本日の説教部屋
翌日の放課後。
教室でリョウスケに合コンの心得について伝授を受けていたが、何故か神埼先輩は怒り顔のスポーツさんと二人でこちらに向かってくる。
ウソだろ?
ここは逃げたいところだけど、逃亡者は銃殺されると相場は決まっている。
おじけづいた俺は彼女達が近づいて来たタイミングで神埼先輩の手を取って走りだす。
よしっ、逃げ切った‥なんて思う前に誰かに肩を掴まれた。
仕方なく振り返って自分がとんでもないミスをした事に気付いた。
「いきなり私の手を取って走り出そうとするなんてどういう了見なのよ?」
キツイ口調で俺を責めるのはもちろんスポーツさん。そう、氷結姫の前で俺はスポーツさんの手を取って駆け出そうとしたんだ。
自分の行動ながら、ハッキリ言って意味がわからない。
「すみません、間違えました。でも、スポーツさんも悪いと思うんですけど、、、正直、ドス黒いオーラで近づいて来て怖かったです。」
俺は思わず本音がダダ漏れしてしまった。
しかし、それが悪かったらしい。
「あ〜、そうなんだ?それはちょっとごめんねぇ。でも、刹那に対する態度はヤッパリひどいよね。だからちょっと説教するよ。ちょっと人気のないところにいこっか?」
いや、その言い方、ちょっとイジメを受けそうでいやだな。
そして、何故か俺を挟んで3人で帰る事になった。
なんでこうなった?
「あーっ、あそこにカフェがあるよ、入らない?」
態とらしくスポーツさんが誘って来た。
そうか、、、あそこが本日の説教部屋なのか??
きっとまたなんかやらかしたんだよな、俺は。
罪を償おうとして、また罪を重ねる‥‥まるで、借金を返そうとして儲け話に飛びついて借金を重ねてしまうような底知れなさを感じてしまう。
そしてカフェに入り俺と氷結姫はエスプレッソを頼み、スポーツさんはロイヤルミルクティーを頼んだ。
氷結姫はイメージ通り、甘さより苦みのある飲み物がお好みのようだ。何しろ甘くない女だからな。
ちょっと天然入ってるけど。
一方、ちょっとキツめのイメージのスポーツさんがロイヤルミルクティーというのが意外だ。
スポーツさんが氷結姫に何やら耳打ちすると、氷結姫は目を丸くして驚いていた。
何を話しているんだろう?
飲み物が来てからようやくスポーツさんが口を開いた。
「私は円城凛。刹那の親友なんだけど、私前に言ったよね『刹那を泣かせたら私が許さない』って」
親友さんの目つきが鋭くて、正直チビってしまいそうになる。いや、嘘だっ。ちょっとチビってしまったかもしれない。
でも、ハッキリ言って身に覚えがない。
「‥すみません、俺は先輩を泣かせてしまったんでしょうか?」
それなのに、条件反射的に頭を下げてしまった。
「泣いてない‥‥よ。」
しかし、氷結姫は泣いていなかったらしい。
「ならなんで怒られているんでしょうか?」
だから、俺は思わず聞いてしまう。
「昨日の帰り道に刹那をラブホテルに誘ったんでしょ?しかも、断った刹那に『一回家族に相談してみたら』なんて言ったらしいじゃない?」
それに対してなぜかスポーツさんが答えてくれる。
えっ?何のことだよ?
完全に濡れ衣だ。
『‥それでも俺はやってない。』ってやつか。
「はっ?何言ってんの?誰かと勘違いしてるんじゃないですか?」
正直、頭のおかしい言いがかりとしかおもえなかったので俺はとにかく無実を訴えるが、
「‥勘違いじゃないです。」
氷結姫様は反論は認めてくれないらしい。
仕方がないので俺は昨日のその場面を思い出す。
しかし、そんな場面はなかった。
いや、『一回家族に相談したら?』みたいな事を言った記憶はある。
もしかして、何か勘違いされたんじゃないか?
「あの、、、先輩に何か誤解されている気がするのですが?」
「えっ?誤解?だって、昨日、ラブホテルに誘われた。」
やはり氷結姫様は庶民の意見は聞く耳を持たないらしい。パンがなければ‥‥ってな発想なのだろうか?
確か俺が病院を見つけて指差したんだよな?
もしかして、あの一見病院に見える建物がラブホだったの?‥なわけないよな?
「いや、病院に行くようには言いましたけど。ほら、神埼先輩様子がおかしかったですし」
うん、氷結姫は初めて会った時から若干言動がおかしい気がするので、もしかして普段から様子がおかしい人なのかもしれないけど、、、
「あっ‥あのっ‥もしかして中央病院を指差してたのかしら?」
しかし、そこで氷結姫は何かに気づいたらしい。
「先輩、もちろんそうだよ?」
「‥‥ご、ご、ごめんなさいっ」
神埼先輩が真っ赤になって頭を下げたので、やっとわかった。恐らく、病院の近くにラブホがあってそこを指差していると勘違いされたらしい。
‥‥ということは、、、、
「もしかして‥‥家族に相談しちゃった?」
「ううん、直前でイヤな予感がして話さなかったよ」
氷結姫はなんとか相談はやめてくれたようだ。
「よかったよ。もし話してたら先輩の会社に社会的に抹殺されたりしないですよね?」
確か彼女の家はこの国でも有数の大企業丸丸菱商事の経営者一族だ。昨日、暇つぶしにスマホで調べたから間違いない筈。
「‥‥さすがにそれはないと思うけど。」
彼女は特に表情を変えることもなく首を振った。
俺の生き死にを握っているのに、特に気にした風ではない。
さすが氷結姫だ。
冷酷さは並ではないらしい。
「ご、ごめんなさい。君に失礼なことをしたね。随分腹が立ったよね?本当にごめんなさい」
しかし、スポーツさんは今まで見たことのない申し訳無さそうな顔をして頭を下げた。彼女は美人だが、こういった潔さに漢気を感じてしまう。
「いいですよ。スポーツさんは友達想いですよね。正直、先輩が羨ましいです。」
俺と親友さんが話している間に氷結姫はエスプレッソに信じられない程大量の砂糖とミルクを入れる。
『もうあれ、コーヒーの味なんてしないんじゃないか?』なんて思ったけど、彼女は一口飲むとひどく苦そうな顔をしていた。
そして、その日は用事があると言って氷結姫は親友さんに任せて俺はそのまま2人と別れることが出来た。




