?
俺と彼女が取り残された。
さっきの彼女を見て、正直俺も逃げたかったんだけど、逃げるわけにはいかない。
だから彼女を刺激しないように、まるで爆弾処理班のように、慎重にそ〜っと彼女にコンタクトを試みる。
「あのこれつまらないものですが召し上がってください。あと、この度は何と申し上げていいのか、、、取り敢えずわざとじゃないんです。怪我は大丈夫ですか?」
俺は菓子折りを渡しつつ、謝罪の言葉を口にした。
お願いだからさっきのリーダーにしたみたいな酷い事はしないでくれないかな?
泣いちゃうかもしれないし‥俺が。
「怪我?大丈夫です。それより、あの、お友達(の分も)お願いします。」
彼女は俺にひどいことはしなかった。
だけど、、、、
「???」
嘘だろ?
こういう場合、菓子折ってのはお友達の分も必要だったの?
知らなかったよ。そうだ、友達って何人分用意すればいいか確認しておかないと。
「それって1人(分)なの?」
「そうよ、初めてなんだから」
彼女は羞恥に顔を赤く染めてそう言った。
うん、耳まで真っ赤な彼女を見ていると俺まで恥ずかしくなってきた。
彼女は友達が1人しかいないし、その友達が初めてできた友達だと俺に告白したんだから恥ずかしかったのはよく分かるよ。
まあ、あれだけモテれば妬みとかあってなかなか友達ができないのかもしれない。
そう。葵に聞いたところによると、女の子は男がからむと急に陰湿になったりドロドロしたりするらしい。
「好き(なお菓子)とかよくわからないから、ちょっと時間をくれませんか?七瀬とかにも相談したいし」
俺は氷結姫の友達の菓子折を買うために、少し待ってもらえるようにお願いした。
女の子関係で困ったら取り敢えず葵に聞くことにしている。最初は面倒くさそうにするものの、結構丁寧に教えてくれるからな。
まぁ、付き合いの長さから言っても気軽に聞けるというメリットもある。
「七瀬って誰なの?」
しかし、一瞬で氷結姫の顔から熱が引いていき、またも冷たい口調で俺を問い詰めた。
「えっ?あっ、クラ、クラスの女子だよ。こういうのは彼女に聞くことにしているんだ。」
おれは氷結姫の有無を言わせぬ口調に嘘もつけずに正直に話した。
「えっ?どういうこと?‥‥‥‥‥う、うん。‥‥わかったわ。放課後またね。」
彼女は数瞬戸惑ったような表情を見せたが、結局また放課後にここで待ってくれるようだった。