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橋本シンヤの自己満足


散弾銃事件の日の放課後。


昨日と同じく先輩と無言で俺の家に向かっているのだけど、俺の心は決まっていた。


あんな綺麗な人に好きって言われたことは素直に嬉しい。というか、女の子に生まれて初めて本気で告白されたし、心が震えた。


天にも昇る気持ちだったとも言えるだろう。


でも、俺は…まだ本当に天に昇りたくはないのだ。

それに散弾銃とかもうヤンデレというより、猟奇殺人じゃないか?



「先輩、よく考えたのですけど、俺は先輩と一緒にいても未来がないと思うので、先輩と付き合ったりはしません。でも、お気持ちは嬉しかったです。もう二度とお会いすることはないかもしれませんがお元気で。」

そう、より具体的に言えば『銃で撃たれて俺の未来がない』んだけどな。



俺の言葉を聞いた瞬間、『氷結姫はその名のように全身が凍結してしまった。』そう錯覚させるくらい完璧に硬直する。


そしてその数瞬後、持っていた大きな包みを落とした。


この中途半端なタイミングでフラれるとは思っていなかったのだろう。1つ弁解をさせてもらえるなら俺にも時と場所を選ぶ精神的余裕がなかったのだ。



氷結姫の身体が再度硬直する。

今度は彼女が石化してしまったのではないかと思うほど長い間硬直していたが、しばらくしてなんとか口を開いた。


「それが…シン…ヤ…く…ん…グスッ…きも…ち…だ…たら…グスッ…従い…ます」

氷結姫は涙声で、途切れ途切れにはなす。

その間も彼女の瞳からはとめどなく涙が出続けている。


よく見てみると、手は血が滲むんじゃないかと思うほど硬く握っていた。


そういう彼女の悲痛な姿を目にすると彼女に酷いことをしているんだという実感が急にわいてくる。


6年間の想いをたった数秒の言葉で踏み躙るんだからな。ただ、6年前の人は俺じゃないと思うから、彼女は勘違いし続けてるんだろうけど。


氷結姫はそのまま静かに涙を流し続けていたが、次の瞬間には彼女は俺に心配をさせないように泣き笑いの笑顔さえ浮かべた。


その笑顔が妙に痛々しく心が痛んだが、だからと言って『彼女の気持ちに応えて命を落としてあの世で一緒になりたいか』と問われれば、素直にウンとは言い難い。俺は女の子とは今世で普通に付き合ったりしたいんだよ。



「ちゃんと答えてくれてありがとうございます」

氷結姫はそう言って綺麗なお辞儀をすると、そのまま身をひるがえし優雅に俺の元から去って行った。


俺はしばらく呆然としていた。



あっ、忘れ物。

例の散弾銃の包みをわすれていった。



高級そうな布に包まれたそれを怖いもの見たさで開ける。開けちゃダメって言われると見たくなるあれだ。


しかし、そこに怖いものなど入っていなかった。

入っていたのはおせちなどに使われる重箱だった。


あれ???


それを見て俺は愕然としてしまった。中に入っていたのは銃火器類などではなかったのだ。



ウソだろ?さ…三段重……だったのか?



重箱の中を開けると、俺が好きだと言った卵焼きが沢山入っていた。


そう言えば今日は彼女の目はいつもと違い少し隈のようなものがあった。それが病的なイメージに見えて俺はありもしない散弾銃をうかべてしまったのだ。


でも、朝早く起きて頑張って作ったに違いない。

俺の喜ぶ姿を想像しながら。


それを俺は…


俺は卵焼きをひとつまみして食べてみた。

…ものすごく美味しいのに…なんだかほろ苦く感じられた。



俺はバカだ。



最初の勘違いからそうだったが、氷結姫は最初からずっと真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれていた。


それに対して、俺は何か彼女にしてあげることは出来ただろうか ?いや、今からでも遅くはないんじゃないのか?



気づくと俺の足は氷結姫の家に向けて駆け出していた。




「わかりました。お嬢様にお渡ししておきます。」

玄関チャイムを鳴らすとマリたんが出てきて三段重を受け取ってくれたが、俺は氷結姫に謝らないといけない。


「それで、ちょっと先輩を呼んでくれませんか?」

マリたんに頭を下げながら告げたのだが、



「あの、どういうつもりですか?お嬢様をふったんですよね?これ以上なにを言うつもりなんですか?」

マリたんは明らかに侮蔑を含んだ表情でそう答える。



「あの、俺、先輩に謝りたいことが。」

しかし、俺も引き下がれない。



「…あなたにフられたお嬢様が、あなたに謝られて何か得しますか?あなたの自己満足にお嬢様を巻き込まないでください。」

マリたんはそう言って門を閉めて小走りで去って行った。



自己満足…

なのかな?


俺は彼女への罪悪感を抱えて重い体を引きずって家へ向かうのだった。





翌日の朝、登校するとまたも葵が声をかけてくれた。


やはり、またヒドイ顔をしていたのだろうか?

「シンヤどうしたの?お腹痛い?また拾い食いでもしたんじゃないの?」

もちろん、拾い食いなんて一回もしたことはないが、葵なりに俺を無理矢理元気付けようとしてくれているのだろう。


だから、俺は無理矢理笑顔で答えた。


「心配するな。拾い食いは中学で卒業したからな。」


「まぁ、話したくないのならいいけど。そう言えば、2年は明後日から修学旅行だから神埼先輩に用があるなら早めにすませといたほうがいいわよ。 」

しかし、葵は俺の悩みが氷結姫絡みだとアッサリ見抜いている。



「つぅっ、葵。話変えるフリして図星ついてくるなよ。ああっ、悪いんだけどちょっと相談したいことがあるから昼休み時間くれ」

俺がそう言うと、葵は素直に頷いた。


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